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第15話:KGBに気をつけろ

 倒れた赤マントはまだ辛うじて息があったため、月音のリムジンで病院に運ばれた。

医者に事情を聞かれたら色々まずいのではないかと青葉は思ったが、月音曰く星見院家の息がかかった施設だから大丈夫だという。 

結局男は意識不明のまま集中治療室に入院することになった。

男には発明品の入手先など尋ねたいことが多くあるので、しばらく関係者(・・・)の監視がつくという。

それを聞いた青葉はオカルト局が自分が考えているより大きな組織なのかも知れないと思った。


 明け方近くに家に着くと、青葉は自分に立ち塞がった新たな問題に気が付いた。

彼によって家を壊されたことを、どうやって両親に説明するかである。

馬鹿正直に起こった事を話すわけにもいかず、青葉は頭の中をこねくり回して言い訳を考えたが、何も浮かばぬまま二人が帰ってきてしまった。

仕方ないので「夜寝ていたら、いきなり家が軋んでガラスが割れたりした」と半分本当のことを話すと、ふきと鉄和は「まあ古い家だから」と案外あっけなく納得してくれた。

それから近所の工務店に家の修理を依頼した所、赤マントによってつけられた傷は幸いにも大したことなく、簡単な補修で済ますことができた。


 これで全ての気がかりを払拭できた青葉は、数日遅れながらやっと夏休みらしい生活を送り始めた。

朝は昼間まで寝坊し、おやつだけはきっちり食べて、夜は好きな深夜番組を生で見る。

青葉の生活リズムが昼夜逆転するのに、二日とかからなかった。


 赤マント事件から三日後、青葉は正午過ぎに寝癖だらけの頭を掻きながら起きると、朝食兼昼食を取りにふきのいる台所へと降りた。

ふきはコンロで焼きそばを作っている最中だったが、今頃起きてきた娘を見ると、挨拶の前にまず小言を言った。


「アンタ、夏休みだからってこんな時間まで寝ることないでしょ」

「えー、だってぇ」

「だってもへったくれもありゃしないよ。まったく店の手伝いもしないで。お小遣いあげないわよ!」

「げげげ!お、お代官様それだけは…!」

「大体夏休み始まってもう一週間経つけど、宿題はちゃんとやってるわけ?ずっとゴロゴロしてるだけじゃない」

「まだだけど、今日幸平がウチに来るから一緒にやるもん!手伝いもこれからするからお小遣いだけは減らさないで!」


 ふきは「だったら食事を減らそうかしら」と呟くと、出来上がった焼きそばを食卓の上に乗せ、それからテレビをつけた。

彼女の好きなワイドショーが、これから始まるからである。

青葉はテレビに向かって文句を言うふきを横目で見ながら、やや味の濃い焼きそばを頬張った。

換気扇から油蝉の声と湿度の高い熱気が入り込んでくる。

今自分のいる光景が余りに日常的過ぎて、三日前の出来事が嘘のようだと青葉は思った。


 もしかしたら本当は全て夢だったのではないかと、青葉はこの数日間幾度と無く考えていた。

だが新しくなった窓ガラスや青痣だらけの体を見るたびに、それが現実だったことを思い知らされる。

赤マント事件が終わった後、まだ一度もオカルト局メンバーと顔を合わせていないが、早く直接会ってお礼が言いたかった。

特に助けを聞きつけて、月音と誠治を呼び寄せてくれたリオンには。


 噂をすれば影と言うのか、ちょうどワイドショーの画面にリオンが映された。

近々開催されるコンサートに先駆けて、写真集を発売するらしい。

リオンは光り輝かんばかりの容姿に、さらに輪をかけるようにして満面の笑みを浮かべている。

まともに生活していたら、話すどころか手さえ届きそうに無い存在。

青葉は画面の中にいる彼を見る事で、さらに三日前の出来事が現実感を失っていくような感じがした。


「お母さん。リオン…くんの写真集出るって」

「んなもん、とっくに知ってるわよ。一ヶ月前のファンクラブの会報に出てたんだから。なんと今回はね、水着の写真もあるのよ!」

「げ、水着!?」


 十六歳少年の水着写真を有難がる人間がたくさんいるなんて、「こりゃ完全に日本終わったな」と青葉は思った。


「お母さん、買うの?」

「当ったり前でしょう。もちろん保存用と観賞用で二冊購入よ!」

「…終わったな」

「何よ!むしろ始まってるわよ!」


 ふきは愛しのリオン君を思い描き、興奮した面持ちでうっとりとため息をついた。


「あーあ、リオン君のお母様は幸せよね。こんな美しい息子がそばにいるなんて。ウチは女だか男だか分からない子ザルが一匹いるだけだもんね」

「子ザルは余計でしょ」

「いいなぁ、こんな息子なら将来安泰でしょうに。少なくとも一千万は既に稼いでるだろうしね。そうだ、将来で思い出した。青葉、アンタ秋に文系か理系か選択しなきゃいけないんでしょ?決まってるの?」

