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4 最初で最後の景色

昼間は日光の強さが厳しくなってきたが、夜になればむしろ涼しく過ごしやすい。

ギー ギー と姿の見えない虫たちが何匹か唄っている。

ギャー ギャー と背後の宿舎では鳴き声叫び声を上げ、学生が腹痛を訴えている。


・・・なんだあの演技力。


おかげで自由になれた僕ら三人は孤児院をぐるりと囲む壁に向かって雑木林を足早に歩いていた。

いや、足早なのは僕だけだ。

義兄のリヒトは僕の2歳だけ年上だが、20センチもの身長差がある。ゆえに足も長い。


置いていかれまいと必死になっているのが少し恥ずかしくなってきた。


振り返ればラントが僕の心情を知ってか知らずかにやにやしながらついてくる。足取りは雑なようでいてしかし物音一つたてていない。身長は僕の方が高いのになぜか距離がひらかない。


・・・あれ、これって僕の足が・・・


恥ずかしさが絶望感へと変わり始めた頃、僕らは高く(そび)え立つ壁のそばにたどり着いた。


リヒトに尋ねる。


「壁際まで来たけどこれから何すんの?」

「まあ少し待て」


それだけ言うと彼は何かを探して近くの草むらの中に顔を突っ込む。


しかし、


「お?ここにおいてたはずなのに・・・」

「ちょっ、なんか不具合!?」

「いや、この辺りに梯子を・・・・・・・・・・・・・・・ラント、何してる?」

「ん?そこの草むらに梯子あったから登ってる」


ラントは梯子に登っていた。しかも何の支えもなく垂直に。


これ、首都でやったら一稼ぎできるんじゃないか?

僕も少し練習すれば出来そうだし。


「バランスいいな・・・」

「でしょ?」


馬鹿な妹の所行を義兄はわりと驚いた目で見ている。


「兄ちゃん、これ必要なんだろ?」

「あ、ああ。そうだった」


ラントから梯子を取り返したリヒトはそれを壁に立てかける。5メートル以上はあるだろう石造りの壁でも登るにはかなり余裕があるほど長い。


「こんなのいつ見つけてきたんだ?」

「んー、10年以上前のことだから曖昧だな」

「・・・壊れたりしないよな」

「大丈夫だろう」

「それより登ってどうすんの?今まで孤児院の外に出た奴はいないけど・・・まさか今から脱走なんてことは・・・」

「脱走しなくとも明日の朝には外だ。まあ登ってからのお楽しみだ。って、ラントはもう登ってるが・・・」


いつの間にか愚妹は上にいた。

しかし、いつも騒がしい彼女は今一言も話さずただ一点だけを見つめている。


壁の外の景色。壁に近づくことは日頃から禁止され警備の教師がいた。が今は食中毒の対処に当たっている。

僕は土地だけは広いこの孤児院では壁の中にある景色がすべてだと思っていた。

つまり一度も本当の外を見たことがない。


即座に僕も梯子に手をかける。見た目以上にしっかりとしていてとても壊れそうにはない。


壁の上に着いたことで一瞬強風にあおられ目を(つむ)る。

そして再びひらく。




息をのむとはこのことを言うのだろう。


初めて見た孤児院の外の世界。


胸を締め付けるような美しさが目の前にあった。


限界までひらいた瞳の中にも入りきらないようなそれは。


遠く広がる首都の夜景。


人々の営みが織り成すその光は、太陽が沈みきったにも関わらず空に明るさを宿らせ、ここからかなり距離があるのに劣ることなく輝き続けている。

輝きを散らす地上の光は、郊外の暗闇と相まって流動する天の川のようになっている。


地上に空があるとはじめて知った。


太陽も月もない、初めて見た空。


「どうだ」


横から柔和な声が聞こえてはっとする。


気づかぬうちに壁のへりに立っていた僕の隣にリヒトがいた。


「どうもこうも・・・あれが首都・・・」

「俺たちも明日あそこに行くんだぞ」


また黙ってしまう。明日あそこに・・・

ふとラントの方を見る。

整った顔に少し伸び始めた髪がかかるのも気にしないで前を見続けている。

・・・素晴らしいものを見た後だと少しものが綺麗に見えたりするのだろうか。


実の妹に見入っていた僕はあわてて(かぶり)を振る。


「兄ちゃんはなんでこんな景色知ってたんだ?」

「5歳の頃偶然一度だけ見たからだ」

「・・・本当にすごい景色だ」

「ああ。絶対にお前らには見せたかった」


でも何で今日なんだろうか。


「でも何で今日なの?」


ラントがようやく口を開いた。


「やっぱり特別な日に見せたいしな。明日からは俺たちもあの光の一員だ。もう今日しか見られない。な?特別だろ?」


僕らは時間も忘れて景色を堪能した。


よく見れば首都の光以外にも、いくらか目映い輝きを放っている箇所があることに気がつく。それ以外の場所はここと同じ辺境だろう。

そしてもう一つ。


「あの黒いのは例の門のない壁?」


文献では見たことがあるし、授業でも習った。が実際見たのはもちろんはじめてだ。今いる石の壁なんて比較にならない。この国すべてを取り囲む巨大な壁。

そしてその壁には門がない。


「おそらくな」


リヒトが答えをくれる。


暗闇の中でもなお黒く力強く聳える壁は、あの光の後に見ると余計に美しさを感じた。


「さて、そろそろ落ち着いたか?改めて聞くぞ?どうだ?」


義兄が再度問うてくる。答えはわかっているのだろう。にやけている。


僕とラントも口元を緩めながらそろえて言う。



「「やっぱり兄ちゃんは最高だ!!」」





10分以上経ってから帰ると苦労したと思われるアルバスに色々言われたが、僕の心の中にはあの最高の気分の余韻しか入っていなかった。




そろそろ話が動き始めます


少し修正しました

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