表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

君といた夏の夜

作者: 山田林檎



どぉーん、どぉーんと暗い空に火花が散る度、みんながおぉー!!と歓声を上げる。

その人混みの中、私もそっとその花を見上げた。


「うぉー!すごいね!テンション上がる!」


そういって、君は弾けんばかりの笑顔を私に向けた。


「ほ、ほんとだね!こんな派手な花火見たの初めて・・」

「え、そうやったんや・・・!」

「うん・・・」



上手く言葉を紡ぐことができない。

視線を合わせることができなくて、花火に見惚れたフリをした。

自分の藤色の髪飾りをそっといじった。

この、意気地なし。

どうしてなの。

どうして、こうも勇気が出ない。


「綺麗だね・・」

「あ、うん!花火すごく・・・」

「そうじゃなくて、その髪飾り・・」


そう言って彼が指さしたのは、私がいじっていた藤色の髪飾りだった。

彼のために自分で買った、人生で初めての髪飾り。

頬に熱が集まるのがすぐにわかった。


「とても似合ってるよ!」

「あ、ありがと・・・」


もう彼の眼をみることができなかった。

いつも君は私の欲しい言葉をくれるんだね。



「それでは!次が最後となります!!皆さま!!ご注目くださいーー!!」



司会者がマイク越しに、弾んだ声を上げた。


「え、もうおわり・・・」

「もうラストだって!どんなのだろうね」


もう、終わってしまうのか。

この幸せな時間が。

どうか、咲かないでほしい。

もう少しだけ。

もう少しだけでいいから。

まだ彼の隣にいさせてください。



どぉぉぉぉぉおおおおおおおん

ぱんっぱんっ

しゃぁぁぁああああああ



「おぉぉおおおお!!!!」



壮大な音楽と大きな火花の音、そこかしこであがる歓声。

神様は、待ってはくれなかった。


終わって、しまった。



「すごかったねー、最後。おっきいやつどーんって!」

「う、うん!すごかった!!綺麗だったね」


「・・・・・うん。」

「あ、はは・・・・」


周囲にいた人混みがまるで、雪崩のように一斉に帰路に着く中、私たちはまだ、そこにいた。

足が捕らわれているみたいに、動けなかった。

お互いに、花火の感想をぽつりぽつりと話しながら、もう火花の散らない暗い空を見上げていた。


しばらくして、人混みが半分くらい減ったとき、私たちはやっと足を動かすことができた。



「あ、のさ・・」

「ん?」



ひょい、と私の前に差し伸べられた手のひら。

彼の綺麗な左手。


「あ、え・・・?」

「まだ人多いし、はぐれちゃいけないから・・・さ」


胸の奥から何かが溢れだしそうだった。

心の臓をきつく締められる苦しさと、全身に熱を帯びた感覚。


「浴衣だから歩くの大変だろうし、あ、いやっ、もし嫌ならいいんだけどっ・・・」

「わ、ちがっ!!お願いします!!」


ひっこめられそうになった左手を必死に両手で握った。

すると、彼が突然吹き出した。


「っははは!!必死すぎ!」

「あ、ごめっ・・・」


2人で笑って、ゆっくり目を合わせて、そっと握り返した。

彼の左手に私の右手。

嗚呼、神様。

彼の手はこんなにも暖かいのですね。





時計の針は22時を少し過ぎたところ。

私たちは街灯の下にまだ一緒にいた。

別れが惜しい。

ずっとずっと傍にいれたらいいのに。



また、会えるよね・・・?



