第三夜
その村は呪われていました。
大災害、伝染病、飢饉などの、ありとあらゆる災いが次から次へとやってくるのです。
その度に村人たちは祈りました。「神よ、我らをお救い下さい」と。
そしてある満月の夜に、それは現れたのでした。
*****
「次の任務が決まったよ」
学院を卒業してから2年の月日が流れていました。
聖都騎士団での忙しい任務の合間を縫って、レオンはアリスの伯母が経営する宿によくご飯を食べに来ます。
「レオン、いらっしゃい」
食堂で暇そうにお盆を抱いていたウェイトレス―――アリスが笑顔で彼を出迎えました。
アリスは学院を卒業するとまるで肩の荷が下りたように明るくなり、学院時代よりも笑うようになりました。レオンが初任務に就く際、不安を漏らす彼に「あなたならやれるわ。頑張って」と背中を押したのもアリスでした。まだ恋仲とはいえませんが、時間の問題のような二人なのでした。
「毎回思うんだけど、どうしてあなた猫舌なのに熱い料理を頼むの?」
「あちちっ。いや、確かに猫舌だけど、熱い料理のほうが好きなんだ」
「ふうん、変なの」
既にお昼のピーク時を過ぎているため、食堂のお客はレオンひとりでした。アリスは彼の向かいの席に座り、彼が食べるのを見ています。
(頬の傷、治せばいいのに)
2年前の夜、アリスがレオンにつけた傷です。
それを見る度、悪いことしたなとアリスは反省するのです。しかし彼も性格が悪いです。とっくに治せるだけの技術は持っているのに、治そうとしないのですから。
彼女の視線に気付いたレオンは、恥ずかしそうにそっぽを向いてしまいました。
「アリス、そんなに見つめられると食べにくい」
「あ、ごめん。それで、新しい任務って?」
「アリスは悪魔崇拝の村って知ってるか?」
「学院時代に先生が言ってた村のこと?」
「ああ。次から次に村を襲う災いに嫌気がさしたんだろうな。遂に悪魔と契約を交わした村さ。村は悪魔の力によって災いから護られて、村人たちは平和に暮らしていたらしいんだが、最近、その村の近くで行方不明者が急増しているんだ。その調査だよ」
「行方不明者……」
アリスはなんだか嫌な予感がしました。
「それって、レオンが行かなければいけないの? 他の人に任せたらダメなの?」
「こういう時のための調査隊だからな」
「そう……」
「アリス」
「?」
レオンはアリスの手をとると、自分の頬の傷に触れさせました。
「あの夜のこと、覚えてるか?」
アリスは黙ってうなずきました。
「この傷はさ、アリスはどう思ってるかわからないけど、俺にとっては宝物なんだ」
「宝物?」
「そうさ。初めてお前と共有できた『秘密』だからな。だから、俺はこの傷があれば大丈夫だよ」
「……変なの」
アリスが笑うと、レオンも笑いました。彼なりに、彼女を励ましたかったのでしょう。
「それに、ガルシアもいるしな。あいつがいれば戦闘になっても心強い」
「ガルシア君も一緒なの? なあんだ、心配して損した」
「うわ、信用ねえなあ俺」
ガルシアはレオンの弟で、彼も聖都騎士団に所属しています。学院時代から聖職者級の魔法を扱うことが出来、天才と称されていました。
「さてと、そろそろ行くかな。美味しかったよ、ご馳走様。任務が終わったらまた報告に来るよ」
「ええ。熱い料理、用意して待ってる」
「はは、楽しみにしてるよ―――あのさ」
「なに?」
「俺、この任務が終わったら、聖都騎士団本隊に移動が決まってるんだ」
「ほんと? すごいじゃないっ」
アリスはまるで自分のことのように喜んでくれて、レオンは照れてしまいます。
「この任務は死んでも無事に終わらせるよ。だから、帰ってきたら俺と、その………」
台詞がおかしい気もしますが、レオンの言いたいことはわかりました。しかしアリスは彼の目を見つめ、ちゃんと言ってくれるのをじっと待ちました。例え今、食堂に別のお客が来ても無視する覚悟があります。
「俺と、結婚してくれ!」
そうくるとは思わず、アリスは卒倒しそうになりました。
「せ、せめて交際してからにしようよ、結婚は……ね?」
「お、おおっ……すまん。本当は、『結婚を前提に付き合ってくれ』って言いたかったんだ」
「相変わらず緊張しいなんだから。でもありがと………うれしい」
はにかんで笑うアリスに、レオンはたまらず彼女を抱きしめたのでした。