第39話
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ひんやりとした石畳の上で気がつけば、目覚えのない女の子が自分の顔を覗き込んでいる。
……いや、違う。
「――おきた?きみもやつらにつかまったのかな」
「つかまっ、た?」
「じょうきょうがわかっていないのか。どうせすぐにわかることになるけど、おしえてあげる」
”勝手に”視界が動いて自分の体を眺める。
…これは、いつもの”夢”だ。
どうやら今回はいつもと違う状況らしく、なにやら自分は枷を嵌められて石畳の牢屋に転がされているようだ。
目の前の少女は夢の自分と同い年くらいで、恐らく同じように誰かに捕まっているのだろう。
「そのまえにじこしょうかい、わたしは○○ってよばれてる」
「……――」
「――ね。よろしく」
相変わらず、相手も自分も名前の部分は聞き取れず、理解できない。
恐らく自分はそこで何が起こったかの説明を受けるのだろう。
しかし、今回の夢はそこで終わりらしい。
ゆっくりと視界が薄れていく。
ぼんやりと相手の少女を見て、そう言えばユエと被って見えたのが彼女だと気づいた。
……あの幻視の後がどうなったか知らないが、この後にろくな事が待っていないのは確かである。
せめて、彼女には何とか幸せになって欲しいものだ。
ひんやりとした頬の感触にゆっくりと目を開ける。
夢の中と同じような、いや、殆ど同じの石畳の牢屋が視界に映った。
多分、この転がされた状況の所為であの夢を見たのだろう。
この、すぐ隣で女の子、ソウが心配そうな顔をしているところなんてそっくりだ。
「……っ、トキ」
「…ああ、おはよう」
「……体、平気?」
そう言えば奴等にぼこぼこにされたんだっけ。
体の調子を確かめて見れば、幸いながら痛みはあれど骨が折れたなんて事はないようだ。
「大丈夫そうだな」
「……良かった…」
「ソウは…何もされてない?」
「……ん、平気。…なんか、大事な商品、とか」
当たり前と言うべきか、俺もソウも武器道具は取り上げられ、手かせ足かせを嵌められて身動きを封じられている。
しかも枷はどちらも魔法封印具のようで、精霊眼すら使う事が難しい。
……恐らく、このまま俺達を奴隷商にでも売り飛ばすつもりなんだろう。
おかげで、価値の低い俺はとにかく、ソウには何もしなかったようだ。
「まあ、何もされていないのなら良かったよ」
「……でも、どうしよう。…魔法も、使えないし」
「多分、厳密に言えばソウなら魔法自体は使えるよ。使いにくいだけで」
「……え」
魔法封印具は確かに魔法の発動を抑える。
しかし”発動を抑える”と言うだけで、前回の水のような”発動しない”と言う状態には程遠い。
”発動しない”状態で、何とか無理やりにでも魔法を発動できたソウならば、多分頑張れば何とかなるだろう。
「ただ、そんなことすれば奴らに気づかれるから、今回は別の方法で」
「……?」
幸いながら、魔法封印具を掛けている事で安心しているのか、この牢屋に見張りはいない。
多少ごそごそとしたところで、問題はないだろう。
俺は頭をソウの手の方に向けて転がる。
「ソウ、ちょっと俺の髪の毛、漁ってくれ」
「……?…ん、わかった」
「多分、奥の方にピンみたいなものが」
「……あった」
ぶちんっ、と力任せに引っこ抜くソウ。
当然ながら俺の頭には激痛が走る。
「あいたぁ!?もうちょっと丁寧に取って!?」
「……静かにしないと、気づかれる」
「……」
大分釈然としないが、ソウの言う事ももっともなので黙る事にする。
……というか、なんかソウ、不機嫌?
