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第10話:特訓

 青葉は珍しくふきに怒鳴られる前に起きた。

これから青葉を待っている予定は、学校の勉強のようにぬるくて平凡なものではない。

発明兵器で好き放題に人を殺める赤マントを止めるため、再び金治の家へ、いやオカルト局に行かなければならない。

むざむざ寝坊している暇などなかった。


 青葉は家を出る時、鉄和にどこへ行くのだと聞かれたが、文化祭のために図書館へ行ってみんなで調べ物をするのだと嘘を吐いた。

生真面目な青葉は親に嘘を吐くのは気が引けたが、本当のことを言うわけにもいくまい。

うだるような暑さの中電車を乗り継ぎ、青葉は昼前に金治の屋敷へ着いた。

地下の会議室では既に誠治がゲームをしており、月音も青葉の到着から5分くらいした後にやって来た。

全員そろった所で金治が何か話し始めようとしたが、「きんじぃが話したら、また夕方になってしまいます」と月音に止められた。


 いじけた金治が会議室を出て行ったところで、青葉は月音と誠治に「訓練室」と書かれた部屋へ案内された。

訓練室は入り口の扉も中も全て分厚い鉄の板でできており、簡素な椅子と机しかなかった。

鉄の壁が所々溶けたりへこんだりしているのが、青葉の恐怖心をそそる。

これじゃあ訓練室じゃなくて拷問室じゃないかと言いたくなった。


「それじゃあ、早速特訓を始めましょう。きんじぃの長ったらしい説明より、実際やってみた方が早いです」


 不安そうな青葉とは対象的に、月音が菩薩のような微笑を浮かべる。

昨日リオンが言った「人は見かけによらないんだよ」という言葉が、心の小さな重りになっていた。


「一体何するの?」

「大したことじゃありませんよ」


 月音は一旦部屋を出ると、小さなコップと水差しを持って帰ってきた。

手前にある机にコップを置き、それの縁ギリギリまで水を注ぐ。

月音は青葉に机の向かい側にある壁際へ立つよう指示した。


「このコップの水を一滴もこぼさずに、超常能力を使って受け取ってください」


 てっきり竹刀か何かでしごかれると思っていた青葉は、「へえ?」と拍子抜けした。


「こんなんでいいの?」

「そう思うかもしれませんが、結構難しいんですよ」

「その通りであります。ゲームと同じで、簡単そうに見えて難しいんでござる」


 青葉はとりあえずやってみてと月音に言われたので、とりあえずやってみることにした。

スプーンを曲げた時の感じを思い出し、「こっちへ来い」とコップに念じてみる。

コップはかたかたと揺れながら持ち上がったものの、その拍子で水が半分以上こぼれてしまった。

月音の言うとおりにするには、まずコップを揺らさないで宙に浮かせなければならない。

持ち上げるだけでやっとなのに、微震もしないでするとなると、青葉は気の遠くなる思いだった。


「ごめん。これやっぱ難しい」

「でしょう?すぐには不可能ですから、諦めずにやって下さい」

「むふん、でもあんまりやりすぎると、バタンキューであります!」

「どうして?」


 月音と誠治が顔を見合わせた。


「そうでしたね。青葉さんは超常能力について何も知らないんですもの。今から簡単に説明して起きます」


 青葉はふんふんと頷いた。


「青葉さんは超常能力がどうやって発動するか分かりますか」

「全然」

「ええっとですね。超常能力は生命活力が動力源となって発動するんです、しかし発明させるには大量の生命活力が必要で、さらに発動させる機関が体に備わってないといけないんです。つまり超能力の発動には、大量の生命活力と機関の具備が大前提でして。さらに……。」