「…決まってない」


 ふきは興奮が冷め切ってないのか、鼻息荒く声を大にした。


「ダメでしょ!大事な事なんだから。アンタ九月で十六になるんでしょうが。もうそろそろ進路とか将来の夢とか考えなきゃダメよ!」

「だって、興味あることとか別に無いし」

「別に何が何でもこの店を継げとか言わないから。そりゃアンタが結婚してダンナと店やってくれりゃ一番いいけどね」

「えー」


 青葉は猫背になり、ずるずると焼きそばをすすった。


「結婚とか、お母さん気が早すぎるよ」

「何言ってんの、お母さんちゃんと知ってるんだからね。アンタに彼氏がいるって」


 青葉は思わず焼きそばを口と鼻から噴出しそうになった。

唇を空回りさせながらようやく言葉を絞り出す。


「彼氏!?何言ってんの!?」

「ふふふ、ごまかしても無駄なんですからね。幸平君のおばあちゃんと、クリーニング屋の秀樹君から、アンタが背の高い男の子と仲良さそうに歩いてるの見たって聞いたのよ!」

「そっそれは…!」


 それは多分リオンのことである。

赤マントのことで送ってもらっているのを、二人が勘違いしたのだろう。

しかし駅から自宅までの短い間でしっかり見られているとは、KGB(近所のガキンチョババア)のネットワークは恐ろしいものである。


「そ、それは違うって。あれは単なるクラスメイトだから。あの、ほら、えーっと、学園祭の準備で遅くなったから、送ってもらったの。えぇ…割と近くに住んでるから」

「ほんとにー?」


 青葉の苦し紛れの嘘に、ふきが疑いの眼差しをむけてくる。

嘘を吐くのは苦手だったが、ここで引く訳にはいかなかった。


「ほんとほんと。なんだったら幸平に聞いてみ?」

「そう、ならほんとなのね。つまんないわー」


 一か八か、幸平の名前を出したのが良かったらしい。

とはいえ段々嘘が上手くなって行く自分に、青葉は少し複雑な気分だった。


「お母さん、まさかこの話、お父さんには言ってないよね」

「当たり前じゃない。お父さんが聞いたらショック死するか、少なくとも一週間仕事にならないわよ」


 鉄和が妻も呆れるほど娘バカなおかげで、事態が複雑にならないで済んだと青葉は胸をなでおろした。


 青葉は焼きそばを食べ尽くした後、自分用のエプロンをかけて店を手伝いに出た。

昼時を過ぎたせいで客足は比較的まばらである。

とはいえ夏の午後に多少なりとも動いていれば、それなりに汗は滲み出てくる。

本当は自分の部屋でくつろいでいたかったが、お小遣いのためには仕方ない。

青果店である大森家は、店を手伝わないと小遣いが出ないシステムであった。


 そろそろ休憩したいなと青葉が思っている頃、幸平が宿題と二リットルのペットボトルを片手に家を訪ねてきた。

幸平と会うのは約一週間ぶりであったが、普段毎日接している人間と間を置いて会うのは少々不思議な感じがする。

青葉と幸平は家に上がると、早速居間で宿題を始めた。

普段ならだらだらと喋りながらやるのだが、どういうわけだか今日の幸平は無言のままである。

ふきは青葉と入れ替わる形で店に出てしまっているので、蒸し暑い居間は静寂に支配されていた。

宿題に嫌気が差し、静寂にたまりかねた青葉が何か喋ろうとすると、その前に幸平が重々しく口を開いた。


「なあ、青葉。お前、彼氏できたんだろ?」


 思わず青葉は「はぁ?」と声に出して言った。


「やめてよ。あんたまで何言ってんの。ひょっとしておばあちゃんから聞いた?」

「ばあちゃんからも聞いたけどよう。オレ、見たんだよ。お前が背の高い奴と歩いてるの」

「それって、いつ?」

「ちょうど三日前だな。夕方店番してたら偶然お前とそいつが通りかかったんだよ」


 またしてもリオンのことに違いなかった。

一緒に地元を歩いたのは合計十分足らずのことなのに、三人も目撃しているとは。

どうごまかそうか青葉は考えあぐねたが、クラスメイトという嘘は同級生の彼には使うことが出来なかった。


