19 パンの欠片
日の光を感じさせるような笑顔の素敵な美形の30代後半のおじさん・・・改め男性はシュトラールとな名乗った。
彼は屈託のない笑顔を見せ、確信を持って問う。
「何でも君たちは外で何の準備も情報もなしに3体ものカルタロスを殲滅したそうだね」
あの化け物はここではカルタロスの名称で通っているらしい。リーベがカルタロスの名を出さなかったのは気遣い故にか。
「いやはや素晴らしいね実にほしい人材だ。かく言う僕も昔は誰彼かまわずお誘いを受けて、学園の職員からピザ屋の娘にまで朝から晩まで引っ張りだこ。夜な夜なアルパカたちが神の代理戦争に参加する夢におびえていたピザ屋の娘を救ったのは他でもない・・・」
かなりおしゃべりだ。時間軸に若干のブレを挟みながら話が進んでしまっている。
「ちょっと待ちなよ。彼、困っているだろう?」
と、シュトラールの口から弾丸のごとく打ち出されていた言葉を何者かが遮る。
声の主はこの部屋にいる最後の1人。優しい目元からは驚くほどの疲労が染み出て、おそらく歳不相応にやつれている男性。彼はこちらをじっと見つめ、たれた目尻をさらに下げながら微笑む。何というか若めの祖父がいればこのような感じなのではないかと思う。
「おおっとすまなかったね。ピザ屋の娘が鍛冶屋の旦那に仕掛けた罠が如何に巧妙であったかはまたの機会に話そうかな」
・・・無駄に気になるサイドストーリーだ。
「さて、では一つずつ確認していこうかな。ディヴェルト君、きみはこの国が立憲君主制でなっている話はリーベ君から聞いているかい?」
立憲なんとかという言葉はリヒトならよく知っているのかも知れないが僕は名前だけしか知らない。
それにしても外での戦闘に加えリーベと会話していたことも耳にしているようだ。少し恐ろしくもなる。
「聞いています。それに壁のことや未成年が多いことなんかも」
「十分。要は王様より国民が作り上げた議会の方が権力を持っているってことだよ」
なんちゃら制とかいう言葉の意味を理解していないのを別の話で誤魔化したのが目に見えていたのか軽い説明をくれる。
でも、なぜ国民の方が王よりも権力があるのに未だ王が必要なのだろうか。
「んで、これが王様」
シュトラールが親指で示した先にいるのは静かに腰掛けたあのやつれた男性。
「え・・・ええ!?」
え?王様って言ったらファルベで言うファルベ10世のようなものだろ?なんでパイプ椅子なんかにちょこんと座っていらっしゃるんでございまするのだろうか?
件の男性は混乱と畏怖で身を少し引いてしまった僕を見て少し面白そうに言葉を発する。
「どうも遅ればせながらグランツと申します。ズィーク国6代目国王なんかをやっております。何卒」
定型の挨拶のようでどこかラフさが滲み出ている。
「続けるよ。この国に関わる重要な話はここからだからね」
シュトラールはグランツの挨拶が終わるとすぐに話題を切り替える。王様の話、重要じゃないんだ・・・
「この国に未成年が多い理由は聞いたかい?」
「は、はい。僕らみたいにあの国から追放された孤児がここに匿われているからだと」
「ほぼ正解だ。じゃあなんでファルベほどの大国が君らを追放したと思う?」
座学の授業中のようだ。
間違えたからといって鞭がうねることは無いのだろうが。
と、考えていると例のベッドで眠りについたのかと思うほど静かだったアルトゥールが耳打ちをする。
「授業みたいでしょ-。こいつチャラそうに見えてズィークで一番大きな学校の校長だから」
どうりで。
「なぜなら・・・」
頷いている間にも授業は進行していた。おしゃべりな性格の仕業か答える間がほとんど与えられない。
「ここが重要だよ。テストに出るぞ?追放の理由は極めて明白。ファルベは自国を色を吸う化け物、カルタロスから守りたいからだ」
「!?」
やはりカルタロスという化け物は色を吸収しているのか
だけど国を守るために追放する?どういう・・・
「きみが例えばパンを持っているとしよう。そこに鳥がやってきてパンを強奪しようと激しく襲ってくる。きみはこんな時どうする?もちろん力でねじ伏せるのも一つの答えとしては有りだよ。でももう少し安全に事を済ませ、安泰に食事をとりたい。そういう時きみならどう行動する?」
はたと気がつく。
「・・・パンの欠片でも別の食べ物でも撒いて食わせて・・・その間に自分が食べる・・・とか」
「大正解、よくできました」
自身のの安寧のため時に自身のものの欠片を餌として擲つ。
「ファルベもそのようなものだよ。安全な生活を送るために親のない子供を外へ放り出しカルタロスの餌にする。まあ、ここで言うパンの欠片は個人よりこのズィークを指す方が正確なんだけどね」
頭が重くなる。妙に整った呼吸とは裏腹に怒りと喪失感がわき起こる。
捨てられるべくして捨てられていたのか。
「僕らが国をつくって身を寄せ合っていることまで想定済みなんだろう。崖の上にある大国より崖の下の小国の方がカルタロスからしたら随分と襲いやすい。パンの欠片として十分な働きを見せているだろうね、このズィークは」
シュトラールはやれやれというように両手を天に向ける。
「残念ながら大正解のシステムだよ」
彼のどこか諦めたような言葉は正解として僕の耳には届かなかった。
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