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第14話:ダイブ


時系列が分かりづらくてすみません。




 青葉は深く息を吐き出すと、全神経を二階の窓から見える赤い布に集中した。


「破れろ!」


 研ぎ澄まされた青葉の念動力は生命布に並々ならぬ衝撃を与えたが、布そのものに強い弾力性があるせいで、ショックはほとんど吸収されてしまった。


「破れろ!破れろ!破れろ!」


 青葉がいくら念動力を放っても生命布はその時ばかり変形して、すぐ元に戻ってしまう。

この強靭な弾力性を上回り、布を突き破って外へ逃れるためには、一体どれだけ凄まじい力を加えればいいのだろうか。

自分の上限を知らずに能力を乱発したせいか、青葉の体は疲労困憊していた。

力を使うとしたら、せいぜい後一回が限度である。

失敗したら後はないが、迷っている時間もない。


 青葉は勢いづけに少女らしからぬ雄叫びを上げ、念動力だけでなく、体ごと生命布にぶつかった。

布が引き裂ける音がしたと思ったのも束の間、すぐに鈍い音がし、青葉の体に強い痺れと痛みが駆け抜ける。


「あいたたたたた」


  痛みの余り自分が外に出られたと気が付くのに、数秒間を要した。

青葉が一番痛い尻を押さえてうずくまっていると、すぐに頭上から甘ったるい声で呼びかけられた。


「アオバカ!君一体何やってんの?」


 見るとリオンが痩せた男と共に、生命布で覆われた家の屋根に乗っていた。

どんな状況なのか青葉は考えも付かなかったが、とりあえず味方の登場にやっと安堵のため息をつく。

後ろでスタンバイしていた月音と誠治を見たときには思わず涙が出そうになった。


「青葉殿!もう大丈夫でござる」

「二階から飛び降りたんですか。お怪我はありません?」


 月音の問いに青葉は無言でうなずくと、強い口調で言った。


「つくねさん、赤マントはどこ?」

「屋根の上、リオンさんの隣です」

「うそ、あれが?」


 月音が指差す先にあるのは、この前見た時とは似ても似つかない、搾りかすのようにやつれ果てた男だった。

小太りだった体はやせ細り、頭髪はまだらに抜け、健康に著しい問題を抱えてることが一目で分かる風貌だ。

穴倉のように落ち窪んだ目には、眼光だけがやたらにぎらついており、男の狂った内面を物語っているかのようだった。


 男は青葉の姿を目で捕らえると、青紫の唇をわななかせ、やっと聞き取れるくらいの声でぶつぶつと驚愕の言葉を並べ始めた。


「嘘だ、嘘だ。聖なる手助けが打ち破れるなんて、そんなことあるものか。そんな、そんなこと……」

「悪いけどコレ、現実だから。人質もいなくなったことだし、さっさと降参してくれるかな?」


 がくりと膝を着く赤マントにリオンがにじり寄る。

絶望に打ちひしがれた彼は、ほんの数十秒でさらに年を重ねたように思えた。


「なぜだ。なぜこんなことが。俺は救いようのない愚かな奴らを裁いているはずなのに、どうしてこんなことになるんだ。俺は正しい、俺は正しいはずなんだ」


 男はむくりと立ち上がると、下にいる青葉と月音を睨み付けた。


「そうだ。俺は正しいんだ。こんなクソアマ共生きている価値が無い。裁かれなければならないんだ。女共は男を顔だけで判断しやがって、俺を嘲笑いやがる。テメェらは男にすがるしかできない、ただの寄生虫のくせに。金持ちとイケメンには尻尾振って、犬みたいに媚びやがるくせに!愚かで救いようの無い奴らがよう!!」

「アンタ何言ってんだ!女が寄ってこないのは、アンタがこんな性格してるからじゃないか!人のせいにすんじゃない!誰がクソアマだ!!リオン、こんな奴早くやっつけちゃってよ!」


 しかしリオンは青葉の呼びかけには応えず、呆けたように赤マントを見つめたままだった。


「リオン、どうしたの?もういい、アタシがそっちに行くから」

「いけません。青葉さん!」


 青葉は月音を振りきろうとしたが、痛いほどの力で肩を押さえ込まれてしまい、どうすることも出来なかった。


「つくねさん悪いけど離して!」

「ダメです!あなたはまだ戦える段階ではありません。それにほら、怪我してるじゃないですか」

「イヤだ!アタシはああいう奴が世界で一番むかつくんだ!!」


 青葉は今猛烈に腹が立っていた。

自分が襲われたせいもあるが、それだけではない。

自分の不満を鬱屈させ人のせいにし、その募らせた物を発散させるために道具を使って人を傷つける。

そんな赤マントのひねくれた性根と卑怯さが許せなかったからだ。


「アンタ絶対許さない!何が裁きだ!聖なる手助けだ!俺は正しい?ふざけるんじゃない。アンタのやってることはただの八つ当たりの人殺しだ!!」

「黙れメスガキ!俺が人殺しだと?そうだ、俺は人殺しだ!でも俺が殺したのは殺されてもし方無い奴らだったんだ。誰よりも崇高で正しい俺を認めない、愚かで救いがたい奴らだったんだ!」


 男の声に比例するように、家を取り巻いた生命布が大きくうねり始めた。


「電車で俺を注意したあの親父も、俺のこと笑いやがった女子高生も、俺を笑い者にしたカップルも、全部あいつらが悪いんだ!会社で俺のことバカにしやがる派遣女も、調子付いてる男も、みんなこれから殺してやる!いや、裁いてやる!俺は賢者だ、この世を正しに来た聖賢者なんだ!!」


