10 食事
先程の喧噪以来、森の中は静けさで溢れている。コンテナがある場所より緑の深いここには今僕やラント、リヒトそして5人の男女計8人がいる。
歩きながら軽く自己紹介を済ませた一行は作戦を立てる。
「何かがいる、もしくはあるのは間違いないだろう。ディヴェルトとラントが聞いた「奴」っていう存在も気になるし慎重に行きたいところだが・・・」
「悲鳴。もしクレーエのだったら・・・急がないと」
ライアーの友人という少女・ニケがリヒトの言葉から先を紡ぐ。
クレーエとライアーは一緒にいる。もちろんクレーエも心配であるが、声を聞くことができなかったライアーの安否がそれ以上に心配になる。
「ああ、急ごう。でも慎重にな。二人の安全確保が最優先だ」
自然と足早になるのを抑えながら、慎重に進んでいく。
少し行くと崖の上に佇む黒い壁、ファルベ国を囲う巨大な門のない壁が近くに見て取れる場所に出る。
そこには・・・
「なんだ・・・これ・・・」
まるで二人の人間が抱き合うようにして固まる白い雪像のようなものがあった。
しかし上にのしかかっている方の首から上が見つからない。
「・・・」
赤みがかった茶髪の少年カイトが雪像に向かってそろりと手を伸ばす。
ここに来るまでも落ちていた白い石。
しかし、こんな大きさのものはなかったし、ほとんどが崩れて白い雪のようになっていた。
では、これは・・・?
嫌な考えが過ぎり呼吸が浅くなる。
カイトの手も少し震えている。
彼は腕にはめた赤のリストバンドごとふる
腰が引けながらも10センチ、5センチと距離を詰め、そして・・・
「ひゅうひゅうひゅうひゅうひゅうひゅう」
「!?」
びくりと身体を震わせ8人全員が雪像から距離をとり、武器を構える。
僕も迷わず背中から両手剣を抜く。
しかし、奇妙な音の正体は正面ではなく・・・
「右!!」
ラントの声で一斉に右を向く。
「うああああああああああああ」
カイトに向かって2メートルほどの赤黒い何かが襲いかかった。
「っ!!」
本能のままに僕は剣を横に薙いだ。
間合いにいる。当たれ。
しかし、赤黒い何かは瞬間的に距離をとった。しかもカイトを抱えたままだ。
ようやく初めてまともにそいつを視界に入れる。
全身が赤黒く染まっている。
頭のようなものはあるが首はなく、顔面にはおちょぼ口のような穴が一つ。
ぬたりとした体表は日光で歪に反射し、長すぎる手足には鋭い爪がある。
生理的嫌悪感が溢れ出す。
一目で人間の敵であると察する。
そいつは少し猫背気味なその身体をさらに曲げ、抱えられて動けないカイトの顔に口を寄せる。
同時に長い手に力を入れたのか べきりべきり と嫌な音がする。
「!!??」
悶絶するカイトの口に奴の口が寄せられる。
僕らは全員動けない。
もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ
聞いたこともない気持ちの悪い音がそこら中に広がる。
カイトはびくんっと身体を反らした後動かなくなる。
しかし、口元から何かを吸われ続けている彼の喉からはぎゅるぎゅると音を発し続ける。
カイトの口から赤い筋がこぼれ落ち、頬を伝っている。
そして地面に落ちるときその血は真っ白になっていた。
異変に気がついた時、すでにカイトは白い塊になっていた。
あの抱き合った二人と同じように。
逆に赤黒かった「奴」は黒鳶色へと変化する。
―色が・・・食われた・・・?
吸収されたと言う方が正確か。
カイトの色素が ない。
「食事・・・」
ラントのその言葉で脳が解放され、思い出す。
作業着の二人の台詞を。
(「寄ってきて退避したってことは、奴の食事シーン、見たんだろう?襲われてるの見てるんじゃねえか。いまさら何びびってる」)
(「やだなあ先輩。怖いんじゃなくて、もう一回見たいんすよ。食事シーン。退避中ならよく見えますんで」)
食事。
今目の前で行われている行為。
ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる
鳴り続ける咀嚼音。
気持ち悪い。
僕は呟く。
「助けないと」
―何を?
「助けないと!」
―あの白くなってしまった何かを?
「助けないと!!」
頭の整理もつかぬまま僕は僕を奮い立たせる。
「こぉぉぉんのやろおおおおおおおおおお!!」
嫌悪感だけを担いで奮起する僕を「奴」は無い目で見やる。
口から下をちらりと見せる。
「奴」はまだ食い足りていない。
次あたりからバトル要素濃くなります。