「ごめん。説明してもらっておいてなんなんだけど、何言ってるかさっぱり」

「つくね氏、その説明では初心者は着いてこれないでありますよ。青葉殿、今から拙者が分かりやすく説明するでござる。……青葉殿はRPGをしたことがありますかな?」


 青葉は一人っ子だった上にそういう物へ興味がなかったので、大森家にはゲーム機が一台も置いていなかった。

ただ幼馴染である幸平の家にはゲーム機がたくさんあり、小学校の頃遊びに行ったついでにやらせてもらったことはある。

とはいっても、単なるレベル上げぐらいだったが。


「一応あるよ」

「それは良かったでござる。ではRPGで魔法を使うとき、魔力を消費するのはご存知でありますよね?」

「うん」

「では『魔力』を『生命活力』、『超常能力』を『魔法』、『機関』を『呪文』だと思って説明を聞いてくだされ。RPGで『魔法』を使うときは『魔力』を消費するでござるよね。超常能力でも同じことが起こるでござるよ」

「『生命活力』を使って『超常能力』が起きるってこと?」

「そのとおりであります。ではではRPGだと『魔法』を使うには『呪文』がいりますよな」

「『超常能力』を使うには『機関』が必要ってわけね」

「おおお!エクセレント!小学生の時のリオン氏は、50回説明してやっと分かったでござるよ」


 青葉は小学生と比較されてなんとも言えない気持ちになったが、褒められたことは素直に喜んでおこうと思った。


「ここからはちょっと難しいであります。ゲームでは『魔力』が0になっても死なないでござるが、『生命活力』が0になると死んじゃうんであります」

「どうして?」

「『生命活力』は生き物が持っている生命力。それがなくなったら死あるのみ!なくならなくてもたくさん使ったら、ヘトヘトになるであります。ちなみに強い『超常能力』を使うほど、『生命活力』は減るんでござる」

「じゃあ、今から『生命活力』を増やす特訓をするわけね」


 誠治は片目を瞑りながら人差し指を振ると、口で「チッチッチ」と音を出した。


「そこが問題なんでござる。『生命活力』は一日に生産される量と回復する量が、生まれながらに決まってるんであります。もちろん生命力だから、年齢によって上下するんでござるがね。とにかく修行や特訓で増やすことができないんでござるよ」

「特訓の意味ないじゃん……。」

「ところがですな、青葉殿。『生命活力』は増やせなくとも、『機関』は訓練すればするほど、発達するんであります。『機関』が発達すると、効率よく『超常能力』が発動できるようになったり、微妙なコントロールが可能になるんであります。つまり結果的には『超常能力』がたくさん発動できるようになるんであります。それからゲームでもレベル1の呪文をたくさん使うと、別の呪文が使えるようになるでありますよね?『機関』でも、そういうことがあるんでござる。青葉殿も特訓すればさらに新たなる能力が目覚めるかもしれないんでござる!」


 誠治の熱い語り口に、青葉もがぜんやる気が涌いて来た。


「あ、あと補則の説明なんでござるが。ほとんどの人の場合、『生命活力』は生きていくための分しか持ってないんでござるよ。『超常能力』なんかに使うほど、余裕がないんでござる。それから『機関』を持っている人は、余分な『生命活力』を持っている人よりも、もっと少ないんでござる。『機関』は鍛えれば発達するものでござるが、それでも全く持ち合わせていない人間がそれを得るのは物凄く大変なのであります。豊富な『生命活力』と優れた『機関』を持っている、奇跡のような存在。それが超常能力者なのであります!」

「そういえば、さっきから『機関』っていってるけど、具体的に『機関』ってどういうものなの?あたしにもあるんだよね?」

「『機関』は『生命活力』を『超常能力』として発現させる変換装置のようなものであります。『超常能力』を使える人間は皆持っているんであります。確かなのは体の中にあることだけで、具体的にどのようなもので、どんな形をしているかは、ほとんど分からないでござる。仮説では、脳のどこかの部分がその役割を果たしているらしいんでござるが」

「そうなんだ。使えるのにどうなってるか分からないなんて、まるで発明兵器と一緒だね」

「そのとおりであります!発明兵器は『生命活力』を動力源にして効果を得る、いわば『人工的な機関』なのでござる。だから普通の人ならシオシオになってしまう発明兵器を、超常能力者は使うことができるのでござるよ!」


