不良どもに傘を差す その1
これは冴えない元サラリーマンの物語である。
「いや勘弁してくださいよ…おじさん今日から職なしの身でさぁ、明日からどうしよっかなーって気持ちでいっぱいいっぱいなんだ」
時刻は深夜2時のビル群。年季の入っている灰色のスーツを着た、いかにもサラリーマンといった感じのおっさん(37歳)である雨傘助三郎は困っていた。
いや、正確には元サラリーマンだったと言うべきか。
不景気でもないのに彼はリストラされた。特に勤務態度が悪かったわけでもなく、仕事の成果が出せなかったわけでもなく。むしろその点で言えば彼は優秀と呼べる部類であろう。言われたことは人並みにこなし、人並みに人間関係を築いてきた。
だが人生は残酷で唐突だった。
社長室に呼ばれ、いきなり言われたことは君クビねの一言。そこから先は正直覚えちゃいない。あれよあれよと流されて、いつの間にか帰りの電車の座席に座っていた。
そんな彼は今、不良たちに囲まれている。数は20人以上、それぞれがバットやナイフを持っていたり、どこの世紀末だと言わんばかりのモヒカン頭もいた。
少し笑いそうになるのを堪えている雨傘に対し、リーダー格であろう不良が前に出る。
「てめぇの都合なんか知るか。さっさと金目のもん置いていけや」
まぁですよねー。
分かってはいたが心の中でため息を漏らす。こんな状況では自身が筋肉モリモリマッチョマンであっても見逃しちゃくれないだろう。
予想通りの返事が返ってきたことを残念に思いながら、雨傘はビル群の隙間にある路地を指差す。
「分かりましたよ…事を大きくしたくないんで、あっちでやりましょうや」
「へぇ、気が効くじゃねぇか?それならさっさと行こうぜ」
リーダー格が首を動かすと、雨傘を囲んだ隊列のまま路地へと入っていく。路地はそこそこの広さがあり、不良たち全員が入れるほどの余裕はあった。
そして全員が入り終わったところでリーダー格が声をかける。
「そんじゃさっさと払ってもらブッ!?」
言い終わる前に何かが叩きつけられていた。いや、正確には何かが飛んできて顔面にぶち当たったのだ。
何かの正体は路地に落ちていた空き瓶だった。こんなものを顔面に叩きつけられれば常人は気絶する。リーダー格はそのまま仰向けに倒れていった。
周りの不良たちがざわつく中、冷静な男が一人。
「いやー、さ?おじさん理不尽にリストラ喰らってさ?今すんごいムカついてるのよ。これが平日なら逃げるっていう選択肢もあったんだろうけど…」
くるくると手に持っている傘をペン回しでもするかのようなノリで回す雨傘は、臨戦態勢をとる不良たちに向かって、ネクタイを緩めながら言い放つ。
「大人を怒らせるとどうなるか。特別に教育してやんよ、クソガキども」