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第四劇「まだ状況を把握出来ない」

把握。


それは生きる事。

 俺の頭の中は既にパンクしてしまいそうな程に混乱している。

 マンガを買いに本屋に行って、突然事故に遭って、突然異世界に転生されて、突然モンスターの群に襲われて、突然謎の甲冑に助けられたかと思えば、その助けてくれた甲冑が俺の妹……。


 あまりに急転回過ぎる。嫌でも混乱してしまう。


「あっ……明葉!?ほっ……本当に?…」

 と、あたふた狼狽しながら訊ねる竜太。


「ホントよ……って言うか、嘘吐いてどうすんのよ?」

 と、返す甲冑……もとい、明葉。

 

 確かに、嘘吐いてどうするって場面だ。よくよく考えれば、考えるまでも無いことが分かる。しかし……。


「いやその……顔見えないし……」

 と、恐る恐る言うと。


「ん?ああ……甲、被ったままだったわね」

 と、そう言いながら、明葉は思い出した様に甲を外した

 。ガチャガチャ、と、音を鳴らしながら甲を外し、外に現れた素顔は実に、懐かしくて、相変わらず、可愛いものだった。


 背肩に掛からない辺りに切られた黒髪。大きな蒼色の瞳。雪の様に白い肌に、柔らかそうな、艶やかな桜色の唇。多少、昔と変わりはあるものの、それは時が流れて明葉が成長した、と、言う証拠でもあるから逆に嬉しかった。そして、確かに妹だ、と、明葉だと確信するには充分だった。お兄ちゃんの感がそう言っている。


  二年ぶりの愛妹の姿を前に、つい目頭が熱くなってきた。


「明葉……お前本当に……」

 と、涙を拭いながら、竜太は明葉に歩み寄り、両手を広げ、抱き締め様とする。もうこの衝動を押さえられない。


 兄と妹。


 1年ぶりの再会だ。

 感動しない方が可笑おかしい。


「明葉ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 と、叫びながら、手を広げ伸ばす。

 向こうも、満面の笑みで、もしくは泣き顔で、それとも赤面で、「お兄ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」と、互いに再会を悦び、抱きしめあった。と、思った。だがしかし、


 ガスッ。


 それはただの妄想だったらしい。


「ぶっ!?」


 突如、竜太の脇腹に激痛が走る。

 下を見ると明葉の硬い足が、俺の脇にめり込んでいた。

 その衝撃で、くの字に身体がひん曲がり左方面へとふっ飛ばされる。


「……って何するんだよ明葉!せっかくのお兄ちゃんと妹、二年振り再会だろうが!」

 と、腹を押さえながら、こう返すと。


「……だからって、抱き付こうとしないでくれる?アンタ、アタシの居ないこの二年で、まさかシスコンにでも目覚めちゃったの?この変態」

 と、眉間に皺を寄せながら明葉は言う。

 理不尽な暴力の連続、更にこんな毒舌。

 えぇ……何なんだこの仕打ち。

 決して下心が有った訳じゃ無いのに……。

 ただ、久し振りの再会だから、つい感動しただけなのに……。


 俺は悲しくなり、心の中で少し泣いた。涙を拭いてくれる人はどこにも居ない。


「明葉お前……お兄ちゃんに向かってそんな物言い無いだろ……」

もう心も身体もボロボロのズタズタだが、何とか言い返す。


「何よこのバカ兄貴、うっさいわね」

 きりり、と、した表情を一層厳しくする。少し怖い。でも可愛い。


「な……何だよ……久しぶりだってのにその言い方……あ、って言うかさ、その……さっきからずっと気になってたんだけどさ」

 と、これ以上反論しても討論にならないと判断した俺は、話題を変えようと素朴な疑問をぶつけてみた。


「お前、声変わった?」

 と、竜太。


「……え?……ああ……」

 と、明葉は少し驚いた様だった。


「そんな質問が来るとは予想外だったわよ……もっと他に……この世界の事とか、何でアタシがここに居るとか、気にならないの?…」

 と、明葉。


「ん?あぁ、それも勿論気になるけど、俺の大切な可愛い妹についての事だからな、そっちの方が気になる。明葉が何でここに居るかも確かに気になるが、まずは明葉自身の事が気になる。そっちの方が俺にとっては重要だ」