 生命布が絡み付いていた家から離れ、鶏がらのような男の体に纏い付き始める。


「こんなトコでお前らに捕まるわけにはいかないんだ。俺はもっと裁くんだ。この世の中を正して、小賢者から大賢者になるんだ!」


 完全に生命布を纏いきった赤マントの体は、今にも屋根の上から浮き上がろうとしていた。

これでは前回と同じく、男を取り逃がしてしまう。


「逃がすか!!」


 青葉は渾身の力で月音を振り切ると、家に飛び込んで二階への階段を駆け上がった。

自分の部屋に飛び込み、既に開け放たれていた窓から身を乗り出すと、数メートル先をほぼ同じ高さで低空飛行する赤マントの姿が見えた。


 こんな最低の奴は許しておけない。

今逃がしたらもっと被害者が出る。

千代子のように何の落ち度も無い人間が、理不尽に命を奪われることになる。


 今青葉を突き動かすものは、それが全てだった。

青葉は後ろに下がって助走を付けると、飛んでいる赤マントに向かって二階の窓からダイブした。

勢いの付いた青葉の体が、よろよろと頼りない飛行を続けていた赤マントにぶつかる。

少女の体とはいえ、勢いの付いた165センチの物体にぶつかられてただで済むはずが無く、赤マントは青葉ごと落下した。

男は青葉の体の下敷きになる形で地面に叩きつけられ「ぐええ」と断末魔のうめきを上げた。


「これならもう逃げられない!観念しろこの人殺し!もうあんたの好きにはさせないから!!」


 青葉は男の襟首を掴んで何度も頭を地面に叩きつける。

興奮した青葉を月音が男から引き離した。


「青葉さん、やりすぎはいけません。それに無茶しすぎですよ。あのまま落っこちたらどうするんですか!」


 月音はやりすぎはいけないと言いつつも、しっかりと男を足で踏みつけにしていた。


「さて赤マントさん。生命布はこちらの手に返してもらいますよ。もう裁きはできません」


 有無を言わせぬ強い口調と腕力で、月音が絡み付いた生命布を男の体から引き剥がす。

男は始終恨めしげに月音を睨んでいたが、抵抗する力はもう残っていないようだった。


「『生命布』回収完了しました。オカルト局、任務達成ですね」

「つくねさん、このヤロウどうするの?警察に引き渡すよね?」


 青葉は月音と誠治の顔を交互に見たが、二人とも歯切れの悪い顔をして首を横に振った。


「青葉殿、悪いでござるが、警察には届けられないでござるよ」

「どうして!?」

「この男の殺害方法は、現代の科学では証明不可能であります。動く布を使って人を殺しましたなんて警察に説明できないでござるよ」

「そんな……」


 うつむく青葉とは対照的に、男は顔を輝かせて高笑いを上げた。


「ざまあみろ、クソアマが。聖なる賢者は誰にも裁けないのだ!」

「笑っていられるのも、今の内でありますよ。赤マント」


 誠治の小さな目から発せられる眼光は、青葉も驚くほど冷たかった。


「青葉氏、普通の人間が発明兵器を使うとどうなるか、知っているでござるか?」

「うん。生命力が無くなっちゃうんでしょ」

「そのとおり。そして発明兵器を使いすぎて生命活力がマイナスになると、体に色々と支障が出てくるのであります。一回や二回なら何とかなるでござるが、この男のように日常的に使いすぎると取り返しが付かなくなるんでござるよ。」

「…どんなふうに?」

「体が一部分だけ極端に老化したり壊死したり、細胞が傷ついて体のあちこちに癌ができたりするでござるよ。きっとこの男は、今こうしているのもやっとなはず……。」


 誠治の話に心当たりがあったのか、元々青ざめていた赤マントの顔色が、さらに悪くなった。


「この男、見る限りだとほとんど末期でござる。外身以上に中身はぼろぼろでござろうよ。病院にいけば多少はマシになるかもしらんでありますが、生命活力を使い果たした体では三ヶ月も持つかどうか……」

「そんな…!嘘だ!ウソだ!」

「ウソかどうか、一番分かっているのはお主じゃござらんか?何の代償も無く夢のような兵器が使えるとでも思ったのでありますか?」


 男は震えながら口をパクパクさせた。

青葉は男を哀れだと思ったが、同情する気は微塵も起きなかった。


「さて、赤マントさん。落ち込んでいる所悪いんですが、その生命布どこでもらってきたか教えてくれませんか?」

「それは、知識の大海で、大賢者から……」


 ようやく屋根の上から降りてきたリオンが男の言葉をさえぎった。

 

「無駄だよ、つくね。コイツ完全にイッてるから。まともな答え返ってこない」

「俺は、おかしくなんか無い……。これは大賢者から……。大賢者……。俺は……裁きを……。大賢者になるんだ……」


 元々おかしかった男の精神を誠治の死刑宣告が完全にノックアウトしたのだろうか。

彼の目の焦点は左右にぶれ、わけの分からない言葉を口の中で呟いている。

そのうち苦しそうに目を見開き、口を開けたかと思うと、胃の内容物が混ざった大量の血液を嘔吐した。

男はそのまま自らの作った赤い海に崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなった。



 この第14話で、第一部「赤マント編」が終了になります。

ここまで見て下さった方々、本当にありがとうございました。

誰かがこの作品を読んでくれているということが、私の大きな支えになりました。

これまでの感想など、もしよろしければお願い致します。




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