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ゾッ帝 パティシエ修行編  作者: mしぃ
零へ至る道
12/19

ルエラ

面倒くさくなって序盤を丸々持ってきたわけじゃないです。

本当です。

 真夜中。

 ルエラ姫の寝室のバルコニーで、オラとルエラ姫は手を繋いで満月を見上げていた。



 隣のルエラ姫は、黒いリボンカチューシャをつけ、胸までの金髪ストレートヘアで、寝間着姿のサンダルだった。

 ルエラ姫が髪を掻き上げる。



「ルエラ姫、今日は綺麗なお月さまじゃのう。昨日は、お月さまが雲で隠れとったわい。今日は満月じゃ。狼男が襲ってくるかもしれんで」



 オラは頭の後ろで手を組んで、満月を見上げて感嘆した。

 

 ルエラ姫が手摺に背もたれ、不機嫌そうにオラを睨み据えていた。

 ルエラ姫の眉の端がぴくぴくと動いている。



「カイト、なんで手を離したのよ? あたしと手を繋ぐのがそんなに嫌なわけ?」

 ルエラ姫が頬を膨らませて拳を振り上げて、牙を生やしオラに食ってかかる。



 オラは面倒そうにため息を零して、肩を竦めた。



「オラはルエラのボディガードじゃけえの。恋人でもあるまいし、手繋ぐなんて気色悪いわい」

 オレは鬱陶しそうに手をひらひらさせて、ルエラ姫に舌を出した」



「はあ!? じゃ、なんで手を繋いでたのよ!?」

 ルエラ姫は苛立って、腰に手を当ててオラの肩を人差指で小突いた。



「仕事じゃろが。お前のボディガードじゃけんのう。給金が高くてええわい」

 オラは勝ち誇ったように、腕を組んで嫌味な顔をルエラ姫に向けた。

 ルエラ姫に歯を見せて笑う。



「せっかく、ロマンチックなムードだったのに。カイトのせいで雰囲気ぶち壊しよ! せっかくカイトに告白しようと思ったのに……大体、仕事中にそんな趣味の悪い首飾りなんてしちゃってさ!」





 首元には親衛隊の制服に不釣合いな、青白い首飾りがかかっていた。

 オラにこんな趣味はなかったと思うが、いつの間にこんな首飾りを手に入れたのだろうか。

 始めて見るようでもあり、どこか懐かしくもある。

 

 一人で姦しく騒いでいたルエラ姫が、不意に静かになった。



「外しなさいよ……それ。むしろあたしに渡しなさい。渡しなさい私なさいわたsな災っしなっさ」



 一瞬の沈黙の後に生気のない表情とともに、うわ言のように同じ言葉を繰り返し始める。

 舌足らずな調子で繰り返される言葉は呪い。噂に聞く狐憑きとはこういったものなのかもしれない。



「お願い。それがないと。あたsは」



「のぅ。姫にとって、この首飾りにどんな意味があるんじゃ?」



 できるだけ刺激しないよう、慎重に言葉を選んで口を開く。

 ルエラ姫の背後に煌々と輝く満月が、人を狂わす魔性を振り撒くように嗤っている。

 轟、と風が啼いた。



「うふ、うふ、ふ。これ、は。注意事項。必要事項。規定事kう。修正おっ及び、再構に、至、る」



 一陣の風は運んでくるものは、声でなく音として耳に響く。

 