 と、臆面もなく返す竜太。むしろ堂々と胸を張っていた。


「なっ……か、かわいいぃ?」

 と、顔を赤くして、声が裏返り、少し後退りする明葉。

 今度は逆に明葉が狼狽える。やっぱり可愛い。照れてるのかな。


「そうそう、昔はそんなかわいい声してたじゃん。あー……いろいろ思い出して来るなぁ……昔からお前は、『お兄ちゃん、お兄ちゃん!』っていっつも俺の後を追っかけてさ、幼稚園も、小中もずっと一緒でさ、『中三にも成ってお兄ちゃんなんて止めろよ〜』って俺が言うと、『えーだってお兄ちゃんがいいんだも〜ん、お兄ちゃん大好きー!』って言って抱き付いてきてさー、それから一緒にお風呂とか入ったり――」


「や、止めてっ!」


 ガツン。


 感傷の思いに浸りながら語っていると、明葉の制止する声と同時に、また理不尽な拳が襲って来た。


 ……もう今日何回目だよ……。


 宙を舞いながら、そう内心思った。


「お、お前いい加減にしてくれよ……いくらなんでも、そんなボコボゴ殴る蹴るされたら、流石の俺も……死んじゃうぜ」

 と、激痛に耐えながら、震える声で竜太は言った。


「う……煩い!アンタが変な思い出掘り返すから悪いんでしょ!」

 と、明葉。

流石にこの言葉は許せなかった。変なんかじゃ無い。


「何が変な思い出だ!お前と俺の大切な思い出だぞ!お前が居ないこの二年、俺は毎日このお前との思い出を思い出していたんだ!そうじゃ無いととても正気を保って居られなかった……それくらい大切なんだぞ!お前の事がっ!」

 と、これまで思いを声を大にして盛大にぶちまける。明葉もすぐさまシスコン、と、罵る事が出来ない程、正直で真っ直ぐな目で、竜太は叫んだ。


「……あう……煩いのよこのバカ兄貴〜!」

 と、顔を赤くしたまま、叫ぶ様に明葉は言いながら、鋼の腕をブンブン振り回した。可愛いけど危ない。


「あ、危ねぇ!何なんだよオイ!さっきから!いくら妹でもな、限度って物があるぞ!だいたいここは何処だ!?一体何なんだよ!?お兄ちゃん怒るぞ!」

 と、竜太は怒りと驚き任せて文句と、後回しにしていた疑問を投げ付ける。


「ふえ?……あっ、ふー……やっとまともな質問が出たわね」

 と、パタパタと手で顔を扇ぎながら、明葉は言った。可愛い。

 そのまま後ろを振り返り、辺りを見渡す。何か警戒している様に見える。


「まぁとりあえず、ちょっと待ちなさい、もうすぐ待ち合わせしてた奴が……あ、そうだ」

 と、明葉はふと思い出した様に呟いた。


「ちょっと頭、貸しなさい」

 ちょんちょん、と、自分の額を指差しながら言った。その仕草、可愛い。


「え?何で……」


「いいから」

 と、竜太の反論を遮る様に強引に、両手で竜太の頭の側面を掴み、自分の顔に近付ける明葉。可愛い。


「ええ?ちょっ……」

 と、いきなり過ぎる明葉の行動に、動揺を隠せない竜太。


(いきなり何だ?…まさか!?キッ……スとか?……いや、いやいや!確かに嬉しいけど……いやそれは流石にな――)

