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第1話:お友達大作戦



生まれて始めてまともに書いた小説です。

夏に書き始めたらいつの間にか冬になってました。

季節はズレまくってますが、楽しんでいただければ幸いです。




 

 時刻はとっくに八時を回っていた。

今から起きても、普通に支度していたら学校には間違いなく遅刻するだろう。

だがそんなことは知らぬが仏。

大森青葉はべりーショートの髪を、寝癖だらけにしながら惰眠をむさぼっていた。


 家の外ではミンミン蝉と油蝉が、来たるべき夏を祝うかのように大声で合唱している。

普通の人間なら耳障りで仕方ないそれを、彼女は気にも留めていなかった。


「あーおーばー!起きなさいって言ってるでしょ!遅刻するわよ!」


 目覚ましの3倍、蝉の合唱の5倍はあろうかという怒鳴り声が、青葉の部屋に響いた。

何時までも朝食を取りに来ない娘に痺れを切らし、青葉の母、ふきが怒鳴りこんできたのである。

ビア樽のような体型をフル活用して出された声は、いくら神経の太い青葉にもたまったものではなかった。

青葉は健康的でスマートな体をばねのようにして跳び起きると、目にも止まらぬ速さで身支度を始めた。

年がら年中寝坊しているため、体が動きを覚えてしまっているのである。


「お母さんゴメン。あたし朝ごはんいらない!」


 そう叫びながら、青葉は急で薄暗い階段を駆け降りる。

2、3段降りた所で踏み出したつま先が空回りし、青葉の体は後ろへのけぞった。

足を滑らせたのは階段が急すぎたのか、それともふきがちゃんと掃除していなかったからか。

そんなことを本人が気にしている余裕があるはずもなく、青葉は断末魔の叫びと共に、アクション俳優も真っ青な階段落ちを見せたのであった。


 結局、全身打ち身だらけの青葉が学校に到着したのは、HR(ホームルーム)5分前のことだった。

顔に絆創膏、腕には湿布薬という出立ちにも関わらず、すでに登校していた友人二人に元気良く声をかける。


「青葉、一体どうしたのその怪我?」


 心配そうに問いかけたのは川井レミだった。

レミは小柄で色白な、可愛らしい少女だ。

黒目がちの瞳と小さな眉が、どことなく柴犬を連想させる。

高校に入学してから出会った友人のため、まだ付き合いは3ヶ月もないが、なぜか気が合っていつも青葉と行動を共にしていた。


「心配することねーよ、川井。どうせまた寝坊して階段から落ちたんだ。自業自得だろ」


 青葉の代わりに答えたのは、もう一人の友人、内田幸平である。

彼はいわゆる腐れ縁の幼馴染であり、大森家の斜め向かいにある「内田精肉店」の一人息子であった。

青葉の家も青果店を営んでおり、彼の家と共に夕日商店街の一角に店を構えている。

いわば同じ商店街の仲間どうしというわけだ。

仲の良い幼馴染というと、少女マンガなどではそこにラヴが芽生えたりするのだが、どんぐりを擬人化したような幸平に、青葉は微塵も興味を抱いていなかった。

かといって青葉が面食いというわけでもないのだが。


「もう、すこしは心配してくれてもいいじゃーん」

「中学からおんなじこと何百回も繰り返してりゃ、誰も心配しなくなるっつーの」


 幸平の言葉を、何百じゃないもん、何十だもん、と青葉は心の中で訂正した。


「青葉、良かったね。たいした怪我じゃなくて。階段から落ちるって危ないんだよぉ」