 青葉はリオンが平然と発明兵器を使っていたのは、こういうわけだったのかと納得した。


「だから青葉さん、頑張って特訓してくださいね。今の貴方は自分がどれくらい能力が使えるのか、そこから始めないといけません」

「贅沢言うと、もっと派手な特訓がしたいんだけどね」

「ふひひ。リオン氏の言っていた通り、コントロールできない力は無いのと同じなんでござるよ。いや、もっと厄介であります。自分でも手がつけられなくなって、周りの人や物を傷つけたら大変であります。」

「この特訓はコントロールには持ってこいですからね」


 青葉は「分かった。頑張る」と言って、再びコップに挑んだが、すぐに水があふれ出てしまった。

やはり一筋縄ではいかない。


「青葉さん、代えのコップと水は扉の外に置いておきますから。私たちは上に行ってますね。くれぐれも無理しないで下さい。ちょっとでも疲れたら、上に上がって休憩してください。大変なことになったら嫌ですから」


 月音と誠治は「頑張れ」とエールを送りながら出て行き、青葉は部屋に一人残された。

机の上はこぼれた水でてらてらと光っている。

どうすればコップを震えさせずに動かせるのか。

誠治の「機関は訓練すればするほど発達する」という台詞を思い出し、青葉は練習あるのみと決意する。


 それから2時間、青葉は幾度と無く能力をつかって水の入ったコップを持ち上げた。

だがいくらやっても、浮き上がった所でコップから水がこぼれてしまうし、上手く持ち上げられても集中力が途切れて床に落としてしまう。

水溜りとガラスの破片だらけになった床を眺めながら、青葉はがっくりと肩を落とした。

気持ちが緩んだのかぐるると腹が鳴り、昼ご飯を食べていなかったことを思い出す。

コンビニかスーパーでお昼を買ってから練習を再開しようと、青葉は訓練室を出た。


 地上へ出る階段を昇った所で、青葉は月音とばったり鉢合わせた。

2時間地下室に篭りっぱなしの青葉を心配して、様子を見に来てくれたらしい。

青葉が昼ご飯を買いに行く旨を告げると、この辺りで買い物できる場所は、坂を降りてからさらに歩いた所にしかないと教えてくれた。

考えてみればここは超高級住宅街なのだから、そんなものが無いのは当然である。

困っている青葉に、月音は「家からスイカを持ってきたので良かったら一緒に食べませんか」と言ってくれた。


 スイカは台所にあるというが、場所が分からなかったので月音に案内してもらった。

台所に行くと、水が張られたシンクの中で見事な球体をしたツヤツヤのスイカがどっぷりと浸かっていた。

涼しげに全身浴をしているそれが文句なしの特級品であることに、八百屋の娘である青葉はすぐ気が付いた。


「月音さんいいの?こんなの食べさせてもらって」

「構いませんよ。この間知り合いが品評会で余ったと、うちにくれた物ですから」


 青葉は品評会で野菜が余るわけないだろと思ったが、気を使ってくれているのかもしれないので、口には出さなかった。

月音は白魚のような指で包丁を握り、まるで豆腐でも切るかのようにスイカを両断する。

切り方が上手いのかと感心したが、包丁がまな板に半分ほど食い込んだのを青葉は見逃さなかった。

スイカが適当な大きさになるまでに、まな板は使用不可能になった。

青葉は途中で代わろうとしたが「手ごたえが楽しいのでやらせてください」と断られてしまい、哀れなまな板を救うことは失敗に終わった。


 スイカを切り終わると月音が「縁側で食べましょう」と言ったので、この洋館のどこにそんな物があるのかと青葉は驚いた。

聞けばこの屋敷は明治大正期にありがちな和洋折衷の造りになっており、表から見ても分からないが、裏には中途半端な日本建築の部分がくっついているらしい。

青葉が月音の後に続いて廊下を曲がると、いきなり畳の座敷と縁側が現れた。

「田舎のおばあちゃんち」のような木張りの縁側とふすまの付いた座敷は、まるで洋館に突然出現した異空間のようである。


「では早速いただきましょうか」


 青葉と月音は縁側に腰掛けて、スイカを頬張った。

