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僕の幼馴染

作者: きるあ

 僕には幼馴染がいる。


 幼稚園の入園式の時、家が近いことを知った母親同士が交流を始めた。

 その縁で僕達と頻繁に顔を合わせるようになった。時折都合が悪くなったのか、どちらかの母親が送り迎えをしたり、帰りに家に寄ってそのまま夕飯を一緒に食べたりした。

 特に僕の両親は共働きで、帰りが遅くなることが多かった。反対に向こうの母親は専業主婦で、二人の子供の世話をしていたからと、僕を三人目の我が子のように大事にしてくれた。

 普段のお礼も含めてと、休日は向こうの二人を連れて僕の家族と日帰り旅行に出かけたりした。

 そうやって僕達は家族ぐるみで交流を重ね、同じ小学校に入学し、クラスが分かれても疎遠になることは無かった。幼馴染と言う特別な関係のまま、僕達は高校まで傍にいた。




 だけど、そう、それは高校三年の冬だ。

 とうとう僕達の道は違える。別々の大学、それも彼女は遠い地に行くことになった。

 きっと今までのように息の合った冗談を飛ばすことも、試験勉強で難しい顔を突き合わせることも、些細なことで喧嘩することも無くなるだろう。

 毎日会うことは愚か、その声を聞くことだって無くなるだろう。


 そう思うと突然胸が締め付けられ、僕はその手を手放したくないと痛烈に思った。

 だから、そう、単純にその手を伸ばした。

 振り払われるなんて、微塵も思わずに。


「ごめん、きーくん」

「…ちーちゃん?」

「あたし、きーくんのコイビトにはなれないんだ」

「それは、僕のことが嫌いってこと?」

「ううん、それは絶対にない。好きだよ」

「じゃあ、どうして?僕を男として見られない?」

「うーん…」


 僕を絶望に叩き落した幼馴染は、それでも悪びれなく考える。その仕草さえ慣れ親しんで、愛おしいと思う僕はきっと救いようがない。


「だって、あたし達『幼馴染』でしょ?」

「うん」

「じゃあ『コイビト』にはなれなくない?」

「…え?」

「あたしは『幼馴染』と『コイビト』を一緒にできるほど器用じゃないよ」

「待ってちーちゃん」

「ん?」


 僕は眉間に手を充てる。

 この幼馴染は、それこそ純粋な学力なら結構高い。(おかげで僕は同じ大学に入れなかった)しかし、学力とは別の『考える力』に関しては非常に弱い。

(ラテって牛乳なの?!じゃあバナナラテはただのバナナ牛乳じゃん!)

(へ?今日って文系科目のテストじゃなかったっけ?…え、英国歴…化?)

(冬休みって宿題ないからさ、遊びまくったよー…ん?読書感想文はあるの?!)

(きーくんどうしよう?!今日検便提出じゃん忘れてたよ!!ちょっとでいいから分けて!!)

 …便を分けてくれなんて、僕は男として見られているのだろうか。

 やや遠い目をしたくなるが、目下何やら変な思い込みをした幼馴染を見据える。


「幼馴染と恋人は兼業可能だよ」

「でも亜里沙は無理って言ってた」

「ああ、それで…。笹塚さんは最近幼馴染と別れたみたいだからね」

「じゃあきーくんとあたしも別れるの?」

「僕達はそもそもまだ付き合っていないよ!」


 やや苛立った口調になってしまうのは、今から別れのことを口にするこの無神経な幼馴染のせいだ。


「僕は、そんなヘマしない」

「…ん?別れることが『ヘマ』なの?」

「僕の場合はそうだ。いや、僕達の場合はね」

「うぬぬ、きーくんの言うことは難しいなぁ」

「難しく考えないでさ、ちーちゃんはどう思う?」


 ドキドキと心臓が煩いのを無視して、平静を装って聞く。


「僕達が、恋人になるの」

「うーん、………無理かな!」


 いっそ清々しい笑顔で、大事な幼馴染は僕の心を打ち砕く。


「…せめて理由を教えてくれない?」

「だって、『コイビト』になったら、きーくんとチューするってことでしょ?」

「………ソウダネ」


 それだけで済むと本気で思っているのか。

 幼馴染は、頭が弱いだけじゃなくてそっちの方も大分疎い。こういうのって、普通女の子の方がませてるんじゃなかったっけ?