 そうこう、心の中で自問自答をしているうちに、明葉の顔がどんどん近付いて来る。綺麗な桜色の唇が目に付く。何だか、こう近くで見ると、明葉が妙に色っぽく見える。

 この二年で、可愛くて愛らしい幼かった妹が、すっかり大人っぽくなった気がした。

 竜太は少しの悲しさと、それ以上の嬉しさで、胸が熱くなる。

 まだ、明葉の顔は近付く。


「あわわわ……」

 今度は、竜太が顔を真っ赤にした。心臓は最高潮に高鳴る。もうどうにかなってしまいそうだ。

 もう互いの額と額がくっつく距離だ、と、言うか、明葉から額を付けてくる。


「あ……明葉、一体何を――」


「いいから黙ってなさい」


 そう言うと、明葉は瞳を閉じ、何やらぶつぶつと、呪文の様な物を唱え始めた。

 竜太には何を言っているのか、まるで分からない。

 ものの十秒程で、明葉はその呪文の様な物を唱え終えた。

 唱え終えると、竜太の頭を放し、背を向いて何事も無かったかの様に辺りを見渡す。


「え?えと……」

 と、竜太はポカーン、と、口を開けていた。

 何だか、いろいろと想像していた自分が恥ずかしい。


「あ……明葉?何したんだ?今……」

 と、訪ねると。


「この世界の言葉が分かる様にする魔法よ」

 と、明葉。


「ああそう。……え、ま、魔法?」

 と、いきなりファンタジーな事を言われたので、つい二つ返事で納得してしまったが、すぐに戻って驚いた。


「ええ、アンタこの世界の言葉が理解出来て無かったみたいだし、分からないとこれから不便でしょ?」

 と、明葉。


「不便でしょ、って……え?言葉が分かって無いってどういう……」


 少し意味が分からなかった。

 現に、今明葉との会話は成り立っている訳だし。言葉が理解出来て無いとはどういう意味なんだ?


「じゃあアンタ、さっきのモンスターの群が何言ってたか分かるの?」

 と、明葉。


 はっきり言って、分からなかった。


「え?ただギャーギャー喚いてただけじゃ……」


「……やっぱり分かって無いじゃない、いい?アイツらはアンタを見て『殺せ殺せー』って叫んでたのよ」


 ……え……。


「な……何で俺、命狙われてたって訳?」


「さぁーね、知らないわよ。まぁ、こんなシスコン変態兄貴、死んだって別に構わないけど」


「はぁ!?」

 と、これには俺も声を荒げる。


「ししし死んでもいいって……」


「ええ、役立ずの馬鹿兄貴は別に死んだって構わないって言ったのよ」


「んぐぐっ」

 と、怒りや悲しさで、何だか泣けてくる。俺が何をしたっていうんだ……。

 がくっ、と、膝を着く。もう俺のライフポイントはゼロだ。


「さて、と」

 と、明葉はそう呟くと、建物の天上に目をやり、


「そろそろね」

 と、言った。


 え?何が……。

 言葉に出す前に、竜太は驚いて言葉を失う。


 明葉が見上げた天上が、不気味な紫色に光だし、円形へと形を変えた。

 そのまま光は更に形を変えていき、よく分からない数字や線や文字の羅列を並べていった。


(これは……魔方陣……ってやつか……?)