適度な歯ごたえと後味の良い甘さが、このスイカが特級品であることを納得させてくれる。

庭では食べごろ寸前のきゅうりとトマトが鈴なりになっており、水をあげたばかりなのか表面に水滴が光っていた。

空に広がる入道雲と聞こえてくるセミたちの声が、否応なしに夏を感じさせてくれる。

今時ほとんど残っていない縁側に座っているせいか、青葉は懐かしさのような物を覚えた。

もっとも、青葉は生まれてこの方縁側に腰掛けたことなど無かったが。


「おいしい。朝もあまり食べてないから、余計美味しい」

「あら青葉さん、朝ご飯あまり食べていないんですか?ダメですよ。ちゃんとご飯食べないと、元気が出なくなります。元気が出ないと生命活力も放出が少なくなるんです」

「そうなんだ」

「生命活力と体の健康は、密接に関係してるんですよ。だからちゃんとご飯は食べないと」

「食べようと思ったんだけど、お母さんが間違って食べちゃってたんだよね。冷蔵庫には賞味期限切れの納豆とマヨネーズぐらいしかなくてさ。しょうがないからそれ食べたよ」


 月音は気の毒そうな表情を浮かべた。

超上流家庭である星見院家に、娘のご飯を食べてしまうような母親はいないのだろう。

冷蔵庫の中に賞味期限切れの納豆とマヨネーズだけということもないのだろう。

青葉は急に自分の家がみじめに思えてきた。


「それはそうと青葉さん、昨日の帰りはどうでしたか?」


 月音が気まずくなったのか話題を変えてきた。


「昨日?ああ、アイツのこと?」

「リオン君、話して見たらそんなに悪い人じゃなかったでしょう?」

「……。」


 青葉は答えに詰まった。

お前に居場所は無いとか、カッコ良い男は女に何をしても良いんだと言うやつが、果たして良い人と言えるのだろうか。

月音が暗い顔をしたので、青葉は非常に申し訳ない気分になった。


「ごめんね。せっかく気を使ってもらったのに」

「はあ。いえ、いいんです。どうせリオン君が変なこと言ったんでしょう。カッコ良い男は女に何しても良いんだとか」

「え!!なんで知ってるの?」

「ああ、やっぱり」


 月音はため息を吐きながら頭を抱えた。


「リオン君は、なんと言うかその……。私以外の全女性が大嫌いなんです」

「なにそれ」


 青葉は月音の意外な言葉に二の句を継げなかった。

リオンみたいに容姿が優れている男は、女にモテまくってどちらかと言えば女好きになるのではなかろうか。

だいたい女嫌いがアイドルなんてやるはずがない。

どうせアイツのことだから、適当なことを月音に吹き込んでいるのだろうと青葉は思った。


「どうせ冗談だよ。ホントは裏で女の子と遊びまくってるって」

「いいえ、残念ながら事実なんです。彼は女性が嫌い、と言うよりむしろ憎んでいます。私とはそうなる前に知り合ったので、平気なんですが」

「なんで?アイツは小っちゃい頃から女の子にキャーキャー言われて育ったんでしょ。嫌いになるはずがないじゃん」

「それが違うんです」


 青葉は首をかしげた。

もしかしたらリオンは女にチヤホヤされすぎて、逆にウザったくなったのだろうか。

青葉の呑気な予想とは対象的に、月音は白い額にぐっと皺を寄せて、険しい顔をしていた。


「小学校の頃のリオン君は、ぷくぷくに太っていて可愛らしい子供だったんですが、今のような『美しい』外見ではなかったんです」

「へえ……。」

「それに家庭の事情が複雑だったので、体型と一緒にそのことで随分いじめられていたみたいです。担任にも厄介物扱いされていたとか。髪の色や目の色が他と違うのも、悪かったのかもしれません」

「……。」

「私と知り合ったのはちょうどその頃だったのですが、素直で優しい子でした。それから成長して、6年生辺りで今のような外見になったんですけどね」


 青葉は黙って月音の話に耳を傾けた。


「今までのいじめの首謀者はいつも女子で、担任も女だったそうですが、急にいじめがなくなったそうです。いじめてきた女子が急に優しくなって、先生も味方になったとか。挙句の果てにはいじめの首謀者が告白してきたと」

