私は今日も世界をまたぐ
二作目です。
一般的な設定とはちょっと違います。
妖は妖怪のこと。実体を持ったり持たなかったり。わざわざ妖自身が人間に見えないようにしない限り、一般人にも視認できます。
妖は力が強いほど現世への執着があり、その場所や人の傍(たぶんお墓もあり)から離れられません。
逆に、弱い妖は色々なところに行き来できます。
この世には多くの『世界』がある。
きっと、そのことを知ってる〝人間″は私くらいなんだろうな。くすっと自嘲的な嗤いが零れた。おっと、今はそんなことを考えている場合ではなかったな。
自分の目前に迫りかけていた黒い影に銃口を向け、引き金を引く。
バンッ
途端に白い石が飛び出し、影に食い込む。音を立てながら影はその石に吸い込まれた。
「じゃーね。……さっさと去ね。」
断末魔の叫びが耳ではなく頭に直接響く。影は霧散し、後に残ったのはカランと音を立てて転がった白い石――ムーンストーン。
私はそっと近づいてそれに口付けた。
さぁ、さっきの話の続きをしようか。
家としている森の奥の寂びれた家に向かって歩みを進める私の脳裏に鮮やかに浮かぶのは、妖と呼ばれる黒い影が対峙している過去の風景。いや、対峙というのでは間違っている。気弱そうな妖が他の妖に消されかけている、というのが正しい。
幼い少女の私は訳も分からぬままわーわーと叫び奇跡的に妖を追いやることに成功した。怒りと悲しみの色をまとった妖の目を覗き込んだとき、えもいえぬ新しい感情が私を侵食した。妖の彼は荒れた目で不安そうに私を見たが、それすらも私には甘美な菓子のようだった。
まず私は彼を介抱することを優先した。彼はずいぶん抵抗したがたぶん本気は出していなかった。その上で、突っ走る私に悪意がないことに気づいたのか、嫌々ながらも後を付いてきた。
しばらくして、彼を連れまわしていた私は森の中で古びた小屋を見つけた。素晴らしい偶然だ。私はそこでいきなりにもほどがあるが一緒に住むことを宣言した。勿論彼は最初とは比べ物にならないくらい抵抗したが、私が上目遣いで彼を見つめると、「うっ……」と呻いて諦めた。
このことで彼の扱い方が分かったのは、きっと永遠の秘密だ。二、三日は様子を伺うようにもやのまま小屋を漂っていたが、私に宣言を覆す気がないのを知ると、諦めて人の姿で埃をかぶった椅子に座った。
くすっ……
まぁ、人生いろいろとあるわけで、その少女である私と妖は友情、もしくは恋情と呼ばれるものを育む関係になった。彼と関係を持ってしまった私は老いが遅くなってしまったようで、もう出会いから数十年経っているのにまだ十代半ばの見た目のままだ。
それからはただただ幸せだった。私は彼を《夜》と名づけた。髪から靴に至るまで真っ黒だからだ。彼は私を《月》と呼んだ。
「月があると、夜は明るいからな」
そう、珍しく照れもせずに言った彼に朱に染められたのは、たぶん一生忘れない。
私たちの生活は、まるで人間の夫婦のようなものだった。朝同じくらいに起きて、一緒に外の井戸で顔を洗って、一緒に料理をして、森の恵みを受け、たまに町に出る。
お互いに愛してるとか好きだなんて言ったことはなかった。彼はもしかしたら、私のことを受け入れてるだけで、好きじゃないのかもしれないとも考えた。
でも、このやさしく流れる時間は確かなもので。触れるか触れないかの微妙な距離感がもどかしくもあり、心地よかったのだ。
ただ、幸せなんて不確かなものがずっと続くわけがなくて、出会いから十年目。彼は傷だらけで帰ってきた。
彼は休まないと消えてしまうと泣きそうに言った。いつもは少しツンとしている彼の、本当の泣き顔だった。
絶対に、帰ってくるから。そうしたらまた一緒に暮らそう?
彼は私の頬を撫ぜ、私の返答を聞くこともなくこぶしの四分の一ほどのムーンストーンに入ってしまった。
呆然としていた私は、しばらくして彼は妖にやられたのだという結論に辿り着いた。理由なんて考えるまでもない。妖は妖によってしか傷つかないのだ。それは、一緒にすごしてきた私にとっては明白なこと。
彼は気弱でヘタレだが、決して弱くない。彼より強い妖怪なんてこのあたりにはそうそう現れない。力の強い妖ほど、その地への執着で離れられないから……
私の脳裏には、彼との出会いがよみがえった。あのときの妖だって、私の声で追い払えたくらいなのだから強いはずはない。彼よりも格が数段低い。でも、弱ければ弱いほど行動範囲が広い。
じゃあ、なんでだ?
なんで彼は怪我を負った?どうして自身の動きを制限しなければならないほどの傷がついた?
物体に宿るのは、妖にとって一番楽な状態だ。その分外部との接触が完全に途切れるが。ふつう妖はその状態をできるだけ避けようとする。特に、私からの半分くらい一方的な愛を受け止めようとしてくれている彼なら、なおさら。
……ああ、そうか。囲まれたんだ。
それから私は私自身に命じた。「妖を殺せ」と。雑魚がたくさんいるから徒党を組む。優しい彼が、囲まれたくらいで弱いものに全力の力を振るえるわけがなかった。
その後の行動は早かった。すぐに小さなムーンストーンと小銃を買い求め、今現在に至るわけだ。
家につき、軽く睡眠をとったら夜の準備を始める。石を清める意味で水にくぐらせ、火薬と共に石を包んで形状を整える。他のいくつかの石も同じようにし、腰のポケットに入れたら出発だ。今は夜の一時半。まだまだ夜は長い。あと数体は余裕で消せるだろう。獰猛な光が眼に宿れば、もう戦いは始まったも同然。
「今夜は〝白〟に行かないとな」
そこは少し厄介なものが居付く世界だ。人間の気持ちとは恐ろしいものだ。所謂マザコンと呼ばれる種類の少女が随分変わったものを創りだしてしまった。
「さぁ、もう行くか」
胸元に下げた袋の中の大きめの石に布越しに口付け、私は家を出た。
あなたが愛したその石で、その名を取った私は黒に染まる。
私はきっと今日も、明日も。
彼が目覚めるその日まで。
「私は今日も……妖を殺す」
……たとえ彼がそれを望まなくても。
終
主人公の子の本名は瑠璃。彼に名前をもらったので、そっちを使っていそうです。
名前はこの世で一番短い呪と言われるようなので、そこからも名前のシーンを入れたかったんです。
これは2年前の夏に書いたもののリメイク版です。もちろん部活の人以外は見たことがないやつです。前のものの二倍くらいの字数で、前より少し主人公が幸せです。
銃などはよい本を見つけられなかったので、構造とかが詳しく載っている本をご存知の方は教えていただけると嬉しいです。
最近顔文字にはまっています。(φεφ)