「いや、彼氏とかそんなんじゃないから。単に一緒に歩いてただけだし」

「ウルセー。嘘言うなよ。お前らしばらくどっか行った後、また自分()に戻って来たよな。なんていうか、その……。お前、あの男家に泊めたんだろ?」

「へ?」

「その日、青葉の両親旅行でいなかったもんなー。そうか、お前……一足先に大人になっちまったんだな」

「ちょっ、バカ、ちがっ!」


 幸平のあまりの発言に、青葉は否定すらままならなかった。

恥ずかしさ、戸惑い、怒り、その他様々な感情が一気に噴出したせいか、青葉の念動力は無意識のうちに発動し、居間の家具や扉をがたがたと揺らした。

「地震だ。地震だ」と慌てふためく幸平を見て青葉が冷静さを取り戻すと、家具たちはようやく静かになった。


「何言ってんの、バカ!!泊めたりしてないから!てゆうか彼氏じゃないから!友達かどうかも怪しいから!」

「ほんとか?別に恥ずかしがらなくてもいいじゃねーか」

「ほんとだって!だいたい幼馴染にそんなこと言われたら、誰だって恥ずかしくなるでしょーが!!」

「ふーん。まぁ青葉に恋人なんて冷静に考えりゃおかしいよな」

「ちょっと」

「でも彼氏友達はともかくとして、お前どうやってそいつと知り合ったんだ?見た所同じ学校の奴じゃなかったし。学校以外で男と知り合う機会なんざねーだろ」


 青葉はぐっと言葉に詰まった。

最近嘘ばかり吐いてきたとはいえ、根が正直な青葉は即座に上手い嘘が言えない。


「べ、別にどこでもいいじゃん。いくら幼馴染だってあたしにもプライバシーはあるんだからね」

「言えないってことは、おおっぴらに話せないような方法で知り合ったのか?ま、まさか出会い系とか!?」

「どーしてあんたはすぐ話が飛躍すんだ」


 いい加減あほらしくなった青葉はあぐらをかいてちゃぶ台に肘を付いた。


「あたしはあんたが考えるようなことは一つもしてないって。彼氏家に泊めるとか、出会い系するとか、やるわけないに決まってんじゃん。これ以上変なこというとキレるからね」

「分かったよ」

「あーもーアホらし。テレビでも見よテレビ。あ、このことほかの誰かに言ったら、もう二度と星見院さんのこと協力してあげないから」


 半分脅しをかけながらテレビをつけた青葉は、窮地を乗り切ったと内心ため息をついた。

善良な少女が秘密を抱えるのは少々つらい。

「正義の味方って大変なのね」と青葉は冗談交じりに思った。


 テレビは、どこも五時からのニュース、と言うよりはワイドショーと言ったほうが適切な番組をやっていた。

今日はつくづくワイドショーに縁がある日である。

どれも大差ないので、青葉は幸平が好きだという『ニュースで5ざる』にしておいた。


「あれ、今日の『ニュースで5ざる』戸松キャスターじゃねーぞ」


 幸平がはっとしたように画面を指差した。

確かに、ブラウン管にいつも見慣れた女性キャスターの姿は無く、代わりに年配の男性アナウンサーが司会を勤めている。

夏風邪でも引いたんだろうと青葉が思っていると、今日の特集「万引きGメン」のコーナーを放映している途中、突如画面が放送席に切り替わった。

二人は何事かと身を乗り出す。

すると沈痛そうな面持ちをしたアナウンサーが現れ、忙しないスタジオの空気を背景に原稿を読み始めた。


 ――『ニュースで5ざる』のメインキャスターである戸松アナが、何者かに殺されているのを発見されたらしい。

それだけでも充分衝撃的だったが、次のアナウンサーの言葉で、青葉は声も出なくなった。


『発見された戸松アナには数日前に、大賢者より使わされた小賢者と名乗る人物から脅迫状が届いていたそうです』


K…近所の

G…ガキンチョ

B…ババア


略して「KGB」。旧ソ連の国家保安委員会とは何の関係もありません。



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