「何それ。最低だ」

「女子にモテるようになると、今まで周りでいじめを囃し立てていた男子も摺りよって来たって、本人は笑っていました」

「おこぼれに預かろうってわけか」


 青葉は他人事ながら腹が立った。

女子も男子も担任も、ろくな奴はいなかったのか。

リオンは芸能界でも目立つほどの容姿の持ち主だから、当時もさぞかし光り輝いていたのだろう。

外見が変わっただけで手のひらを返したように周りの態度が急変し、成長期の彼は何を思ったのか。


「そこからがいけなかったんですよね。リオン君、いじめられっ子から急にクラスの、学校の人気者になって。今度はこっちの番だと思ったようです。寄ってくる女の子に散々酷いことを言ったみたいですが、向こうは怒るどころか、構ってくれたと喜ぶばかりだったと。中2の時アイドルとしてデビューしてからは、ますます何しても良くなったと」

「カッコ良い男は女に何をしてもいい、か」


 月音の話を聞くと、捻くれてしまうのも分かる気がした。

昨日電車の中で彼は「どうかしてるのは女共だよ」と言っていたが、こういうことだったのかと納得する。

でも周りが酷い女ばかりだったからといって、同じ「女」という理由だけでこちらに八つ当たりするのは止めて欲しいと青葉は思った。


「でも、あたしが何かしたわけじゃないし。それだけで意地悪されちゃ困る」

「実は、他にも理由があるんですけどね。それは私の口からはいえません。もしかしたらそのうち本人が話してくれるかも」

「それはないな」

「勝手なお願いだと思いますけど、リオン君のこと嫌いにならないであげてください。本当は口止めされてるんですけど、今日の青葉さんのトレーニングを提案してくれたのは、リオン君なんです」

「マジで!?」


 青葉は思わず手に持っていたスイカを落としそうになった。


「……良いトコあるじゃん」

「でしょう?じゃあ、スイカ食べ終わったら帰りましょうか」


 まだ時計は四時にもなっておらず、照りつける日差しも強いままだった。


「帰るのには早いんじゃないかな?」

「だけど暗くなったら、帰りがけにまた襲われるかもしれませんよ。今日は私が車で送って行こうと思ってますが、生命布相手だと発明兵器頼りの私一人では、少々きついんです。青葉さんを守りきれる自信はありません」

「え、月音さんも発明兵器使えるの?」

「はい。私も超常能力者の端くれですから」


 青葉は「えええ!?」と大声をあげて驚いた。

月音は単なる創立者の子孫だからここにいるだけで、リオンのような力はないと思い込んでいた。

彼女も人間を吹き飛ばしたりするのだろうか。


「し、知らんかった」

「でも私はリオンさんのような念動力者ではなくて、超感覚の方なんですけどね」

「ちょーかんかく?」

「念動力は物を動かしたり、壊したりする力。超感覚は透視したり人の心を読んだり、まあ、戦いにはてんで使えない力ですね……。だから発明兵器を使ってしか戦えないんです」