「それを考えると……あー駄目だ!全身がむずむずするもん、無理だよ」

「…そう」

「代わりにあたし、きーくんに好きな人ができたら精一杯応援する!」


 お日様みたいな笑みで言われ、僕は情けなくも何も言えなかった。

 君が好きなんだ、君がいいんだって。

 項垂れる僕の心境なんか絶対知らない癖に、励ますように肩を叩く。


「でもさ、きーくん」

「…なに」

「『幼馴染』はずっと『幼馴染』だよね?」


 その声に、少しばかりの不安な気持ちがあったのだと。

 あれから随分経って振り返った時に、僕はようやく気付いた。


 …だけどあの時の僕は、ただ無邪気な幼馴染に腹を立てて。


「知らないよ、いつか終わるかもね!」


 そう、怒って幼馴染を置いて帰った。





 それが僕らの、初めての別れ





〇●〇


 僕には幼馴染がいた。


 皆を笑わせることが大好きな、ちょっと抜けてるけど笑顔の可愛い女の子。恋愛に疎くて、邪気のない言葉で僕を何度も翻弄した。

 だけど、あの日以来僕等は話すことなかった。卒業式後の打ち上げでも、結局都合が合わず開かれることの無かったホームパーティも。

 僕等は互いに別れを告げることなく、あんなに近かったのが嘘のように、陽炎のように消えていった。




 だからそれは、神様がくれた最後のチャンスなんだと思った。




 就職で上京した先、酔う程の人ごみの中で幼馴染を見つけたんだ。

 高校三年の冬よりも、ずっとずっと綺麗になった幼馴染を前に、僕は駆けだす。


「ちーちゃん!」

「……え、きーくん?」


 振り返ることで、あの時よりずっと伸びた、少しだけ茶色に色づき先だけ巻かれた髪が舞う。

 年月が、この場所が、僕の良く知る幼馴染を変えた。僕の知らない内に、とても変わってしまったことに胸が痛み、言葉を奪う。


「ちーちゃん、その…」

「んー…ここじゃ迷惑になるから、場所を変えない?」

「…わかった」


 ねっと笑う幼馴染が、どこか遠い人に感じた。僕の知る幼馴染なら場所も構わず再会を喜び、周囲を気遣うのはいつも僕の方だったのに。

 歳月が幼馴染を大人にした。僕から僕の幼馴染を取り上げた。


 …あの時、もし僕が幼馴染だと頷いていたら未来は変わっただろうか。


 ありもしない想像に縋るほど、僕は後悔していた。颯爽と前を歩くその背を直視できず、ただ黙ってついて行くことしかできなかった。



 幼馴染が連れてきたのは落ち着いたバーだった。

 手慣れた手つきでその重厚なドアを開け、中にいた壮年のマスターに挨拶すれば相手からも柔和な笑みと共に返事が返ってくる。その様子に、僕はここが行きつけなのだと知る。


「そちらの男性は?」

「友人ですよ」


 その紹介に、ちくりと胸に針が刺さる。

 もう幼馴染にとって僕は『幼馴染』ですらないのだと突きつけられたようで。

 だけどそれが自業自得なのも知っているから唇を噛むだけで何も言わない、言えない。


「マスター、甘めの頂戴?」

「畏まりました。あなたはどうされますか」

「…辛めのを、ジンで」

「畏まりました」


 自然な動きで準備に取り掛かるその姿を目にしながら、僕は隣に座った幼馴染に意識をやる。

 いや、もう僕だけが幼馴染と思っているだけなのかもしれないな、なんて自嘲を浮かべる。


「きーくん、元気にしてた?」

「それなりにね」

「どうしてこっちに来たの?」

「就職がこっちだったから」

「そう」


 沈黙が重くなる前に、僕は思い切って口を開く。視線をマスターに向けたまま、この妙な胸の高鳴りと落ち込みを気取られないようにしながら。


「ちーちゃんは元気にしてるの」

「うん、あたしはそれだけが取り柄だからね」

「そんなことないよ。就職、したの?」

