幕間
「この物語は打ち捨てられた廃墟のようなもの。あとから人が眺めたところで、過去を知ることはできない。ただただ創造主の気まぐれで作り出され、飽きたら零へと返される。それがこの世界の真理さ。君が気付いているかどうかは知らないが、世界は在るがままに在り、時間は流れるままに流れているんだ。ただ唯一の神の手によってね」
目を開くと、そこは限りなく漆黒で染まった何もない空間だった。
「人は生まれついて役割を持つものだ。君は自身の役割を理解しているかい? ある一人を神格化するために凡愚たる役割を課せられる人々もいれば、ある一人のために恋焦がれる女という役割を課せられる人々もいる。では君の役割は?」
ただ一人、そんな空間において男とも女とも言えない、無貌の人間が立っていた。
「選ばれた一人は、ただ決められた道筋を通過していく。何をしても、何をしなくても。全ては彼らのために用意されているのだからね。根拠のない賛辞を求め、凡庸な模倣した十把一絡げの女に囲まれ、幾つも幾つも世界を救う物語が量産されていく」
無貌の人はこちらを気にかけることもなく、淡々と語り続ける。
「誰もが救いを求めている。だからこそ舞台では勧善懲悪が蔓延し、観客は自らが正義の使途になる空想に酔う。哀れな自己投影と自己陶酔を求める観客は、完全無欠こそを羨望し賞賛する」
何を言っているのだろうか。
思考がはっきりとしない。
「しかしそんな世界においてすら、救われない世界が幾つもあるんだ。決められた道が途絶えてしまった彼らは、誰の記憶に留まることもなく消えていくしかない。君の世界もまた消えていくだけの筈だったのだが、どういうわけか君の世界は未だに存続している」
――君の世界。
そんなもの、どこにあるのだろうか。
「ここは幕間、世界と世界の狭間とでも言うべき空間かな。同時に記憶の焼却場でもある。君の記憶はまだ完全に消えてはいないんだから、思い出せる筈だよ。首飾りを見てごらん。それは 一人 しゅやく の証みたいなもので、神からの寵愛を示すものだ。同時に、私が打ち込む楔でもある」
首飾りを見ると薄らと青白く光っていた。
――これは。
脳内に掛かっていた鍵が一斉に外れたように、今までの記憶が想起される。
「思い出したようだね。その首飾り――オーヴと言ったかな? 分御霊と同じ役割を果たすそれは、限定的にだが君に創造主と同じ権限を付与する。つまるところ、君は世界において絶対の安寧と繁栄が約束されているも同然なんだ。世界が塗り変わろうとも君は間違いなく中心であり続ける」
創造主……?
「君たちにとって創造主とは逃亡者の総称でもある。受け入れられなかった者たちが、せめて自分だけの世界を築こうとして誕生したのが君や龍といった、不可思議な力を持つ生命なんだよ。不思議に思わなかったかい? 衣食住や宗教、まるで舞台に見合わぬアイテムの数々。現実と幻想が不安定に絡み合う世界の存在を」
言葉が、麻薬のように脳に浸透していく。
何を言っているのかはわからない。
「甘やかな死は苦々しい生に勝る。同じように彼も苦悶の現実よりも甘美な夢へと逃げ込んだ。何もかもから目を逸らし続け、無意識の邪悪を振り撒く存在となった彼に味方などいる筈もない。それでもこの世界で彼は絶対足り得る力を持つ」
「ゾット帝国。ゾットとは零を意味する言葉でもあり、零は皇帝を指す言葉でもある。君には世界を終わらせる義務がある。零より出でた君によって、世界は零へと還される。それこそが唯一の救済の技法だ」
「決して忘れてはならない。今在る君をなくしてしまえば、再び君は終わりのない栄枯盛衰の輪廻に囚われてしまう」
「君が君である限り、いつか必ず戻ってこれる」
うちの――違う。
ぼくは――これも違う。
オラを――これでもない。
オレは――嗚呼、これだ。
今までオレの歩んできた時間。
確かにそこにあった時間を、消し去ることなどできはしない。
たとえ全てが消えようとも、オレはオレだ。
いくつも同時に流れ込んできた情報の中で、正しく理解できたものは自分を見失うなという、それだけのものだった。
それで十分なのだと思った。
「もしも……もしも次があれば私のことはエイミンとでも呼んでくれ。さようなら、君の物語に幸あらんことを」
次からアルガスタいきます。