「どうかした?」
「……何でもない。…これって」
「うん、解錠針」
「……開発禁止されてる」
「今はそんな法律なんてないからね。製造方法も失われてるし」
頭に隠してあったモノは『解錠針』と呼ばれる魔法具。
どんな形にでもできると言う針で、大体の鍵ならこの針一本で解錠することが出来る危険な代物だ。
一応エンチャントアイテムって分類されているが、聖王暦時代から開発禁止を喰らって、今じゃ製造方法は失われている……と言う体だ。
造り方がそこまで難しいものではないらしく、今では数回使えば壊れる模造品が出回っている。
まあ、これは師匠から賭けで奪っ――もとい、貰った本物で、何度使っても壊れないけどな。
普段は黒く塗ってヘアピンとして髪に隠して在ると言うわけだ。
手早くソウから受け取った解錠針でソウと自分の枷を解錠する。
そのまま手早く鉄格子の鍵も開けてしまう。
「お次は、と」
「……なんか、手馴れてる」
「あはは、何度かこんな事があったからね」
少なくとも覚えている限りで二回、夢の話を含めると三回。
旅をしているとこんなことがある意味で日常茶飯事だ。
そう伝えると、ソウは珍しく表情を変える位にこちらをジト目で見てくる。
「…何さ?」
「……なんでも、ない」
じゃあそのジト目の意味は?
といっても意味がなさそうだったのでスルーして、牢の外を探る。
「ソウ、取られた道具類の場所は分かるか?」
「……ん、ちょっとまって」
そう言って目を閉じて集中するソウ。
しかし、すぐに目を開けて首を振る。
「……駄目、この場所自体が魔法みたいで、感覚が良く分からない」
「この場所が魔法……ああ、そう言うことか」
ソウに言われて気づいたが、そもそもこんな牢屋みたいな場所がグランドピークにあるはずがない。
石畳、と言う時点で気づくべきだったが、この町の建物は基本的に”移動式”なのだ。
わざわざ地面を掘っているはずもないから、恐らくこの場所自体が魔法で作られたものなのだろう。
…そうなると、そこまで広い空間ではないだろう。
そんな魔法で作れるのは精々一軒家程度の広さなのだ。
「……多分、空間魔法」
「だろうな。それならまずはこの空間から抜け出さないとだ」
「……その前に一つ」
「うん?」
「……さっき、戦う前に言いかけた事、覚えてる?」
「…ああ、そういえばなにか言い掛けてたっけ」
言いだす前にあいつらが攻めて来て、聞きそびれてしまっていた。
そう言われて見れば、あの時は何を言い掛けていたのか。
「……あの男、侵食を受けてる」
「なるほど、そう言うことか」
「……それも、結構根深く、多分トキの精霊眼でも分かると思う」
人が変わったかのような態度は、恐らくそう言うことなのだろう。
しかし、一体誰が、どんな理由でそんな事をしたのか。
未熟な香料師を侵食したところで何か良い事があるとは思えないけど。
「その解除は、できる?」
「……時間が掛かるから、しっかり動きを止められれば、何とかなると思う」
「…まあ、なるようになるだろうよ」
メルトリス自身はそこまで強そうに見えなかったし、傭兵どもをどうにかしてしまえば何とかなるだろう。
その侵食をどうにかして、それで全部上手く行くって言う風にも思えないけどな。
「何をするにしても、まずは脱出だな」
「……ん」
牢の通路を見る限り、奥行きはそこまで長くない。
俺達が入れられていたような牢が他に5つと、その管理室のような通常の扉が一つ。
敵がいるとすれば、その部屋だろう。
その部屋に近づき、音を立てないように扉を少し開けて中を覗き込めば、なにやら雑談をしている様子の傭兵4人。
丸いテーブルに置いた俺達の装備を物珍しそうに物色していた。
「かーっ、この刀、何か能力でもあるのかと思ったが、何にもありゃしねぇ、ただ復元合金製ってだけか」
「へえ、それだけでも結構いいんじゃねえの?」
「ただ整備が楽になるだけさ、いーらね」
「こっちの防具はすごいね。対衝撃魔法…コイツはいい物だ」
「おお、いいわねぇこのナイフ、すごい力を感じるわぁ」
……どうやら装備などはここに集められているようだな。
俺の刀の評価が異様に低いのが気にはなるが、その他の装備の効果には聞き覚えがある。