「ううん、教授に引き止められて院に進むことにした」

「そっか」


 そこで僕は知る。僕は、幼馴染がどこの大学でどの学科を選んだのは知っていても、その先のことは全く知らないのだと。

 きっと母さんは知っているだろうけど、僕は一度も聞いたことが無かった。この幼馴染がいなくなった後、向こうの家に上がることも無かった。


 二人して口を閉ざした丁度そんな時、マスターが静かな声で美しい液体を宿したグラスが置かれる。


「オリジナルカクテルと、マティーニです」


 静かな声は硬直しかけた雰囲気を吹き飛ばす。

 僕はマスターの気遣いに感謝しつつも、グラスを少しだけ掲げる。そうすれば、僕よりも華奢で可愛らしいグラスも自然と持ち上がる。


「乾杯」

「うん、かんぱーい」


 チンッと小さく打ち鳴らし、グラスに口をつける。

 ジンは好きなのに、いつもより苦く感じるのはこの再会のせいだろうか。


「そういえば、きーくんとこうしてお酒飲んだの初めてだね」

「そうだね」

「あたしね、大きくなってお互いの成人を祝うんだって思ってた。あたしの方が少しだけお姉さんだから、きーくんの誕生日の日に一緒に飲みに出るんだって」

「…そっか」


 きっと、あの日まで当然のように思い描いていた未来だったに違いない。

 物心ついた時からずっと一緒にいて、その存在を一番近くで感じていた、僕の幼馴染。


「でも、叶わなかったねぇ」

「…そうだね」


 僕が、あの日あんなことを言わなければ続いていたはずの、『幼馴染』という関係。


「きーくん、ごめんね」


 僕を覗き込む瞳に、あの日のような不安はない。あるのはただ、静かな謝罪だった。

 それが余計に、僕の胸をかきむしる。

 あの時のような不安を宿していてくれたなら、きっと僕は懺悔できた。その不安を吹き飛ばす言葉だって、何度も練り直して考えた。

 あの瞬間に戻れたなら、僕はその不安な心をくみ取って、『幼馴染』でいられた。


「ううん、ちーちゃんは何も悪くない」

「でも、あの時きーくんは怒ってたよね」

「そうだね。とても理不尽で、子供じみた怒りを抱いた」

「あたしのせいだよね」


 そこに少しでも後悔や罪悪感があれば、つけ入る隙があったのに。

 どこまでもずるい僕に、どこまでも真っ直ぐな幼馴染は、こうして無様にすれ違って当然なのかもしれない。

 それに、僕だけが苦しむのはちょっと納得できないけど。


「きーくん、あたしね」


 凛とした声が僕の耳を打つ。

 一度も聞いたことが無い、幼馴染の声だった。


「あたし、生まれた場所から離れて、色んな人に出逢って、色んなことを経験して」


 ズンと、全身の血が落ちる。

 それはずっと、危惧していたことだった。離れている間、この幼馴染が誰と出逢いどんな関係を築いたって、僕には何の文句も言えない。言う資格なんてない。

 だけど、そうわかっているのに、仄暗く灯った嫉妬の炎は消えてくれない。


「ようやく、わかったよ。ひとに恋する気持ち」

「…そう」

「とっても切なくて、苦しい。でも、そのひとを想うだけで心が温かくなる、強くなれる」


 そんな恋を、したんだね。

 そう言おうとした。なのに、口は動いてくれなかった。

 悔しい。悔しかった。

 幼馴染にこんな顔をさせる奴が羨ましい。羨ましい感情を通り越して、憎くさえ思う。


「きーくんも、そうだったの?」

「…うん」


 まだ、過去にしきれていないけれど。

 僕は諦めの悪い自分にへきへきしながらも、仕方が無いじゃないかと開き直る。だって、ずっとずっと好きだったんだ。

 人よりも成長が遅くて、小さい背をからかわれた僕を守ってくれたことも。

