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ゾッ帝 パティシエ修行編  作者: mしぃ
零へ至る道
15/19

歪み

サブタイも話の展開も思いつきませんでした。

「オーヴの所有者を見極めるというのは、ただの口実に過ぎん! 御主に近づくための大義名分よ。神に等しき力は、神の矛として振るわれる。即ち神に仇なす御主に対して」



 ――発動するまでは誰に付与されているかわからない。



 ルエラは確かにそう言った。にも関わらずディーネは今もディーネのまま、自らの意思で自らが管理者であると語っている。



「御主の目には儂がさぞ滑稽に映ってことじゃろう! どうして儂に何も言わぬ……何も知らぬと侮ったか? 儂では話にならんか? …………なぜ、何も言ってくれんのじゃ」



 ディーネはオレが再び禁断の森に来たときから全てを知っていたのだ。

 知った上で、黙っていた。

 そこにどんな意図があったのか。どんな糸に繋がれていたのかはわからない。

 しかし彼女もオレと同じように、自らが人形でしかないと気付いていたのだ。

 唯一違う点といえば、ディーネにはこの世界(ぶたい)しかない。

 この舞台(せかい)の上でしか存在意義を持てない。

 なればこそ、オレはさぞ憎々しい怨敵に映ったことだろう。

 

 それでもディーネは待っていたのかもしれない。オレが真実を告げると信じていたのかもしれない。

 恐怖や憎悪を必死に抑え、無理な明るさを繕って。

 

 そんな彼女を裏切った。

 ――違う。

 どうせ消えると。

 ――違う!

 無関心。

 ――違う!!



「儂は全てを知らされておる。御主のしてきたことも、これから何を為そうとしているかも。その崇高な目的のために、御主は儂をどうするんじゃ?」



 立ち上がり、こちらを振り返るディーネの目に涙は浮かんでいなかった。

 代わりに宿っているのは強い諦観の念。

 挑発的な言動とは裏腹に、その表情はとても弱々しい。見ているこちらが苛立ってくるほどだ。

 思い返してみれば、オレがこちらの世界で目覚めてからの表情も同じようなものだったのかもしれない。

 変わらぬ苛立ちをディーネに与えていた。



 "どうせ消えるからどうでもいい”

 しかし、自分の手でディーネを排除するほどの覚悟はない。



 ならばいっそルエラのように消えてしまえばいいのに――



「なんで……なんでお前がそんなことを知ってるんだ?」



「神は儂らに全てを語った。御主が何者であるか、儂が何者であるか」



「待てよ……儂らってのは――」



「言わずともわかろう? 全員じゃ」



「御主を引き止めねば儂らは皆消える運命。なんでも、管理者権限をしても御主を消すことは難しいらしくてのぅ。情に訴えろとの話だったんじゃが……残念なことに皆消えてしまったよ」



「消えたって……どうして!?」



 思考が歪む。

 確かにネロやミサは友人だったし、フィーネにも助けられたことがある。

 それでも彼らが消えていると聞いて、どこか安心してしまった。

 ああ、自分が責められずに済んだ――と。

 いつの間に、オレはここまで独善的な人間になったのだろうか。

どちらかといえば本来のオレはこういうモノだったのかもしれない。付与された属性が剥がれ落ちて本性が露になる。

 そう考えればわかりやすい。オレがそう考えたいだけなのだろうが。



「消えたものは消えた。そこに理由が必要か? 事故だろうが殺人だろうが死んだことには変わりないのに、どうして理由がいる? 御主の道を邪魔せぬために自ら命を絶ったと言えば満足するか? 儂の邪魔をしたから鏖殺したと言えばよいのか? それで御主は信じるのか?」



「オレは本当のことが知りたいだけだ! お前は一体どうしたい!?」



「そう。御主は真実を求めておる。それは何も御主に限ったことではないが……自らは真実を語らぬくせに他者には真実を求めようとする。なんと醜いことか。そもそもの話、どうして敵が真実を話してくれると思う? むざむざ真実を語る敵など、よほどの馬鹿か或いは端から勝つ気のない阿呆だけよ」



 敵。

 なぜだか、ディーネが敵になるわけはないと思っていた。

 最後はオレの味方をしてくれるものだと、共に過ごしたごく短い時間へ幻想を抱いていた。



「ディーネ……お前は、オレを――」



「殺す」



 明確に言葉にされてしまえば逃げ場所はどこにもない。

 オレとディーネでは初期設定からして大幅に差がある。蟻が人に勝てないように、人が神に勝てないように、オレは(ディーネ)に勝てない。

 

「随分と青褪めた顔をしておるのぅ。 悪い夢でも見たのか? ん?」



 まさしく悪夢のような宣告。

 既にオレはディーネの暴威の片鱗を味わっている。

 逃げる気にすらならない。



「儂は今から御主を嬲り殺す。全霊の苦痛をもってして、御主が人でいられないようにする……なあに、ただの八つ当たりじゃよ」



 一歩ずつ、ディーネが歩み寄ってくる。

 穏やかな笑みを湛えながら、ゆっくりと人の形を保ったまま。

 思えば自身に敵意を持った相手と一対一の状況は始めて経験する。大抵の場合オレの周囲には手を貸してくれる誰かが都合よく配置されていた。

 それはネロであったり、ディーネであったり。

 自分がそういう役割を与えられた人間なのだと、慢心していた。

 勝つべくして勝つ人間など現実にはありえないし、都合のいい賞賛だけの世界などどこにも存在しない事実に気付くことなく、立場に甘えて追い縋って生きてきた。

 今のオレは舞台からの降板を拒む演者に過ぎないという現実から、目を逸らし続けてきた。

 役割(ロール)を自覚する人形(ドール)など不気味なだけ。



「足掻くも逃げるも御主の自由じゃ。ただ、あまり温い真似だけはせんでくれ。大人しく殺されれば楽に死ねるなど、間違っても思うでないぞ」



 凄惨な笑みを浮かべるディーネは人の姿でありながら龍の暴威を遺憾なく発揮しており、見る者全てを震え上がらせる歪んだ瞳は、蜜の流れるように蕩けて見えた。

 ディーネは動かない。ただこちらを睥睨するだけで、意志を量ることは到底できそうもない。

 溢れる殺気だけが死を告げる。

 生殺与奪の権利を握られたオレは、一分一秒を生き永らえることだけを考える家畜のようで。

 きっとディーネが動き出すと同時に死んでしまうのだろう。



「オーヴは神にも等しき力などとよく言うたものじゃな。幾ら力を持とうとも、性根が人ではこの程度というわけか。どんな形であれ力を得た者は狂うしかないんじゃが、未だに人であろうなどと無様にも程があろうて。権力を得たなら虐殺を。武力を得たなら侵略を。そんな当然のことも知らん童に何ができるというのか……狂っていなければ、神など殺せるわけがなかろうに」



 理解のできない言葉。

 その言葉を脳内で処理するよりも先に、別の情報が脳へと送られる。



 ぐしゃり。



 それが四肢のひしゃげる音だと理解するのに思考は必要なかった。

 全身を駆け巡る激痛が、本能に語りかける。



「ア、ああ――――――!!」



 森には草木のざわめきすらない。

 そこには反射による絶叫が存在するだけだった。



 支えを失った体躯が、落ちるように崩れていく。

 

 オレを殺すのに動く必要すらない。

 ディーネが動くまでもなく、オレの肉体には決定的な死が訪れた。


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