 下を向いてため息を吐く月音を、青葉は励ました。


「月音さん、人の心が読めるんだよね。すごいじゃん!」

「でも、読みたくても読めないときもあるし、読みたくなくても読めないときもあるし。まちまちなんです。ああ、なんて使えない私」

「そんな卑屈にならないで〜」

「リオンさんがいればいくら遅くなっても平気なのに。発明兵器がないと戦えないなんて。ああ、何にも頼らずに戦えるようになりたい」


 月音はよよよとマイナス思考のドツボにはまっていく。

青葉は落ち込んだ彼女を見て焦ると同時に、リオンがオカルト局の中でいかに頼もしい存在なのかを実感した。


「ふぅん。アイツも結構凄いんだ」

「アオバカもやっと僕の偉大さに気が付いたみたいだね」


 突然背後で甘ったるい声がしたので青葉が振り向くと、すぐ後ろでリオンが立っていた。

コルク色の髪から水滴が垂れ、白いYシャツを素肌の上に羽織り、ボタンを全開にしている。

どう見ても風呂上りだった。


「なにじろじろ見てんだよ。この変態女」

「そりゃいきなり現れたらびっくりして見るでしょうが」

「違うね。男に飢えたメスの目をしてたね」


 人をおちょくる時にだけ彼の文才は開花するのだろうか。

青葉はみぞおち辺りを殴ってやろうかと思ったが、手にリオンの素肌が触れたら嫌なので止めておいた。


「だいたいなんでここにいんだ。今日来ないんじゃなかったの?」

「ロケの時間が早くなって、その分終わりも早かったんだよ。だから野菜の様子見に来たわけ」

「野菜?」

「この庭に植わってるの、僕が育ててるんだよ。最近暑いから、枯れてないか心配でさ」


 野菜を見るリオンの目は、テレビの中で微笑んでいる時よりも優しかった。

鉄和は「野菜が好きな奴に悪い奴はいねぇ」と言っていたが、本当だろうかと青葉は少々疑った。


「水あげてたら汗かいちゃってね。そんでシャワー浴びたんだけど、まさかアオバカに見られてるなんて」

「あたしが覗いたみたいに言わないでくれる?」

「リオン君、あんまりおなか出してると冷えちゃいますよ。貴方はすぐ下すほうだから。それじゃあ青葉さん、そろそろ行きましょうか」


 月音が青葉を促すと、リオンはなぜかふてくされた様子だった。


「なんだ。せっかく来たのにもう帰っちゃうの?」

「あんまり遅くなると青葉さんが危ないですから」

「また僕が送って行けば平気でしょ?もう少しゆっくりしていけば良いじゃん」


 青葉と月音は無言のまま顔を見合わせた。

昨日はこれでもかと言うほど青葉を送るのを嫌がっていたのに、一体どういう風の吹き回しか。

青葉は何か裏があるのではないかと不審に思った。


「アンタ、何か企みでもあるわけ?」

「いやぁ別に。どれくらい修行進んだのかなあって。良かったら見てあげるよ」


 リオンは普通の女の子ならとろけてしまうような極上の笑顔を青葉に向けた。

もしこの場にふきがいたら、確実に失神していただろう。

だが青葉は彼の満面の笑みを見て、余計に警戒心を強めた。


「ごめん。今日はもう帰るから」

「そんなんでいいの?赤マントと戦うんじゃなかったけ?やれるときにやっておかないと、いつまで経っても強くならないよ」


 リオンはどうしても青葉を引き止めたいらしい。

挑発に乗るのは癪だったが、練習が物足りなかったのもあり、青葉はもう少しオカルト局に残ることに決めた。


 青葉はリオンと共に、再び訓練室へ入った。

リオンは床に散らばったガラスの破片を見るなり、思い切りバカにした顔で笑う。

くだらない奴だと青葉は思い、彼を無視して特訓を再開した。


 コップに意識を集中して「動け」と念じる。

コップは水をこぼさないまま数センチほど浮き上がったが、すぐに左右にぶれ、水があふれ出てしまった。

昼ご飯前よりは進歩したかもしれないが、まだまだ完成には程遠い。

コップが手元に来るまで後何年かかるのだろうと、青葉は意気消沈した。


「これじゃ後十年はかかるんじゃない?」


 リオンが青葉の気持ちを見透かしたように言った。


「もうさ、君向いてないんじゃないの?赤マントはこっちで何とかしておくからさ。やめたら?」

「だけど、まだ始めたばっかりじゃん」

「こんな修行でグズグズしてるようなら、先は望めないね。やったって無駄だよ」


 リオンがやれやれと「お手上げ」のポーズをしてみせる。

青葉は一瞬弱気になったが、それが彼の魂胆なのではないかと思い治した。

親切ごかして、こちらを諦めさせる作戦に違いない。

穿ち過ぎかもしれないが、何の下積りもなしにリオンが優しくしてきたとは思えなかった。


「ぐずぐずって言うけどさ、アンタはどれ位でこれが出来るようになったわけ?」

「……もう忘れたよ」

「ほんとに?じゃあ、悪いんだけどお手本見せて」


 青葉はリオンへ向かってずいっとコップを突き出した。


「やだ。面倒くさい」

「修行見てくれるんだよね?だったらお願い」


 リオンは明らかに不機嫌な顔をしながら、机にコップを置いた。

コップは微震もせずに浮き上がり、吸い込まれるように彼の手元へ引き寄せられる。

もちろん水滴一つこぼさぬままにだ。


「すごい!」

「どう?これが才能の差だよ」


 リオンの目には侮蔑の色が宿っていたが、青葉は素直に感心していた。

どうやったら自分もあんなふうに出来るのか。

そう思いながら青葉は今の光景を何度も何度も頭の中に思い描く。

青葉はリオンからコップを受け取ると、もう一度それに意識を集中した。

コップは空中を滑るようにして浮遊すると、一切ぶれることなく青葉の方へ吸い寄せられる。

青葉がコップを受け取った時、中の水は少しもこぼれていなかった。


「やった」


 青葉がちらりとリオンを見ると、彼は唇を噛み締め、悔しそうな表情で床を睨んでいた。

青葉は「ざまぁみろ」と思いつつも、手本を見せてくれたリオンに感謝する。

彼は納得できないといったそぶりで青葉からコップを奪い取ると、先程と同じように机の上へ置いた。


「もう一回やってみせてよ」


 リオンは唇の片側だけを器用に吊り上げて笑う。

挑戦的な態度に多少の苛立ちを覚えつつも、青葉は言うとおりにしてやった。

コップは一滴も水をこぼさないまま、再び手元にやってきた。

もうコツは掴んだと言って良い。

課題を達成し得意満面の青葉とは対象的に、リオンは手の甲に血管が浮き出そうなほど拳を握り締め、腹立たしさを全身から滲み出していた。

しかし顔だけはテレビに出演している時と同様、なぜか爽やかな微笑をたたえている。

青葉は少し冷や汗をかいた。



「大丈夫?」

「別に。帰るよ」


 リオンは青葉が答える間もなく、訓練室を逃げるように出て行った。

子供のような身勝手さに青葉は腹が立ったが、置いていかれたら困るので走って着いて行く。

月音と金治へろくに挨拶もできぬまま、青葉は追われるように屋敷を後にした。


「ちょっと、もう少しスピード落としてよ」


 リオンは答えなかった。

何がそんなに機嫌を損ねたのかと青葉が尋ねてみても、リオンはうんともすんとも言わず、帰り道二人はずっと無言だった。

青葉が自宅の最寄駅で電車を降りようとすると、前日と同様彼もくっついて来た。

どうせ夕飯の材料を買いに行くのだろうと思い、青葉は特に何も言わなかった。


「着いて来るなって言わないの?」


 ずっとだんまりだったリオンが喋ったので、青葉は思わず「お?」と言ってしまった。


「何その間抜けな声」

「や、ちょっと驚いただけ」

「嫌ならずっと黙ってるけど」

「嫌じゃないって」

「そう」


 リオンはまたしばらく沈黙すると、呟くように言った。


「半年」

「え?何だって」

「半年。あの特訓、できるようになるまで半年かかった」

「半年って、アンタあたしに散々やめろとか何とか――」

「君は、半日しかかからなかったね」


 マスク越しにリオンの歯軋りが聞こえ、青葉は身を引いた。


「僕は毎日泣きながら頑張ったんだ。なのに、お前はそれを――!」


 リオンの大声に、ホームに居合わせた人々がちらりちらりとこちらを眺めてくる。

周りの視線を気にしたのか、彼は最後まで言葉を発しなかった。


「ごめん。何でも無いから」


 リオンはにわかに冷静さを取り戻したようだった。


「でも……。」

「だから何でもないって。しつこいよ」


 先にキレたのはどっちだと青葉は言おうとしたが、やめた。

リオンはくるりと青葉に背を向けると、「じゃあね」と短く別れを告げて、発車しようとしている電車に乗り込んだ。

声をかけるより早く扉が閉じてしまったため、青葉は何も言えなかった。

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