闇の中で
鼻にツンとくるカビ臭さ、錆びた鉄の臭い、それらがじっとりまとわりつく空間。重厚な扉に背後は閉ざされていて、それはひんやりと氷のように冷たく、音、それどころか念も通さない様子だった。両脇には、壁にかけられたろうそくが闇を舐めるように燃えている。だが、闇の力が強いのか、聖堂の中はとても暗く、真正面の壁一面にあるステンドグラスはくすんでいた。
足元には、血のようにおどろおどろしく真っ赤な布が所々よれながら、闇へと導くように前へ延びていた。それを目でたどって行く途中で、両脇に何列あるだろうか、横並びに、五、六人が座れる、闇に半分溶け込んでいるベンチが。そこには、背中を丸めた人々がひしめき合っていた。
百人近くいるだろうか、彼らはあまり裕福ではないようで、みんなくたびれた服を着ていた。彼らの口からは、何度も同じ言葉を繰り返している。何か見えない大きな力に、必死にすがっているようだ。
それらの大合唱のさらに奥には、エメラルドグリーンの祭壇。美しいはずの緑色も、何故か禍々しく感じられた。その上には、両腕と両足を投げ出した少年が、ぐったりと横たわっている。今にも息が止まりそうに、小さく、短い呼吸を繰り返している。口からは赤く毒々しい血を大量に流しており、ろうそくの火にギラギラと光っていた。少年は突然激しい痙攣を起こし、側に控えていた、男たちに取り押さえられた。だが、震えは激しく、祭壇から落ちないようにするので手一杯だった。
祭壇の真正面近くの闇から、ふと、紫のフード付きローブが、闇の使者のように自ずと輪郭を表した。滑らから絹の布地に、ろうそくの火が怪しげな光を作っている。目が闇に慣れてきて、ローブの下に隠されている体躯があらわになった。骨格は細いが、筋肉はほどほどについている青年のようだった。幽霊のようにゆらゆらと、紫の人影はうごめく。そして、彼の左手には古びた聖書が乗せられており、小さな声で何かを唱え始めた。
「…………」
だが、どんなに耳をそばだてても、大勢の低い声にかき消されてしまい、何を言っているのか聞き取ることはできなかった。何かの儀式のようだ。右手に持っていたくすんだ銀色の箸より小さな棒を、頭より高い位置へとさっと持ち上げた。痙攣している少年の上に、棒の先からぽたりと滴が落ちた。普通ならば、聖水なのだが、とても濁っているように見えた。
棒で十字を厳かに切った。すると、不思議なことに少年の痙攣が止まった。呼吸も普通に戻ってきている。人々から安堵の声が漏れた。どうやら、少年は助かったようだ。ろうそくの火が心なしか、先ほどより明るさを増しているようだった。そして、静寂が訪れた。
月明かりも、紐刺さない聖堂で、ろうそくの明かりだけが揺らめている……。