「じ、じゃあ・・・・」


「・・・・・うん。」



口ではそう言っているのに、うまく手が離せない。

私も彼も離そうとしない。

離せない。

何故か、永遠の別れのように感じてしまうから。


ねぇ、君はどう思ってるのかな。



「また、また一緒にどこか行こうね・・・!」

「も、もちろんだよ!行こう!!」



そっと目を合わせて、もう一度伏せる。

ゆっくり、ゆっくり指の一本一本を解くように、手を離した。



「じゃあ、また・・・今日は、ありがとう。」

「こちらこそ、ありがとう。楽しかったよ・・・」



そう言って、今度こそ、彼は私にゆっくりと背を向けた。



これで、いいのかな。

私のこの想いを伝えられないままで、よかったのかな。


そう思っている間も彼の姿は少しずつ少しずつ遠くなっていく。


ずっと彼が好きだったんだよ。

好きなの。

誰よりも、彼が好き。


行かないで、離れていかないで。



「待って!!!!!」


着慣れない浴衣で走った。


彼が驚いたように、くるりと後ろを振り返って、此方に走り寄ってくる。

そして、転びそうになった私を両手で支えてくれた。


「あ、危ないじゃないか!」

「ご、ごめっ・・・でも、聞いて!!聞いてほしいの・・・!」



息を整えて、君とつないだ腕はそのままに。

私は震える全身を感じながら、言葉を紡いだ。



「わ、私、ずっと前から・・・・、君のことが__________」








「おかーさーん!!私のコテどこー?」

「お母さんは、あんたのコテなんか知りませんよー」

「えー!?置いてあったじゃん、洗面台とこに」

「自分のものくらい、自分で管理しなさい。」

「ちぇー・・」



今日は娘が夏祭りに行くらしく、その準備をするために私は押し入れから浴衣を出すところだった。

友達と行くらしいが、男もいるらしい。

・・・大丈夫だろうか。

最近の若者の男女関係とは一体・・・?


そんなことを考えながら引き出したのは、娘が去年選んだ浴衣だった。

純白の無地に、藤色や桜色の朝顔が咲く可愛らしいものだ。


やはり、親子。

藤色ははずせなかったか。



「おかーさん、コテないー・・」

「仕方ないなぁ、お母さんのコテ貸してあげるからそれ使いなさい」

「やったぁ!おかーさん好きー」

「はいはい。」



重たい腰を持ち上げて、自分の化粧台へ向かう。

すると後ろで娘があ!と何か見つけたような声を上げた。



「ねねね!!おかーさん!」

「どうしたの?」

「これ!すっごいいいじゃん。使いたーい」

「え、それ・・・」


娘が手にしていたのは、あの藤色の髪飾りだった。

私の大切な君といた夏の思い出。



「ねー、だめ?」

「だーめ。それお母さんの大切な思い出だから」

「え、そうなの?」

「そーそー」


「あ!おとーさんとの思い出の品かぁ」

「あはは!・・・ざんねーん、違いまーす」

「ええ!?!?」



娘の手からそっと髪飾りを受け取って、彼女の髪にゆっくりさした。


「あんたがもし、かけがえのない大切な人に出逢ったときに、これを使いなさい。

 お母さんはその人を永遠の人にすることは出来なかったけど、あんたならきっと出来るから。

 それまでこれは、おあずけ。」


そしてまたゆっくりと髪飾りをとった。



「おかーさん・・・てことは、おとーさんは大切な人ではないと・・!?」

「あはは!お父さんとこの人とでは比べ物にならないくらい、お父さんとの思い出の方が多いから・・・」

「わー、びっくりしたー!」

「私の青春だよ、せーしゅん」

「あははは!おばさん臭い」


「だまらっしゃい」



じゃあ、私髪セットしてくるーといって、彼女はコテを片手に部屋を後にした。


いつの間に?

コテの場所など教えただろうか。

これは、常習犯だな。



自分の右手に乗せた藤色の髪飾りを見つめる。


どこか遠くでぱぁんと花火が咲く音が聞こえたような気がした。




結局あの日、勇気の出せなかった私。


ねぇ、貴方は今どこで誰とあの花火を見上げるのですか。




貴方が幸せならいいな、と私はいつも思っていますよ。





かけがえのない想い出をありがとう。






私は、小さな箱にその髪飾りを戻して、もう一度押し入れの奥底にしまい込んだ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] キュンキュンするね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