第四夜
「魔神さま、魔神さま」
くいくいと袖を引っ張るピノの言いたいことはわかる。
「ああ、壮観だな」
村の中央は広場になっており、そこにうず高く積まれた骨の山があった。
村には誰もいない―――というか、この骨こそが村人たちのなれの果てであろうことは想像できた。
「フィオリナ、誰か生きてる者はいないのか?」
「民家も調べてみたけど、誰もいませんね。全員死んだとみるのが妥当でしょうね」
「この村は魔物に護られているのではなかったのか?」
「ニエンデ様も人が悪い。そんなのデマに決まってるじゃないですか」
魔神はふんと鼻を鳴らした。
「大方、すべての厄災の原因はその魔物だろう。自らを神と崇めさせ、村から生贄を捧げさせていたのだろうな。やがてこうなることはわかりそうなものだが」
「目先の欲に捕らわれてしまう、人間の悲しい性なのですよ」
「それで、どうするんだ? 人間がいないなら、この村に用はないだろう」
「いいえ、ニエンデ様には、この村の人間たちの仇を討っていただきます」
「本気かフィオリナ。俺に魔物を殺せと?」
「はい。人間同士だって殺し合うじゃないですか。魔物同士が殺し合ったってちっとも不思議じゃありませんよ」
恐ろしい女だと思う、が、殺戮を謳うその姿は美しい。魔神はフィオリナの意思に従うことにした。
己の殺気に反応して骨の山がもぞり、と蠢く。
「魔神さま、いま何かが」
「離れてろピノ。たまには骨のあるやつと戦ってみたかった!」
「魔神さまの洒落おもしろいです」
洒落じゃないと魔神が否定した瞬間、骨の山を蹴散らして何かが飛び出した。
*****
(ほぉ……デカい図体の割に素早いな)
ピノをフィオリナのほうへ突き飛ばした瞬間、己めがけて襲いかかってきたのはトロールだった。
毒性をもつ紫色のでっぷりした体躯に似合わない迅さで金棒を振りおろしてきたが、魔神は背中に差した黒刀でそれを受け止めた。ズン、と重い衝撃が手の先から足の先まで駆け抜ける。
「グブブぶ……人間風情がやるじゃねえか。だが動けねえだろう。このまま潰してやる!」
耳障りな声に、ピノは思わず顔をしかめた。フィオリナは優しくピノにささやく。
「ピノ、ちゃんと見てなきゃダメよ?」
「うん。ちゃんと魔神さまのこと、見てる」
「そう、いい子ね」
フィオリナはピノの鮮やかな銀髪を撫でてやった。愛おしむように何度も。
「貴様がこの村の護り神か。笑わせてくれる」
「あアッ? 何いってんだお前」
魔神は〈バースト〉の魔法を唱え、己の力を増幅させた。黒い光が身体を覆う。
身長2メートル以上のトロールを、力で押し返していった。
餌になるハズだった相手の突然の変化にトロールは慌てて引こうとするが、魔神の凄まじい剣圧に足が地面にめり込み、動きが取れなくなっていた。
「んな、なんだこの力はっ?」
「知りたいか? ならば教えてやる。これが魔神の力だ」
断末魔を響かせ、トロールは圧死した。
魔神は嗤い、敗北者の身体を細切れに刻む。
「………うぅ」
ピノは思わず口元を押さえた。けれど、目を逸らすことはしなかった。涙目になりながらも、魔神を見つめていた。
*****
「はずれだアレは」
森を抜け、馬車で次の目的地へ行く途中、魔神はごちた。
「魔神さま、どういうことです?」
「つまりあのトロールは違ったのよ、村を滅ぼした護り神とはね」
「え……それじゃあ―――」
「そう、まだどこかで生きている。全くとんだ無駄足だった」
目的地に着いたら起こせといって魔神は眠った。ピノも魔神の傍にすり寄って眠った。
フィオリナはそんな二人の様子を微笑ましく見つめながら―――、
「本当に何も、覚えていないんですね」
と、ひとりつぶやいた。