オーヴの力
~前回のあらすじ~
白い龍に会った。
~オーヴの力~
微睡みの底で、頭に景色が雪崩れ込んでくるのを感じた。
檻の中に囚われている誰かの視界。
見据える先には檻を囲うテントの出入り口が薄っすらと見えており、時折黒装束が通り過ぎていく。
ミサの見ている景色なのかと思ってが、ミサならばもっと落ち着きなく辺りを見回しているのではないだろうか。
なんの根拠もない予想だったが、それは正しい見解だと思った。
『ねぇ、ネロ……カイトが助けに来てくれるよね?』
オレの仮説を裏付けるかのようにミサの声が聞こえてくる。
相変わらず何を考えているのかわからないネロは、ミサの方を向くでもなくただ一言、
『ああ』
と呟いた。
映像が途切れると同時に鼻孔をくすぐる香ばしい匂いに気がついた。
眠ったあとは食事を求める。人間として当然の欲求とはいえ、些情けないような気もしなくはない。
匂いに釣られ体を起こすと朝の日差しが眩しく、反射的に目を瞑ってしまう。少しずつ目を開いていくと、そこは森の開けた一角で、白髪の女がオレに背を向けながら鼻歌交じりに魚を焼いていた。
「ようやく起きたか。二時間以上も気を失っとるとはな……御主は未だ力の使い方というものを理解しとらんらしい」
こちらへ振り向く女の髪が風でやさしく靡く。
腰にまで達しようかという白髪と青い瞳は、どこかで見たことがあるような気がする。
「……あんたは?」
頭が重い。目覚めたばかりだからか、上手く頭が働いていないようだ。
「おかしなことを言う。見てわからぬか、儂は儂じゃよ」
青い瞳に見つめられて、脳の靄が晴れたように全ての記憶が蘇る。
本来いる筈のない魔物や、龍。そして攫われた仲間の夢。
「……そうだ! ミサとネロが!」
「あぁ、黒いのに連れて行かれた童か……なぁに、どうせすぐに殺されはせんよ。そんなことよりも、まず言うことがあるじゃろ?」
「……言うこと?」
すぐに殺されないということくらい、自分でも理解はしている。
それでも動かずにはいられないような気分だった。
「御主に心地よい寝床を設えて朝餉の支度までしてやった儂に、何かかけるべき言葉があろう?」
切り株の上に寝かされていたオレには葉を編みこんで作られた毛布のようなものと、異様に柔らかい木で作られた枕のようなものが用意されていたらしい。
随分と甲斐甲斐しく世話をしてくれたようだ。
「……ありがとよ。ただ、あんたはなんだ?」
「聞かずとも察しくらいついとろう。それじゃよ」
「龍、だろう。オレが聞きたいのはそんなことじゃない」
女は何も言わなかった。龍であることを認めもしなかったが、沈黙こそが肯定であると表情が語っている。
「夢を見た。ミサとネロが捕まってる夢だ。これも、あんたの言うオーヴの力ってやつか?」
女は顎に手をやって少し考える仕草をしたあと、
「そうじゃな、説明してやろう。だが魚もいい塩梅だ、冷めんうちに飯にしよう」
と指を鳴らした。
その瞬間、弱まっていた火が再び弾けるような音とともに燃え上がる。
ディーネの用意した料理はいかにも山菜といった料理や、川魚を焼いたものでどれも味は悪くなかったように思う。
空腹は普段よりも食事をより素晴らしいものにしたが、それを喜んでいられるほどオレの心は平穏を保っておらず、現在おかれている状況や捕まった二人のことを考えると、いかに良質な食事をとったところで心の靄が晴れることはなかった。
「で、結局あんたはなんだ? オーヴってのとなんの――」
「ディーネ」
「は?」
オレが言葉を終えるよりも早く、遮るように女の口が開かれた。
「儂の名じゃ。いつまでも、あんたなどと呼ばれては堪らんからの」
「……オレはカイト。結局、あんた……いや、ディーネは何が目的で、オーヴってのはなんだ?」
ディーネは満足げに頷くと足元においた果実をこちらへ放り投げてきた。食後の水物といったところだろうか。
「御主の付けている首飾り、それはオーヴと言ってな。まだ龍と人間が共存していた頃の王が見につけていたもの、謂わば聖遺物とでも言うべき奇跡の産物じゃよ。儂はオーヴを含め、かつてラウル帝国であったこの土地を守護するものだった筈なんだがのぅ。どうにも、記憶が曖昧じゃ」
ラウル帝国。
遥か数千年も昔に繁栄した大帝国なのだが、ディーネは一体何千年のときを生きてきたのだろうか。
眠りから醒めたなどと言っていたし、案外殆どの時間を眠っていたのかもしれない。
しかし、ならばどうして目覚めたのだろうかという疑問が生じる。
爺ちゃんがオーヴとやらを盗掘した際には目覚めず、今になって目覚める理由が謎だ。
土地を守護するのであれば、遺跡に触れる人間が現れた時点でそれに対処するべきだろう。
オレが怪訝そうにしているのを察知したのか、
「実のところ、儂にもよくはわからん。知識を持っているだけで、記憶と呼べるものは何一つ持っていなくてのぅ。果たして忘れているのか、最初からそんなものはないのか……あるのは自らがどう行動すべきかという、事前に植えつけられた使命感のようなものだけじゃ」
心の底から忌々しげな表情を浮かべ、ディーネはそう言った。
「どう行動すべきなんだ?」
「御主がオーヴの持ち主に相応しいか見極める。それは使い方次第で世界も滅ぼせる品じゃ。然るべき持ち主の手によって管理されるべきらしいぞ」
らしいというのは自分の意思ではないから出る言葉か。
ただの青白い首飾りにそんな力があるとも思えなかったが今まで起きた現象を鑑みると、ディーネの台詞を笑い飛ばすことはできなかった。
なんとなく首飾りを見つめていると、ディーネが大きく溜息を吐く。
「ハンターのお出ましか……全くもって面倒じゃのぅ」
オーヴだのハンターだの、もう少しわかりやすく説明してくれないものだろうか。
食品レビューを削ったせいで原作の良さを殺してしまった気がします。