「瑕疵に対馬る、防、衛機制。セ界の再適応為す原因。しんこkな影響お感知」



 直感が告げている――これはルエラ姫ではないと。

 未知のものに対する恐怖が、全身を駆け巡っていくのを感じる。

 色を失った瞳が、こちらを視る。

「お前、何もんじゃ……?」



「イ物のこうsんh、不許k。あたssは、こnしょおにおけ、る管り者けんgんnだいりに」



 人間の声帯では不可能な音を発しているせいか、言葉の端々に欠落箇所があった。



 ルエラ姫の姿をした何かは、風に押され倒れるような足取りでこちらへとゆっくりと歩き始める。

 緩慢ではあるものの確実に一歩ずつ近づいてくる"それ"を前に、オラは躊躇していた。

 剣を抜いて対処するべきか否か。

 首飾りを渡すという選択肢だけは最初から存在していない。渡してしまえば二度と戻れなくなってしまような気がする。

 自分が自分に戻れなくなる。

 それは予想とも予感とも違う、奇妙な確信だった。



「しゅうふkは到てえ不能。段階2に移行。対象ぶt視に滅却」



 その時、バルコニーの手摺に一羽の大鷲が舞い降りてきた。



「なんだよなんだよ。どういう状況だ、こりゃあ」



「それは僕も聞きたいね。お姫様は気でも触れてしまったのかい?」



 大鷲が人語を操り始めたかと思うと、少し遅れて華やかな着物を纏った少女が後を追うように手摺へと降り立った。



「こっちが聞きたいくらいじゃ!」



「ふぅん……ま、多少狂っていようとも姫は姫だ。悪いけれど頂いていくよ」



 少女は不適に笑うと、物怖じすることもなく"それ"に向かっていく。



「敵意お感t。対象、アスカ=セーナ」



「私の名前を知っているのかい? それは光栄だな。それじゃあ、攫わせてもらおう」



 そうして少女は"それ"に対して手を伸ばす。



「やめろ!」



 咄嗟に口をついて出た叫びがどういう意図からきたのか、自分でもよく理解していなかった。

 少女を止めたかったのか、"それ"を止めたかったのか。

 きっと、恐らくは後者だったのだろう。少女の伸ばした手が砂のように崩壊していく様子を見ながら、そんなことを思った。



「これは――君は一体、何をし――」

「なんで俺まで……っ!」



 少女を蝕む崩壊は止まらない。それどころか、少女の連れる大鷲までもが淡く崩れさっていく。

 瞬く間に侵食は全身へと至り、断末魔を上げることすら叶わずに悲痛な表情だけをオラの脳裏に焼き付けて消えていった。



「アスカ=セーナの消却により、世界の存続は不可能と断定。段階、全て破棄。最終段階を実行。オーヴの破壊を次代の最優先事項に設定――」



 "それ"が言い終えると同時に、首飾りが眩く輝きだす。

 そして全てを理解する。

 

 オレが――何を為すべきか。



「――カイト……あたし……」



「お前、ルエラか……?」



 既に風は止み、バルコニーにはオレとルエラの二人を残すのみとなった。いつの間にか鳥の囀りも虫のさざめきも消え去り、世界から音が死んでしまったように静寂が場を支配している。

 

「ええ、そうよ。管理者権限は剥奪された今、あたしはただのルエラ」



「管理者権限ってのは?」



「付与される属性。発動するまでは誰に付与されているかわからないけれどね」



 属性――役割。

 エイミンの言っていた言葉が思い返される。

 

「そもそもオーヴってのはなんだ?」



「それは設定の話? それとも性能?」



「性能の話に決まってる」



「それを持っていると目が開けて、神のように物語を知る者となる。謂わば知恵の実ね。オーヴのある限り、カイトはどこへ行こうとカイトでいられる」



 オレの記憶に刻まれているルエラとは大きく違う事務的ともとれる口調で、僅かばかりの悲壮感を湛えながら淡々と事実を紡いでいく。

 

「あたしは偽りの記憶とともに創造される哀れな人形。そして管理者がいなくなった今、舞台は朽ち果てていくだけ」



「やけに静かになったのはそういうわけか……」



「終わった世界に用はないもの。あたしは消える、貴方は残る。オーヴの存在が崩壊を少し遅らせているけど、ここも直に終わっていくわ」



 天蓋は役目を放棄し、星も月も一切合財が消えうせてしまった。

 ルエラの言う通り、この場所が消えるのも時間の問題なのだろう。



「あーあ。あたしも楽しくて劇的な恋愛がしたかったな! でもま、他人の言いなりになって行動するのも癪だしこれで良かったのかもね」



 そこには偽りの記憶と寸分違わぬ、屈託のない笑顔があった。

 たとえそれが諦観からくる表情だとしても、天が役目を捨てた世界でその笑顔は太陽のように映った。

 オーヴを渡していれば、オレとルエラが結ばれるような世界もあったのかもしれない。



「ルエラ、オレは――」



「本当の意味であたしが貴方に会ったのは、管理者が世界を捨ててからの数分だけ。たった数分間でも、あたしは自分の意志でカイトを好きだと思えた。それだけで十分幸せ」



 満面の笑みとともに、彼女はそう告げた。

 崩れ去る足場を物ともせず、幸福だと言うルエラの姿は、人間としての尊厳に満ち溢れている。

 急速に崩壊を進める虚像(せかい)の中で唯一美しい現実(ルエラ)を前にして、オレは返すべき言葉が見つからなかった。

 今まさに終わりを迎えようとしていて、怖くないわけがない。

 消えることのないオレと、消えるルエラ。

 かけるべき言葉などオレの中のどこにも存在していないような気がして、思わず目を逸らしそうになるのを必死で抑える。

 オレにできるのは見届けることだけだと思った。



 どれだけの時間をただ見詰め合っていたのかわからない。

 数分かもしれないし、ほんの数秒かもしれない。

 何もかもが崩壊した足場すらも存在しない空白の底で、最期にルエラの口が動いたような気がした。



 その言葉がオレに届くことはなかったが、それでも彼女は笑っていたのだと思う。

 なんとなくだが、彼女が何を言ったのかもわかっていた。

 

 最期の言葉。

 それは――


面倒くさくなってアルガスタ編を終わらせたわけではないです。

本当です。

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