 駆けっこで盛大に転んで、包帯だらけになって半べそをかく僕を宥めてくれたことも。

 僕の委員会の仕事を手伝って、下校時間を過ぎたことを先生に一緒に怒られたことも。

 購買でハズレしか掴めなかった日に、少しだけ弁当をわけてくれたことも。

 昨日のように思い出せる。僕の歩んできたその過去に、一番深く関わっているのはこの幼馴染だから。


「そっかぁ」


 僕の初めての友達で、唯一の幼馴染で、初恋のひとは吐息をついた。

 その動作一つ一つにさえ、僕はどきまきさせられる。まだ枯れることのない想いが息を吹き返す。


「きーくん」

「ん?」

「約束、覚えてる?」


 息を吹き返した恋心に翻弄され、その片隅で何のことだろうかと首を捻る。

 その仕草に、僕の幼馴染は少し笑った。変わらないよね、なんてコメントをつけて。


「きーくんに好きなひとできたら、あたし応援するよって」

「…ああ、そういえばそんなこと言っていたね」

「応援、させてくれる?」


 顔を覗き込まれるのを防ぐため、くいっとグラスを煽る。

 喉を焼く感覚は、今の僕の心のようだ。いっそこのまま、この終わり切れない初恋も焼いてしまって欲しい。


「応援、いらないよ」

「…そっか」


 僅かな沈黙の後に引き下がり、甘い香りのするそれをゆらゆらと揺らめかせる。

 それが嫌に年月を感じる。僕の知らない、幼馴染の仕草。

 引き返したいと僕は願う。でもきっと、この幼馴染はそう思わない。どこまでも真っ直ぐなひとだから。

そうやって納得しようよした僕に追い打ちをかける。


「あたし達、もう『幼馴染』じゃないもんね」

「……ちーちゃん、それは」

「あたしね、『幼馴染』はずっと幼馴染だと思ってた。この先何があろうと、例えお互いに恋人や家族ができても、ずっと変わらないでいるものだって」


 僕だって、そう思ってる。いや、そう思っていた。

 例えその幼馴染に恋をして、振られてしまっても。

 だけど僕等は戻れなかった。無邪気なあの頃に、互いの想いの違いを見せつけられたあの日、僕等の『幼馴染』の関係は終わってしまった。

 あまりに、呆気なく。


「ずっと、きーくんの『幼馴染』で傍にいると思ってたけど、それは幻想だったんだって思い知った。あたしがその絆を自分の手で切っちゃったんだって気づいた」

「それは違うよ、ちーちゃん。僕が勝手に恋をして、そして勝手に憤慨しただけだ。ちーちゃんは悪くない、悪くないんだよ」

「じゃあどうして…ううん、もう過ぎたことだね。じゃあせめて、きーくんの応援だけはさせてよ」

「…できない」

「やっぱり、図々しかったかな?…ただの友人でしかない、あたしじゃ」


 その言葉に、カッと目の前が赤くなる。


「違う、違うよ。あれからずっと、僕は後悔してたんだ。だから前にも進めなくて、余所見もできなくて」

「きーくん?」

「付き合うことなんて…好きなひとさえ、できなかったんだ」

「それ、まだあたしに心を残してるってこと?」


 驚いたように目を見張る幼馴染に、降参した僕は素直に、だけど小さく頷く。

 するとどうだろう。突然幼馴染が僕の手を取る。小さく感じたのは、きっとあの日より僕の手が少しだけ大きくなったから。

 だけど、そう。



 僕の幼馴染の根本は、全く変わって無かった。



「きーくん、あたしの恋人になれる?」

「……………え?」


 あまりに唐突過ぎて、グラスをとろうとした手が、空振りする。

 驚愕した眼に映るのは、緊張でヘの字に口を結んだそのひと。


「違うかな…。うーんと、お付き合いしてください…かな?」

「え、な、ちーちゃん?それ、どういう…」

「五年前のこと、もう時効?」

「い、いや、そんなことないけど」


 慌てている僕は取り繕うことなんてできなくて、思わずそんなことを口にする。

 すると、目の前の幼馴染はすっと息をついて、真面目な顔で言った。


「じゃあ、撤回させてください。それで、あたしと恋人になってください」

「ど、して…?」

「こっちに来てから沢山の人と逢ったよ。面白い人も優しい人も、すごいなぁって思う人もいたよ。でも、結局きーくん以上に傍にいたいって思うひとがいない」


 真剣な眼差しは僕を捉えて離さない。


「きーくんならきっとこうするとか、きーくんとならどんな風に楽しめるかなって、他の人と一緒にいる時考えてた。でも、きーくんは傍にいないんだってその度に思い知らされて、寂しくなった」

「ちーちゃん…」

「それが恋だって知ったよ。きっとあの日、きーくんがあたしにぶつてくれた想いと同じものだって、ようやくわかった。こんな想いをずっときーくんは抱えていて、でもあたしはそれに応えなかったんだって」


 泣くかと思った。

 だけど瞳を潤ませたのは一瞬で、下を向いた後に顔を上げれば浮かび上がっているのは力のない笑みだった。


「ちょっと、へこんだ」


 笑みの裏側にあった涙。

 多分、もう沢山泣いたんだと僕は悟る。


「だからね、きーくん。もしあんな返事したあたしに仕返したいなら、今がチャンスだよ」

「何を言ってるんだい、ちーちゃん」

「だって、そうすればあの日きーくんが受けた痛みを与えられる」


 幼馴染は覚悟を決めた視線を僕に送る。

 やめてくれ、そんな目で見ないでくれと僕は目を伏せる。


「きーくん」

「…やっぱりちーちゃんは、僕のことなんて全然見えてない」

「そうかな」

「そうだよ」

「きーくんが言うなら、そうなんだろうね」


 あたし、そういうの疎くて駄目だからなぁなんて笑う。

 そんな笑い方、僕は知らない。知らなかった。


「じゃあ、返事するよ」

「はい」


 息を、吸って、吐く。

 緊張気味の幼馴染の手を取る僕の方が、余程緊張している。

 だけど、もう手放したくないから。


「水森千里さん、僕と結婚を前提に付き合ってください」


「…それ、って」

「高塚幸弘と、結婚を考えた上で、恋人になってください」





〇〇●


 僕には幼馴染が、いる。


 幼稚園から高校まで、お互いいるのが当然だった。だけど僕の恋心が、幼馴染の鈍感さが、僕等を疎遠にさせた。

 五年の空白の後、僕等は人の溢れた都会で奇跡的に再会を果たして…。




「あ、きーくん。おかえりなさーい」

「ただいま、ちーちゃん。お、この匂いは豚の角煮?」

「せいかーい。叔母さんからレシピ貰って来たんだよ」

「ふぅん、まあ、仲が良さそうでいいけどさ」


 僕はスーツの上着を脱いで皺にならないようにハンガーにかける。そして台所に立つ幼馴染の傍に寄り、そっとその身体を抱く。


「悪阻、もう大丈夫?」

「うん、今朝からは全然、嘘みたいにぱったり無くなった」

「そっか。良かった」

「きーくんは心配しすぎ」

「ちーちゃんのことだからね」


 まだ膨らみの目立たないお腹を大事に触れれば、くすぐったいよと笑われる。

 だからごめんの意味を込めてその頂にキスを落とし、離れる。照れてこちらを見る幼馴染の左薬指には、僕と同じ色をした指輪。


「ちーちゃん」

「ん?なぁに、きーくん」

「僕は、今でもちーちゃんの幼馴染かな」


 少しだけ驚いたように目を見開き、そしてふわりと笑う。

 僕の中にある、不安を払拭するように。


「きーくんはね、きょうだいみたいに一緒に育って、悪友で親友で」


 僕の唇を、攫う。


「大事なひとになった、あたしの大切な幼馴染だよ…ずっと、ね」

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