禁断の森
八つ当たりばったりで書いてるので展開に矛盾があると思います。
「ようやく起きたか。何日も気を失っているとは……前にもこんなことを言ったな。御主はよほど眠りが好きと見える。うむ、まさしく寝る子は育つと言ったところじゃな」
今となっては懐かしさすら感じる声。
そう遠くない記憶である筈なのに、まるで悠久の果てから届いているかのような声が優しく耳を撫でた。
「随分と間の抜けた顔をしておるのぅ。悪い夢でも見たのか? ん?」
こちらを覗き込むようにしている存在こそ、オレにとっては夢のようだった。
ただし、悪夢ではない。
「……ディーネ!」
遥か昔 さきほど 別れたばかりの存在の、記憶と寸分違わぬ青い瞳がオレを見つめている。
「うむ。儂じゃ」
オレにとっての最初の記憶。オーヴを与えられた世界における登場人物。
世界を始めるに当たって与えられた知識としての記憶ではなく、実感の伴う経験としての記憶に存在する彼女の姿に、思わず高揚感を覚えてしまう。
闘技場の男の口振りからしてSの仲間と相対することになると思っていたが、蓋を開けてみればそこにいたのは恩人とも言える龍の姿。たとえ与えられた役割を実行していただけだったとしても、その事実が消えることはない。
「なんで、お前がここにいるんだ?」
しかしディーネに出会ったからと言って手放しに喜べるわけでもない。
この世界がオレのいた世界と同一である保証はどこにもなく、全く知らない歴史の流れが展開されている可能性も十分に有り得るのだ。
「また意味のわからん質問を……御主、自分のしたことを覚えとらんのか?」
残念ながら何も覚えていない。
そもそもディーネとともに行動した際に自分は何もしていなかったような気がする。
我ながら情けないと思わなくもないが、ディーネの龍としての力に甘え続けていた。
「……何も。できれば詳しく教えてもらいたいくらいだ」
状況としては始めて人の姿をしたディーネに会ったときと似ている。
案外、その辺りの時間からのやり直しなのかもしれない。
「ハンターを制御して御主の 輩 ともがら 二人を助けたんじゃろ。あの獅子奮迅の活躍を忘れるとは……あれは万世に語り継いでもなお足りぬものだったんだがのぅ」
過去のやり直しどころか未来だった。
ディーネはわざとらしいくらい大袈裟に嘆いている。自分がしてもいない活躍を巧言令色の如く語られても背筋が痒くなるだけなのでやめてもらいたかったが、如何せん自分のおかれた状況を説明するわけにもいかず、オレは誰のものともしれない活躍を聞かされ続ける羽目になった。
何もしていないのに賞賛されると無性に居た堪れない気分になるのは何故だろうか。
「ネロやミサはどこに?」
珠玉のような讃詞の数々を終え満足げな表情をしているディーネに辟易しながらも、なんとか心の中でもっとも気にかかっている疑問だけは投げかけることができた。
「……二人ともフィーネとともに町へ戻っておる。まさかフィーネのことも覚えとらんなどとは言うまいな?」
「覚えてるよ、妹の黒い龍だろ」
「それは重畳。では軽く腹ごしらえでもして儂らも町に向かうとしよう」
腹ごしらえと言っても大した用意はされておらず、幾つかの果実があるだけだった。最初はディーネもまともな料理を用意していたらしいが、一向にオレが目覚めないため馬鹿馬鹿しくなったという。そう言われてはぐうの音も出ない。
食事の間もディーネは不自然なほど饒舌に話を続け、その内容は懐古話にまで至った。初めての出会いから大して時間も経っていないのだが、ディーネは話していなければ気が済まないとでもいった風な様子で滔々と語り続けた。
「さて、それでは今度こそ出発と行こうか」
一頻り話し続けたディーネはなんの緊張感もなく、楽しげな様子でそんなことを言った。
木々によって陽射しが遮られ、笑顔に影が差す。既に心の底では予感、確信のようなものが芽生えている。
どうせ、すぐ終わる。
直感にも似た諦観。
オーヴを持っている限り安住の地などどこにもありはしない。
意図の切れた人形が一人でに踊り出したとあれば、舞台監督も見過ごすわけにはいかない。あまつさえ人形が舞台に干渉してきたとあれば尚更だ。
再び糸に繋がれるか。舞台を滅茶苦茶にするか。
糸繰り人形か生き人形かといった程度の差である。
元より死んでいる 作り物 キャラクター に命が宿った挙句、その舞台までも壊せるのであればこの上なく傑作だろう。
道連れに全てが消えてしまうとしても。
歩き出すディーネの後ろ姿を見て、そう思ってしまった自分に少しだけ嫌悪感を抱く。
再会は確かに喜ばしいものだった。しかし別れが確定している再会は、同時に虚しさも大きい。
「なぁ、このあとどうするんだ?」
オレは後ろめたさをごまかすように思考を切り替える。
そういえばこの世界には筋道だった物語が存在していた筈だ。
順当にいけばディーネとオレはその通りに進むことになるのだろうか。
「町へ戻ると言っておろうが」
「いや、その後の話。町に着いて、それからどうするのかだよ」
「好きにすればよかろう。一々儂に聞かずともよい」
一体、こいつは何を言っているんだ。
「いやいや。オーヴの主を見極めるとか、神の塔とかなんちゃら王とかあったろ。そりゃどうしたんだよ!?」
「あぁ……そんなことか。神の塔なんぞに関わったところで何になる? 儂は御主を死なせとうない。悪いことは言わん、別の目的に向かってゆけ」
「だけどお前はラウルの番人なんだろ!?」
そう。ディーネには明確に割り振られた役として、ラウル古代遺跡を守護とオーヴの持ち主の裁定がある。
それらを放棄しようとしている今のディーネは、一体どんな理由でこの場に立っているのだろうか。
「うむ。だから儂と御主はここでお別れじゃ……儂と御主の物語はここで仕舞いじゃ。それぞれの道を行くべきだと思っておる」
前を歩くディーネの顔は見えない。しかし声には悲壮感が漂っている。
「オーヴの正しい持ち主か見極めるっていうのは?」
「……御主は神の塔がどんなものか知っておるか? 遥か昔、ウィリアムがどんな目的で塔を建造したか、知っておるか!?」
足を止めより深い悲壮感を湛えながら慟哭するかのようにディーネは声を張り上げる。
今までの様子からは想像もつかないほど冷静さを欠いた言葉は、オレという異物を世界が排除しているようでもあった。
ルエラは飽くまで機械的に処理しようとしたのに対し、ディーネは心の底から嘆いている。
「……いいや」
「神の塔とは文字通り神に挑むための塔じゃ! かつてウィリアムは神に挑み敗れた! その結果がこの森じゃ! 斯くも無残に荒れ果てた過去の遺物。神の怒りに触れた愚か者への神罰! そして儂の役目は――儂の、役目、は……」
そこまで言うとディーネは跪き、堰が切れたように声を上げて泣いた。
もはや嘆きと怒りの間に強者としての余裕などが介在する余地はなく、そこには一人の少女しか存在していない。
「……儂の役目は、神へ手向かう者への制裁。御主には、こう言うべきか……管理者と」