 と、竜太は思った。

 魔法陣、よくマンガやアニメに出て来る様なやつだ。

 暫くすると、その魔方陣の様な物から何か現れた。その『何か』は徐々に形を現していゆく。


 現れたのは人の姿だった、それも女の人の。


「すみませんすみません、待ちました?」

 と、笑顔でニコニコと、その女の人は言った。

 薄紫色の長い髪、大きな胸、可愛らしく笑みを浮かべる小さな口、少したれ目気味な瞳は、自然と優しそうな印象を与える。手には銀色の十字架の杖の様な物を持っていた。


「大丈夫よ、けど、『すみません』は一回でいいのよ?リュリュ」

 と、明葉。


 リュリュ。恐らくそれが、彼女の名前なのだろう。


「はいはい、すみません」

 ペコリ、と、頭を下げる、リュリュと呼ばれた女性。


「『はい』も一回よ、アンタいい加減直した方がいいわよ?その変な癖」

 と、リュリュの癖を指摘する明葉。


「はいはい、でもこの癖で困った事、私は有りませんが……」


「またなってるわよ……アンタが困ら無くても、他が困るのよ、伝達とか、普段の会話とかも」

 と、遮る様に再度指摘する明葉。


「そうですかそうですか、すみません」

 また頭を下げるリュリュ。治っていない。


「まぁいいわ、で、そっちの方はどうなったの?」

 と、リュリュに質問する明葉。


「はいはい、無事皆さん集まりましたよ、アキハさん」


「そう、それは良かったわ。こっちも目的達成よ」


「……」


 一人、蚊帳の外、と、言う感じの竜太。

 まったく二人の会話に着いていけない。


「でわでわ、そちらの方が?」

 と、リュリュが竜太の方へ話題を振る。


「ええ、私の変態シスコン馬鹿兄貴野郎よ」

 と、酷い紹介の明葉。


「っておい!」

 と、渾身のツッコミを披露する竜太。


「そうですかそうですか、でわ始めまして、私、リュリュ・クリスティーヌと申します、以後お見知り置きを、変態シスコン馬鹿兄貴野郎様」

 と、丁寧な挨拶のリュリュ。

 そんな律儀に返さないで良いんだよ……リュリュさん……。

 もう涙も枯れるほど消耗した心の埋蔵金。


 落ち込んでても仕方がない。とりあえず気を取り直して、竜太も自己紹介する事にした。


「こほん……えと、諏訪竜太です、お……お見知り置き……を?」

 と、竜太。

 一応、丁寧な自己紹介をと、頑張ったつもりなのだが、自信ない。


「無い知識ムダにひけらかしてんじゃ無いわよ、この馬鹿兄貴」

 と、明葉。


「煩いな、確かに俺は馬鹿かもしれんが、歴史とミリタリーの知識だけは誰にも負けないぞ!」

 と、唯一誇れる知識を言う竜太。

 それを聞くと明葉は、少し表情が緩んで、懐かしそうな顔をした。


「……ああ、まだやってたんだ、それ……昔からアンタよく――」


「お話中の所お話中の所、すみませんが、お客さんが追い付いて来た様です」

 と、今度はリュリュが、明葉の言葉を遮った。


「……あら」

 と、さっき俺達が逃げてきた方へと視線を向ける明葉。表情はまたきりり、と、引き締まる。


 ドドドドドドドドドド……。


 何処か聞き覚えの有る爆音と、地鳴りが近付いて来る。

 さっきモンスターの大軍に追われた時と同じ音の様に思える。

 いや、思えるでは無かった。すぐにその予測は現実のものとなる。

 爆音の正体はやはり、モンスターの軍勢。

 しかし数は先程の比じゃない。ぱっ、と、見ても二倍三倍には増えていた。

 遠くから見ても分かる程、モンスター達の顔は恐ろしいに尽きる。何を思ってか、皆酷く怒りを帯びた表情に思えた。憤怒ふんど憤慨ふんがい忿懣ふんまん鬱憤うっぷんいきどおり……。

