18 アルトゥール研究所
「え、えれべーた?」
「はい。この箱がそうですよ」
外観の黒い研究所の中は意外と言うべきかやはりというべきか真っ白だった。外だけ黒く厚塗りしたのだろう。逆に国を囲む壁が表裏どこから見ても黒く光っていたのは制作過程がこの研究所とは異なっているからなのか。
などと思考していると目の前に現れたのがこの箱状の物体だ。人の1や2は優に飲み込めるように大きな口を横に開け、奥の空間へと誘っている。
「これに、入るのか?」
ここにたどり着いたものは皆同じ反応を示すのかリーベは口の端に笑みを浮かべている。
「これに入れば10階まですぐですよ」
「な、何秒ぐらい?」
「十数秒ほどかと」
「!?逆立ちで100メートル走るより速いじゃないか!」
「えっと、たぶん世間から見ればそれも驚きの範疇だと思いますけど・・・」
あれ?みんな逆立ちで100メートル走しないのか?・・・いや、してたの僕とラントだけだ。
「ほらほら入ってください」
思案しながら往生している僕をリーベが急かす。少し意地悪されている気がする。リーベ、楽しんでるし。
嫌な浮遊感に襲われながらも10階に降り立つ。
だだっ広い真っ白な空間を経て1つだけ扉があるのが分かる。白の中で一際映える黒の扉。いかにも鈍重そうだ。
これ?
これです
無言のアイコンタクトが交わされる。
ドアノブに手をかける。
「リーベは、入らないのか?」
「私はここで待っています」
心細い。よく考えれば今まで何かあるたびに誰かが近くにいた。
そもそもこれから何がなされるのかもまともに知らない状態で一人っきりは心配性発現の十分な材料だ。
だからラントについてきてほしかっt・・・いやいや、兄ちゃんが動けない今僕がしっかりしないと。
やはり、新しい場所への一歩は不安感を誘う。それを押しのけるように案の定重い扉を開け入室する。
「うー。めんどくせえ。何で君もうちょっと早く来れないのー。さっきも団体様にいろいろ説明したのにまた個人的に説明してやれだって?めんどくささここに極まれりだよ-。こんなことやってないでプラズマ物理現象の解明に従事したいよー。って、んん?」
かなり開かれた空間の中に、長机と椅子とベッドが置かれている。・・・ベッドがある。目の前に。天蓋付きのが。
その上にはもちろん使い主がいる。若い女性だ。衣服が大きめのシャツ一枚という実に扇情的な格好のその人は先程の声の主と同一のようだ。
女性がタオルケットに包まってベッドのシーツを乱しながらのたうち回っていた。
研究員の説明を聞くという話だったからもっと厳格なものだと思い込んでいたが。なんだこれ。え?ベッド?いや、ほんと、なんだこれ。か、帰りたい。
僕が意味の分からなさが限界をとうに上回った感情をどうにか沈めながら無言でいると、女性は長い髪を四方八方にとっちらかせたまま身を起こし、何故かこちらの頭を撫でまわす。
「!?」
意味が分からないのと驚きでなんか、涙出てきそうだ。
目を白黒どころか赤青ぐらいにはしていると
「よく生きてきたね」
と、耳元で囁かれる。女性はそれだけ言うとまた天蓋付きベッドの次はシーツに包まり始めた。
何だ今の。褒められたのか。それともお前程度の人間がよくここまで生きてこられたな。って意味か?皮肉か?ちくしょう。・・・と。
「へえ。アルトゥールが初対面で興味持つとはなかなか珍しいな」
ふと声が届く。ベッドのインパクトが強すぎて盲目的になっていたが置かれた机と椅子にもちゃんと使用者が2人いる。1人は初老でその上やつれている人間。もう1人はかなり美形だが、金髪の若者風に見せている中年のおじ・・・あれ?いまめちゃくちゃ睨まれた?
ていうか、このベッド女がアルトゥールなのか!
こちらの視線を得て金髪の男性がはにかんだような笑顔を見せる。鋭い眼光は消えている。おじさんはNGワードか。
「君がディヴェルト君だね。お兄さんや妹さん共々噂は聞いてるよ」
噂?そんなものになるようなことした覚えがないが。
「さて、ではディヴェルト君。今から君たちのこれからについて話していこうじゃないか」
金髪の男性がパンと手を打ち鳴らす。また一つ不安に襲われる。だが僕がしっかりしないと。
男はあわせたその手をそのまま顎に持って行き
「僕たちのこれからについてもね」
と笑顔で付け加えた。