俺はソウに目配せをすると、先ほどの解錠針を相手に向けて構える。
魔力を込めて形状を変化させれば、針はゆっくりとその長さを変化させて、目に見えないような細さで傭兵の一人の胸へと伸びていく。
一番厄介そうな、ソウを組み伏せた屈強な戦士タイプの傭兵の、胸元を後ろから捕らえてその変化を止める。
後は自分の手で、ぐっと押し込んでやると。
「――っ!?」
「おい、どうした?」
ビクンっと体を震わせてゆっくりと倒れる傭兵戦士。
それに駆け寄る残り三人。
残っているのは、金髪の長剣携えた男性の剣士と、ダガーを構えたレンジャー系の男、それに魔法使いらしき紫の髪の女性。
背を向けていたのは戦士と魔法使い、その向かいにレンジャーと剣士だ。
真っ先に駆け寄ったのはレンジャーで、丁度残りの2人はこちらから目を逸らしてだらだらと近寄っていく。
「なんだ?何があった」
「なによー、せっかく良い気分だってのに」
狙うべきは扉に比較的近い、魔法使い。
音を立てずに背後に近寄り、戻した針で一突き。
崩れ落ちる魔法使いを無視して、転がっている自分の刀を掴む。
「気を付けろ!敵がっ!?」
「もう遅いね」
レンジャーが声を荒げた時には、既に俺は背を向けた残り一人に走り寄っている。
俺に気づいた剣士は、慌てて剣に手をかけるが、既に振りかぶったこちらの剣に間に合うはずも無い。
斬、と袈裟懸けに切り捨てられ、倒れこむ。
「な、なんで!?」
「さて、さっきはどうも」
レンジャーはとっさにダガーを逆手に構えて後ずさるが、すぐ後ろは壁。
すぐにこれ以上下がれないと悟り……何かを床に投げつけた。
ぼわん、と煙が上がる。…煙玉のようだ。
この煙にまぎれて脱出する気のようだが、この煙玉は悪手である。
俺は精霊眼で、脇を走り抜けてソウの方へ向かっていくレンジャーを捕らえた。
「はい、残念」
「ぐあっ!」
ダガーを持つレンジャーの腕を、思い切り蹴りとばして、そのまま床に組み伏せる。
じたばたともがくが、やがて観念したかのようにおとなしくなった。
「……ブラスト」
やがて、ソウの起こした風によって、部屋内を立ち込めていた煙は吹き飛んでいく。
とは言っても煙の逃げ場がないため、ゆっくりと部屋の外に押し流されている。
完全に煙が晴れ切る前に、レンジャーは声を荒げる。
「な、なんで……どうやって牢を!?」
「答える必要性を感じないね。それよりこの場所はどうやって出るんだ?」
「く、答える必要性をぐえっ!?」
生意気な口を聞くレンジャーに立場を分からせるため、襟首を締め上げて頭を地面にすり付ける。
そして横向きにした顔の、鼻先を掠める様にレンジャー自身のダガーを突き立てた。
「ひ、わ、わかった。俺の負けだ!出方を教えるから命だけは!」
「殊勝な心がけだ」
唯一の視界がダガーの刃で突然埋まったのだ。
命を大事にする奴ならこの程度の脅しで十分である。
……逆に、命を大事にしない奴なら、生きている事を後悔させてやれば良い。
自分でも分かるくらいに黒く笑っていると、ソウが魔法使いから針を抜いて持ってきてくれる。
俺も、レンジャーの首筋に手刀を落として、手早く意識を混濁させるとソウから針を受け取る。
そして元の髪の中に戻す。
「……いろいろ、手馴れすぎ」
「うん?ソウも覚えておくと良い、死の恐怖と生の恐怖は生きている限り付きまとうものだからね」
「……それは、あまり覚えたくない。…けど、その人」
まあ、ソウはそれでいいかもね、と俺は笑ってソウの言葉を遮る。
こうして面倒な事をするのは、俺やユエのような、そういうことしかできない奴がやれば良い。
獲られた武器道具を回収して、ソウにここで待っているように伝えると、レンジャーを初めの牢屋まで引きずって行き、俺とソウを繋いでいた枷でがちがちに固める。
そして、回収した大きな小袋から、目覚めの草を取り出し、レンジャーの口に放り込んだ。
「ぐあっ!?にがっ!?」
「…ああ、そうなんだ。こういう事は、俺みたいなのがやればいい」
「え、いや、何を……止め!?」
「いやー、ちょっと脅した位で簡単に話すような輩って、ちょっと信用できなくてね?」
「そ、そんな―――っ!?」
さて、あまり時間もかけたくないし、手早く意趣返しと行きますか。
作者 「ハイどうも皆さんこんばんわ。あとがき対談のお時間です」
トキ 「よろしくー」
作者 「ということで、今回からトキが復活したわけですけど」
トキ 「すっきり」
作者 「もう完全にやり返してるんですもんねぇ」
トキ 「目には目を」
作者 「前回ぼこぼこにされた所為でたまっていたんでしょう」
トキ 「一応言って置くが、全員生きてるぞ?」
作者 「いずれもこれからつらい目には合うでしょうが、ね」
トキ 「傭兵なんかやって、生きてるだけ儲けと思って貰わないとな」
作者 「わー、怖いですねぇ」
トキ 「……なんか、テンションおかしくないか?上がりきってないと言うか、なんと言うか」
作者 「今回地味に難産過ぎて、疲れてます」
トキ 「ああ、いつもの倍以上時間かけたんだっけ」
作者 「ちょっと他のを書いていたら、全然こっちでの文章が浮かばなくてですね」
トキ 「ああ、前言ってた数うちゃ当たるとかなんとか?」
作者 「その一環で、いま短編の童話を書いてまして」
トキ 「……童話とこの話を平行してやるのか」(困惑
作者 「おかげでこちらの話が進まないこと」
トキ 「まあ、ほどほどにな」
作者 「ええ、あちらはまだ締め切りが遠いので」
トキ 「で、前日に慌てだすと」
作者 「……書かねば」
トキ 「はいはい、そろ本題に入ろうか」
作者 「…今回のお話、イヤー進まないことって感じですね」
トキ 「これ年内に終わるのか?」
作者 「冬休みに入ったら1日一話ですね」
トキ 「むりだろ、この状況だと」
作者 「ええ、このペースだと、後3話って所ですね。一話の長さにもよりますが」
トキ 「日にちが足りないな」
作者 「まあ、最悪気合入れて次でこの章の完結を目指したり」
トキ 「……一週間で何万字書く気だ」
作者 「あ、ちなみに来週はちょっと遅くなりますよ」
トキ 「うん?」
作者 「忘年会やら帰省やらで土日吹っ飛ぶので」
トキ 「……いよいよ終わらないな」
作者 「あ、あはは」
トキ 「ほら、閑話休題」
作者 「はい、今度こそ今回のお話は、トキの起床と現状把握、って処でしょうか」
トキ 「ないよううっすいなぁ」
作者 「ある意味では濃いんですけどねえ」
トキ 「あの夢とか、解錠針とか?」
作者 「夢についてはいつもの事なので、ノーリアクションです」
トキ 「となると解錠針?」
作者 「ピコンっ、エンチャントアイテム
どんな形にでもできると言う針で、大体の鍵ならこの針一本で解錠することが出来る。
遥か昔から存在はするが、効果の危険性から聖王暦時代には製造禁止にされいていた。
大崩暦時代には製造方法が失われているが、作り方はそこまで難しくもないため、模造の粗悪品が出回っている。
粗悪品は数回使えば壊れてしまうが、しっかりしたモノは魔力さえ補充すれば何度でも使うことが出来る。
トキは本物を所持しており、黒く塗って髪の毛の中にヘアピンとして隠している」
トキ 「丸写し乙」
作者 「と言っても本編も丸写しみたいなものなんですけど」
トキ 「俺の隠し道具の一つだ」
作者 「いくつあるんです?」
トキ 「さてはて」
作者 「なんと言うか、隠し道具と言うかひねくれ道具と言うか」
トキ 「色々あったのさ」
作者 「ソウなんでしょうけど」
トキ 「ホント、色々あったなぁ」
作者 「達観しないでくださいよ、まだ若いですって」
トキ 「密度が濃すぎるんだよ」
作者 「……はい、では今回はこの辺で」
トキ 「おや、何時にもまして唐突な」
作者 「眠気で意識が、マッハなのです」
トキ 「また意味の分からん言葉を」
作者 「次回は脱出編、その他はさっきのいったとおりです」
トキ 「おいおい、一気に雑になったな」
作者 「それでは、次回も終わらない夢の中でお会いしましょう!」
トキ 「お疲れ様でした」
作者 「寝る、寝る、寝る、ね」
トキ 「駄菓子?」
作者 「もう後の事は起きたら考えます」
トキ 「なんと言う後回し」
作者 「どうせ今週は夜勤だし、何とか」
トキ 「ハイハイ」