 怨み骨髄にてっす、とも感じる。

 とにかく、モンスターが怒っている事は、ひしひし、と、伝わる。


「やぁ、どうも」

 と、喧しい喚き声と共に、一人の男が此方へ寄って来た。

 灰色の馬に跨がり、短い金髪に、浅黒い肌、小柄で小太りに小洒落た衣を纏った男だ。

 その風体だけでは、何だか小物な印象だが、猛禽類の様な黄色い鋭い眼は、只者じゃない気配を感じさせる。

 そして何処か、何処か人間じゃない雰囲気がある。


「御初に御目に掛かりまする。私、魔王軍七十二柱序列二十四団が団長ハゲンチと申します。以後、お見知り置きを」

 ハゲンチ、と、名乗ったその男は、名乗り終えると更に竜太達に笑顔で歩み寄る。不気味な笑みだ。背筋がゾワゾワする。


「近付くな外道め!」

 と、突然明葉が叫んだ。

 驚いて顔を覗くと、さっきのきりり、と、した表情を更に一段引き詰めて、もの凄い剣幕であった。

 さっきまでの可愛い妹の顔は、そこには居なかった。居たのは俺の知らない、もう一人の明葉だった。


 睨まれた方の男はニヤニヤ、と、笑みを絶やさず脚を止める。


「その卑しい笑みを見せるな、虫酸が走るわよ!」

 と、更に強い口調の明葉。眉間に深い皺が浮く。その威圧感に、思わず後ろにいる竜太の方がたじろぐ。


「ははは、いやはや全く嫌われた物ですなぁ」

 と、口では言うものの、相手は全く動じず、不敵な笑みを更に深める。


「商売相手はよく泣かしたりするもんのですが、女性を泣かせる様な、嫌われる様な事、した事無いんですがねぇ」

 と、ヘラヘラと、笑いながらハゲンチが言う。


「黙れ下衆が!そうやってヘラヘラ笑いながら、昨日もオルビルの都をも滅ぼしたのか!?」


「ん?昨日?…ああ、アレですか、アレの事ですか?確かに、私ハゲンチめが滅ぼしましたが?」

 と、尖った左耳に付けた金色のピアスを弄りながら言う。


「……よくも臆面も無く言えた物よ、アンタ程度の小物、その気に成れば相手にすらならないわ。一太刀で殺れる」


「ふふ確かに、その気に成れば、の話しですがね」

 と、ピアスを触る手を止めない。余裕がある様に見えて仕方がない。


「……まぁいいわ、その内アンタ含め、魔王諸とも皆殺しにしてやるんだから」


(みっ……皆殺し?)

 後で話しを聞いていただけの竜太が身震いする程、完全な殺意を込めた言葉だった。もう少し明葉に近付くと、腰の剣を抜かず、その殺気だけで皮膚が切れてしまいそうな程、鋭くて獰猛どうもうな殺気。


「おお怖いですなぁ、だが私の事はともかく、魔王様にも勝てる、と、まさか本気で思っておられるのですかな?」

 と、ニタニタしたままハゲンチは言う。


「……刺し違えてでも殺してやるわよ」


「ははは!威勢のいいお嬢ちゃんだ!まぁ、精々頑張る事ですね。それはさて置き……」

 と、明葉をからかう様に、話しを反らす様に、竜太の方を見るハゲンチ。


「え?」

 ハゲンチの視線に気付き、驚く竜太。


「貴方が例の……『勇者様』ですかな?」

 と、ハゲンチ。


 ……勇者?


「アンタには関係無い事よ、この守銭奴」


「おやおや守銭奴とは……なかなか、酷い言われ様ですな。私は『金』が好きな訳では無く、金の流れ、即ち『流通』が好きで見ていたいというだけなのですよ。金狂いのサガンと一緒にしないで頂いたい」


「どっちも大して変わらないわよ、そして、アンタらが腐っている事もね」


「あはは、まぁいいでしょう。本来は、その少年の捕縛、及び処分が目的だったのですが、『女勇者』アキハ・ウィクトワールに、『黒魔道士』リュリュ・クリスティーヌ……これだけの強者つわものが相手ならば、引き帰ったとしても、誰も文句は無いでしょう 」

 くるり、と馬を翻し背を向け、逃路へ着こうとするハゲンチ。


「あら、逃げるのかしら? 」

 と、やや挑発気味に言葉を掛ける明葉。

 軽く口許に笑みを作り、煽っている様にも見える。


「ええ、悪魔でも、やはり命は惜しいですよ。私と、私の三十三の軍団を用いても、貴女方二人に敵うとは到底考えに難い、ですからね」


「……」


 暫く、明葉とハゲンチの間で睨み合いが続いた。

 モンスター達も静まり変える。

 竜太はただ、息を飲み、その場に立ちつくすしか無かった。


「あのぉあのぉ、ちょっと宜しいですか?」

 と、唐突に静寂を壊したのはリュリュだった。


「アキハさんアキハさん、私達の目的は竜太さんの回収が第一です、無理にこんな虫けら共を駆除しようとする必要はありません」

 と、リュリュ。

 笑顔を絶さず言うから恐ろしい。


「無駄な血は、流さないのが得策ですよ」


「っ……分かってるわよ……」

 と、軽く歯軋りをしながら、悔しそうに答える明葉。


「でわ、我々は一時退散させて貰いましょうかな。退き上げるぞ」


「はい、総統」

 と、近くにいた男が答える。


「今は団長だぞ、カイムよ」


「失礼致しました。しかし、貴方が総統であられる事実は真な事、何故なら――」


「ははは、君に討論で敵う生き物はおらんよ、まぁよい。では、勇者様」

 じっとり、と、竜太を見つめ、薄気味悪い笑みを浮かべて、


「ではまた、姫天使殿に宜しく。皆の者引き上げるