魔物の正体 と ディーネとカイト
~前回のあらすじ~
軽い食事と解説。
~魔物の正体~
「たかだか機械人形如きが粋がりおって……」
ディーネの言葉に返事でもするかのように、大気を震えわす咆哮が響き渡った。
その咆哮を大して気にした様子もなく、ディーネは小さな果実をいくつか口に含んだあと、地面に向けて種だけを吐き出した。
「ハンターってのは?」
「御主も見たろう? 生物の皮を被った機械を。あれは帝国……今となっては遺跡か。それを守るために作られた玩具よ。もっとも、独自の生態系を築いた挙句に、儂を認識すらできなくなった欠陥品の群れだがのぅ」
「共食いしてたぜ、あれ。意味あんのか?」
「獣の皮はリミッターみたいなものでな。それを解除するには同種を喰らう必要があるのよ。よもや、こんな時代まで稼動し続けておるとは思わなかったが……」
ハンターとやらが近付いているとわかっているのに関わらず、ディーネはかなり余裕そうに見える。
機械如きでは龍の相手になろう筈もないと、そう考えているのだろうか。
……機械?
「ありゃあ機械なんだよな?」
「そう言うたろう」
「だったら、制御できるのか……?」
ハンターと呼ばれる兵器を作ったのが古代の人々であるならば、それを制御していたのも古代の人々だ。
どこかしらに制御板のようなものがあっても不思議ではない。
「ほぅ……冴えておるのぅ。御主が言い出さねば儂が言い出すつもりでおったんじゃが、なかなかどうして阿呆でもないらしい」
何が面白かったのか、ディーネは楽しそうに笑い出した。
現状、二人はこちらに対して人質になっている。そこでオレたちとは無関係なハンターどもを黒装束の野営地へけしかけることができれば、二人を安全に助け出すことができる。
「ふむ、その通りじゃ。儂にできるのは二人ごと野営地を火の海に変えることくらいじゃが、その作戦ならば御主の友人を助けるのも不可能ではない」
しかし、とディーネは言葉を続ける。
「制御板に無事辿り着けるとも限らんぞ。下手をすれば死ぬ……それでもやるか?」
こちらを見るディーネの瞳は意地悪く微笑んでいた。
聞かずとも答えなどわかりきっているだろうが、自らに言い聞かせるようにオレは口を開く。
「やるさ。今まで助けられてばかりだったからな」
オレは無造作に放り投げられていた鞘と銃を拾う。
鞘を肩にかけ、銃をホルスターに収めたところでディーネが二回手を打った。
「それじゃあ、そろそろ行くかの」
「なぁ、なんで当然のように手を貸してくれるんだ?」
最初から疑問に思っていた。
オーヴとやらの所有者に相応しいかどうかを見極めたいのであれば、黙って見ているだけでもいい筈だ。
少なくとも今まではオーヴの力で助かってきたのだから、これからもその力を使いこなすことかできれば死にはしない。
死んでしまうような人間が、オーヴの所有者に相応しいわけがない。
「御主は何か勘違いしておるようじゃが……儂の役目は力ではなく魂の在り方を見極めること。多少未熟であれども、魂さえ腐っておらなければそれで良い」
「魂の在り方……?」
「御主は今のところ悪くない。悪くないから少し気に入った。故に手を貸してやろうというわけさ」
魂の在り方とは具体的にどのようなものなのか理解できないが、ディーネのお眼鏡には多少なりとも適っているらしい。
得体は知れないものの、オーヴの力に龍の力という組み合わせはこれ以上なく心強い。
「さぁて、行くとしよう。それじゃ御主、儂におぶされ」
「は?」
「龍になってから一々よじ登るんじゃ恰好がつかんだろう? それとも女子に負ぶわれる覚悟もなく、仲間を助けるなどと嘯いたのか? ん?」
ディーネの考えはもっともだと思うし、その方が効率も良いだろう。
しかしその笑いをこらえるような表情には、これから先ネタにし続けてやろうと書かれているように見え、どうにも尻込みしてしまう。
小さく舌打ちをし、覚悟を決めたところで空から救いの声が降り注いだ。
「どうして私がこんな目に遭わないといけないのよ!! 大体、私を誰だと思ってるの!? なんでこの私が薄汚い粗大ゴミどもなんかに!!」
救い主にしては言葉遣いが汚すぎるように思うが、遥か上空から地上まで届く金切り声は、今の状況に危機感を思い出させてくれるという意味では大きな役割を果たしたように思う。
空に目をやると大型の鳥の背に乗った少女が二匹のハンターに追われているようだった。
少女はハンターに魔法で対抗しているようだったが、猛攻が止むことはなく撃ち落されるのも時間の問題だろう。
「あの子を追おう! あのままじゃ死んじまう!」
「別に儂は人助けがしたいわけじゃないのじゃが……ま、進んで見捨てたいわけでもないがの」
しかし少女を追うためにこれから先のネタを提供する覚悟を決めたところで、地響きとともに再び大きな咆哮が轟いた。
先ほどまでとは違い、咆哮の主は既に目視できる距離まで来ていた。
木々の陰に隠れており全貌を知ることはできないながらも、今までのものとは比較にならない程の巨躯を持ったハンターは、既にリミッターが外れているらしく金属製の骨格を震わせながら唸り声を上げている。
あまりの迫力に、思わず目を疑う。
その姿は、遥か太古に生きたとされる恐竜のものだ。
残された文献や土偶でのみ存在を確認できる生物。
龍と蜥蜴の中間のような姿をしたそいつの名を、オレたちはこう呼んでいる。
――暴君竜。
龍には劣るものの爬虫類の王と呼ばれるに相応しいだけの風格を備えた骨格に、人間を相手どるにはあまりに巨大過ぎる銃器が幾つも取り付けられていた。
もはや爬虫類の王ではなく機械の王か。
重火器を内臓している分、機械の王の方が幾分質が悪い。
その巨躯が一歩ずつこちらへ近付いてくる。
「ふん、蜥蜴もどきがでかい面をしおるわ。たまに、あれの原種と儂ら龍を一緒くたにする馬鹿がおるのじゃが、あまりに格が違う。儂らと比べられては蜥蜴もどきが可哀想というものよ」
その挑発じみた台詞を知ってか知らでか暴君竜を模したハンターは大きく口を広げ、オレらに狙いを定め渾身の砲撃を放った。
しかし直撃すれば肉片一つ残らないだろう威力を誇る暴君竜の一撃すら、オレたちの元に達することはできなかったらしい。
オレたちを囲うようにして発生した青白い障壁が、全ての衝撃を吸収した上で何事もなかったかのように鎮座している。
ミサのウォーターボールとは次元の違う強度を誇る障壁を別段自慢する風でもなく、それが当然とでも言いたげな様子だ。
思わず身構えてしまったオレを尻目に、ディーネはつまらなそうに大型のハンターを見つめている。
「ガラクタ風情が何をしようとも、儂には永劫届かんぞ」
限りなく冷たい蔑視線の端に、小さな哀れみの色を見た気がした。
自分でも展開がわからなくなってきました。