14 銃声
くしゃりと嫌な音を立てて化け物は地に落ちる。
リヒトに阻まれ無防備に宙を舞った「奴」をラントがすっぱりと切り落としていた。
仕留めたという安堵感が訪れる前に・・・
「兄ちゃん!」
大剣を投げ捨てる。
ぴしゃりと傍らでさらに嫌な音が聞こえてくる。
何かの着地とともに発生した異音。
腕。
リヒトの右腕だ。
彼の肩口からはおびただしい量の血液が噴き出し、土気色の衣服をべったりと塗らす。衣服からしたたり落ちた血の量だけで地面に池を作っている。
「兄ちゃん!」
少し揺らしてみるが反応はない。
が心臓はまだ動いている。
僕は上着を脱ぎ結びやすいように千切る。
「僕なんか助けんなよっ!」
意識のない兄に悪態をつきながらも腕と歯とを使って衣服を裂く。細めの布で鎖骨辺りを締め付け、大きめの布で傷口を覆うようにする。
傷を見て力を緩めてしまいそうになるが、どうにか止血をする。
死んではいない。というのは分かる。
だが時間の問題だと言うことも理解している。
―いったん皆が待機しているところに戻るか?
全員が武器を持って待機している。今のところあそこが一番安全だ。クレーエとライアーの生死は不明のままだが白い粉になってしまっていた以上今の僕らに助ける手段は・・・
「ディヴェルトっ!」
思考がラントの声によって阻まれる。
ふと顔を上げるとそこには刀を両手に構えたラントとその視線の先に・・・
―まだ来るのかこの気持ち悪いのっ
「また来たよこの気持ち悪いの」
ラントが僕の気持ちを完全に代弁する。
「奴」が存在していた。
今し方絶命した物より遙かに巨体で15メートル先の草むらから何の不意も突かずにょきりと姿を現している。
鼻のような物を広げ犬が臭いを追うような仕草で顔を左右に動かし、そして完全に制止させる。
―兄ちゃんを狙ってるのか!?
布越しににじみ続ける血を知覚して「奴」が固まるのを見て僕は化け物がカイトにした行為を思い出す。
―色を吸いに・・
来たのか
と考え終わる前に「奴」は地面を蹴る。
咄嗟に
「ラントっ逃げるぞっ」
言うもののまだ逃げられる体勢ではない。
それ以前に兄ちゃんはどうする。抱えながら逃げるのは無理だ。じゃあ置いていくのか?するかそんなこと!
「くっ」
もう「奴」との距離は5メートルもない。ラントも逃げ切れないのを理解し前傾姿勢をとる。
2人だけなら勝てないこともないだろう。しかし今は1人を庇いながらだ。でも兄を置いて逃げるなんて選択肢はない。
大剣を手に取る。
やるしかない。
「ぴゅるるるるるるる」
食わせろ食わせろと
口笛でも吹くかのように「奴」は突進してくる。もちろん食事の邪魔をしようとする僕に向かって。
「奴」は核の様なものを破壊しない限り絶命しない。考えなしの突進も有効な戦闘手段だ。
このままあの体当たりを受けても身体の小さい僕の方が弾かれる。だが避けると後ろにはリヒトが・・・!僕が弾かれた後にラントが攻撃すれば・・・っでもそこで核を壊せなければ「奴」はそのままリヒトに向かい食事をとる可能性が・・・!
冷や汗が背に浮かぶ感覚。心臓が掴まれたように激しく鼓動し同時に呼吸も速まる。
―どうするっ
何をしても3手目にはリヒトが危険に陥る。
―やばいっ詰んで・・・
パンっ
と乾いた音が唐突に響く。
こちらに向かってきていた化け物は何故か進路を変え横に飛ぶ。
いや、飛ばされる。
何かが化け物を襲った。
急襲された化け物は地面を幾度か転がりそして白い粉塵へと化した。
「・・・へっ?」
呆然とした状態で開いた口からは滑稽な疑問が漏れ出す。・・・と
「大丈夫ですか!?」
漏れ出した疑問に答えてくれるかのように木の陰から1人の女性が未だ周囲を警戒したまま姿を見せる。
頭の高いところで結いとめられた流れるような銀髪が森の木漏れ日できらきらと輝き、白く光るそれとは逆に服装は一式黒で揃えられている。そしてその手にはこれまた黒塗りの銃。物騒なものを所持する彼女の表情はリヒトの状態をを目にして少しの驚きを浮かべるが僕らを安心させるように笑顔を作る。整えられた顔のパーツで作られたその微笑みは不安を一気に取り除く。まるでそれはさながら・・・
「「女神!!」」
「無事ですか・・・ってなんっ!?」
歩み寄ってきた女神は僕ら双子に飛びつかれ困惑している。
それでも女神様はしっかりと僕らを抱き留めてくれていた。