「でもこいつの場合は、寝坊して階段から落っこちるのが一種の様式美だからな。まぁ注意力が足りてないんだろ」

「なんかそのうち大怪我したりするんじゃないかな?わたし心配だよ」

「あーあ、レミちゃんは優しいなあ。どっかのどんぐりとは違って」

「どんぐり言うなっつうの。川井、この元気馬鹿が大怪我なんてするはずないから安心しろ」


 青葉が大げさに口をとんがらかしていじけたそぶりを見せていると、レミが何かを思い出したようにぽんと手を叩いた。


「ああ、そうだ。青葉の怪我ですっかり忘れてたんだけど、面白い話があるんだ」


 レミは幸平のとぼけた顔を眺めながらにやにやしている。

これは何かありそうだと、青葉は身を乗り出した。

するとレミは幸平に聞こえないように青葉の耳に顔をよせ、ぼそぼそと内緒話をする。

その内容に、青葉はつい大声をだした。


「ええ!幸平が名前も知らない女の子に一目ぼれしたぁ!?」

「青葉、声でかいよ!」


 慌ててレミが注意するも、クラス中の視線が青葉たちに注がれ、幸平は顔を真っ赤にして目を白黒させた。

青葉は顔の前で両手を合わせ、無言になっている幸平に「ゴメン」のポーズをする。


「しっかし、幸平が一目ぼれするとはねえ」


 幼馴染である青葉は、彼が幼稚園・小学校・中学校と、それぞれ違う相手に一目ぼれしたことを知っていた。

そしてその結果がすべて惨敗だということも。

幸平が惚れやすく、懲りない性格だというのは間違いなかった。


「で、どんな子なの?」

「なんでお前に話さなきゃならねーんだよ。関係ないだろ」

「だって振られたとき相手知ってたほうが面白いし」

「ぜってーお前にだけは言わねえ」


 完全に幸平はへそを曲げたようだったが、これで引き下がる青葉ではなかった。


「ふーん、あっそう。じゃあレミにあんたの失恋話、選りすぐって聞かせとくわ。あと中2の時もらったあんたの恋愛小説も見せとく」

「やめろおおお!やめてくれえええ!オレの黒歴史が甦るぅぅ!」

「なら、素直に話してよ」


 封印していた記憶の反動か、幸平はしばし悶え苦しんでいた。

それを見て、青葉の良心が痛まなかったわけではない。

レミが苦虫を噛み潰したような顔をしていたのは、似たようなブツを製造した経験があるからだろう。


「まったくしょうがないな。その()がどんな娘かと言うとだな……」


 発作が治まったらしく、幸平は唐突に語り始めた。

乗り気ではなかったくせに、愛しい彼女を思い描いてか、その目はどこか陶然としていた。


「その娘な、髪が黒いロングでサラッサラで……。色も白くて……。もちろん美人で……。スタイル良くて胸がでかくてセーラー服が良く似合ってて優しそうで上品そうで清純そうで繊細そうで、とにかく最高なんだ……」


 淀むことなく発せられた幸平の言葉に、青葉はまさしくドン引きした。

それは横にいるレミも同じようで、しばらく口を開けたままだった。


「幸平、それほとんどストーカーじゃん」

「しかも見た目以外、全部推測だしね」

「うるさい!ささやかな恋心だ!」


 幸平の性格には惚れやすさ、懲りなさに加え、ストーカー気質も含まれているのだと、青葉は本気で思った。


 学校が夏休み直前のため昼前に終わると、青葉たちは幸平に「頼みがある」と言われ、大通りの脇にある花壇の裏へ連れてこられた。

幸平曰く、意中の相手が毎日ここを通るので、待ち伏せて話しかけたいというのだ。

計画を知らさせた青葉とレミは呆れかえってため息をついた。

 

「なんであたしとレミが、アンタのストーカーの片棒かつがなきゃいけないの?」

「ストーカーじゃない。お友達大作戦だ!彼女がここを通りかかったら、お前らが偶然を装い話しかけ、友達になり、オレも徐々に仲良くなるという……」


 これをストーカーと言わずしてなんと言うんだと青葉は思った。

だいたい彼女が通る道を事前にチェックしている時点で、完全にアウトである。

頭上に広がる梅雨が開けたばかりの空には入道雲がそびえ立ち、まるで来たるべき夏休みを歓迎しているかのようだ。

そんな開放感溢れる空気の中、なにが悲しくてこんなことをしなければならないのかと、青葉は空しくなった。



「あーあ。せっかく夏休み前で学校早く終わったのに」

「内田君、わたし夜見たいテレビがあるから早くしてね」

「そんな付け回したりしねえって!終わったら菓子パンと午後ティーおごるから協力してくれよ」


 青葉は菓子パンに釣られてしぶしぶ了承すると、レンガ造りの花壇にもたれかかった。

身を隠すにはうってつけの、ツツジの葉が生い茂った背の高い花壇である。

こうすれば僅かでも顔に影がかかり、真夏の直射日光をやわらげてくれる。

とはいえ風はなぎ、大気は熱く蒸し返していたため、汗をかいたYシャツが体にくっつき、青葉はそれがうっとうしくて仕方なかった。


「おい、彼女が来たぞ!」


 そんな気持ちの悪さも、幸平の一言で入道雲のかなたへと吹き飛んだ。

気が進まないとはいえ、幸平に惚れられた可哀想な美少女がどんなものか、気にならないと言えば嘘になる。

青葉とレミは幸平を押しのけて彼女の姿を目で捕らえようとし、花壇の裏は小さなパニック状態に陥った。


 幸平意中の相手である彼女は、話の通り黒いロングストレートヘアを風になびかせて登場した。

遠くから見ても、彼女の肌は雪のように白く、絹のように肌理細やかであった。

長いまつげに縁取られた大きな瞳は、上質のブラックオニキスのようで、上品で控えめな輝きをたたえている。

小さめだがしっかり筋が通った鼻と、赤くさくらんぼのような唇。

これら顔のパーツは小さな卵形の輪郭に、完璧と言えるほど整った形で治まっていった。

 若干スカートの丈が長いセーラー服が、上品で控えめな彼女の美しさを一層引き立てる。

歩き方も静かでしとやかで、それでいて姿勢が良く、ピンと張り詰めた気品がこちらにまで伝わってきた。


 花壇の裏の三人は、知らず知らずのうちにため息をついていた。

彼女が自分たちとあまりにも違いすぎたからである。

まるで平安時代の庶民が、牛車の中の姫君を垣間見たような気分だった。

彼女の容姿、立ち居振る舞い、そして滲み出るオーラ。

何もかもが自分たちより格上なのだと一瞬で青葉は悟り、同時に自分がみすぼらしく思えた。


 とはいえ客観的に見れば、青葉自身の容姿も平均より大分上位に位置していた。

若さと活力の象徴のような大きな目と血色の良い頬は健康的な愛くるしさがあり、体は引き締まっていて、特に足が長い。

ただ細すぎるせいで胸と尻の膨らみが足りないのが、もっぱら本人の悩みの種だった。

その上、髪が短く、振る舞いもさばけているため、やもすれば美少女というより美少年に見えてしまう。

良く言えばボーイッシュだが、悪く言えば男女である。

そのため青葉は、女の子らしさというものに、多少なりともコンプレックスがあった。

ゆえに幸平意中の彼女が、余計に輝いて見えたのである。

 

「アンタには無理。あきらめな」


 青葉は小さく幸平に言った。


「なんでだよ。別にいいじゃん」


 どうやら彼は分不相応という言葉を知らないらしかった。


「あのねえ、アンタ自分があのお姫様とホントに釣り合うと思ってんの?」

「バカヤロー。恋心にそんなの関係ないんだよ」

「内田君。言っちゃ悪いけど、わたしも無理だと思うな。だってあの制服麗王女学院のだよ。超お嬢じゃん」


 麗王女学院は、全国的に有名な私立学校で、青葉が通う三藤(みふじ)高校の近くにある。

偏差値の高さはさることながら、伝統も権威もあり、そこに通うのは金銭的に裕福な家庭や、やんごとなき血筋のご令嬢ばかりである。

幼稚園から高校まであるが、高校からは入れず、いわゆる「お受験」をしなければ入学できない。

いわば超お嬢様学校であり、そこらへんの高校とは一線を隔しているのである。


「容姿どころか身分まで違うわけか」

「絶望的だよね」


 無情な二人の言葉に、幸平はこぶしを地面に叩きつけたが、神は彼を見捨てたわけではなかった。

ベタなシュチュエーションではあるが、歩いている拍子に、彼女がハンカチを落としたのである。

これを利用しない手はなかった。


「幸平、あの子ハンカチ落としたよ」

「ホントだ。これってチャンスだよ!」

「早く拾って渡してきなって」


 しかし幸平はせっかくのチャンスにも関わらず、頭を抱えてもごもごと言うばかりである。

恥ずかしいのは青葉にも分かったが、そうしている間にも彼女はどんどん先に行ってしまっていた。

急いで追いかけないと見失ってしまう。

チャンスの女神に前髪がないとは、よく言ったものだった。


 彼女の姿が豆粒ほどになっても、幸平はまだ頭を抱えてもごもごしていた。

まったくどうしようもないヘタレ男だと、青葉は幼馴染として情けなくなった。


「もういい。あたしが届ける」


 青葉は花壇をひらりと飛び越え、道端に落ちている彼女のハンカチを拾った。

幸平は何か言おうとしたが、もう後の祭りである。


「すみませーん!ハンカチ落としましたよー!」


 青葉は叫んだが彼女は止まらず、ますます先に行ってしまっていた。


「すみませーん」


 もう一度叫んでも、やはり彼女は立ち止まらない。

距離が遠すぎて聞こえないのだろう。

青葉はため息をつくと、彼女めがけて一直線に走り出した。

寝坊のせいで毎朝走って登校しているため、青葉の足はとても速い。

細く健康的な肢体が軽やかに舞う。

毎朝の遅刻で鍛えた青葉の足はすぐに彼女の後ろへと迫ったが、ハンカチを届けたい一心で脇目も振らずがむしゃらに走ったため、全身は汗だくであった。


「ちょっと、アンタ。ハンカチ落としたってば!」


 3度目の大声で、彼女はやっと振り返ったが、一瞬怪訝な顔をした後、驚愕の表情で目を見開いた。

青葉はそんなに驚かなくてもいいじゃないかと思ったが、その思考をけたたましいクラクションが遮った。

音のする方向に振り向くと、目の前には巨大なダンプカーが迫っている。

 

 青葉の背中に、冷や汗がどっと伝った。


 


 よろしければ感想お願いします。

書いて下されば世界のどこかで私が(泣いて)喜びます。

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