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第五夜

 見つけた、と。

 それは確かに言いました。

 その者の眼窩に光はありません。闇のような黒が広がっています。

 その者の声はレオンの脳に直接響いてくるようでした。


(お前、何者だ―――!?)


 声が出せません。

 悪魔崇拝の村近く。調査二日目の夜のことでした。

 テントで休んでいたレオンは身体が動きません。金縛りに掛けられています。

 

(ぐ、身体が……ッ)

『無駄よ』


 その者はレオンの身体に覆いかぶさってきました。全身がおぼろげですが、胸の辺りに感じる膨らみは女のようでした。声は出ませんが、思ったことが相手に伝わるようです。


(お前がこの村の悪魔か?)

『悪魔だなんて失礼ね。護り神といってちょうだい』


 レオンの問いかけに、魔物は悪びれず応えます。


(行方不明になった人たちをどうしたんだ?)


 この村の人々は何かに怯え、何も答えてはくれませんでした。


『喰ったわ。この村は昔から災いが多くてね。それから護る代わりに、ね』


 だけど、と魔物は続けます。


『もうこんなしけた村に用は無いわ。あなたみたいな上玉は久しぶり。隣のテントにいるのは弟さん?』

(違う!)

『うふふ……嘘をついてもだめよ』

 

 魔物は口元を歪め、レオンから離れました。


『まずは弟さんから頂くことにするわ。あなたはメインディッシュ。楽しみにしていてね……』


 そして音もなく消えると、レオンは声と身体の自由を取り戻しました。

 急いで隣のガルシアのテントへ駆け込みますが、何も異常はありませんでした。



*****



 悪魔崇拝の村を巡る失踪事件はその夜を境にぱったりと止みました。

 無事帰還したレオンを出迎えてくれたアリスにも、彼はその夜の出来事を話せませんでした。


「一体、あれはなんだったんだ……」


 魔物は不吉な予感を残しました。

 しかし、弟のガルシアにもあれから何の異変もありません。

 レオンは魔物の言葉を努めて忘れることにし、約束通りアリスとの交際を始めました。

 レオンもアリスも元々好き合っていた仲です。学院時代、アリスは聖都騎士団に入団するため躍起になっていたので、レオンからの告白を泣く泣く断ったのでした―――レオンには秘密にしていますが。

 そして交際から一年後、二人は婚約を交わしました。



*****



 結婚式を来週に控えた夜、アリスは自室のベッドに腰掛けながら、未来の旦那様のことを想っていました。


「………レオン」


 夢見心地でつぶやきます。その瞳には薄い膜がかかっているようで、近頃のアリスはますます綺麗になっていました。


「私なんかでいいのかな…?」


 誰もが振り返るほどの美貌をもちながら、アリスには全くその自覚がありません。

 かつて学院時代、あの決闘の夜に言った台詞が思い出されます。


(……ベッドに誘うとでも思ったの? だなんて……すごい恥ずかしいこと言っちゃったなあ)


 まさかあの時は、その台詞が近々現実のものになろうとは夢にも思わなかったのですから。

 アリスは耳まで真っ赤になって、身悶えしてしまいました。


(レオン、お願いだから忘れててよね!)


 そんな折、誰かが部屋のドアをノックしました。


「は、はあい。どうぞ」

「アリスさん、入るよ」


 ドアを開けたのはレオンの弟、ガルシアでした。

 痩せ形で、レオンよりも長身です。顔は兄弟だけあってよく似ています。


「ガルシア君。なんだか久しぶり。元気だった?」

「ああ、ぼちぼちね」


 アリスとガルシアは昔から仲が良く、レオンとケンカなどした時にはよく愚痴を聞いてもらったり、仲裁してもらったりしていました。アリスの大事な友人のひとりです。


「いよいよ来週なんだね。兄貴との結婚式」

「うん。なんだかまだ実感が沸かないの。私、ちゃんとお嫁さんとしてやっていけると思う?」

「アリスさんなら大丈夫。兄貴にはもったいないくらいの人だよ」

「あはは。ガルシア君はお世辞が上手なんだから」

「いや、ボクは本気でそう思ってるよ」

「……ありがとう。ガルシア君の気持ち、嬉しいよ」


 ガルシアは今までアリスに二度告白をしています。一度目は学院時代。二度目は卒業後。

 アリスには心に決めた相手がいたので断りましたが、それが実の兄だと知った時、ガルシアはショックを受けたようで、それがアリスには心苦しいのでした。たぶん、おそらく、彼はまだアリスのことが好きなのです。普段ならそれに気付けないアリスではないのですが、この時はきっと浮かれていたのでしょう。彼を傷つける台詞を無意識に発言してしまいました。


「お幸せに。アリスさん。おやすみ」


 そう言い残し、ガルシアはアリスの部屋から出て行きました。

 きっとこの時、アリスは信じて疑いませんでした。自分が幸せになれることを。 

 レオンとの今生の別れが近付いているなど、夢にも思わなかったのです。

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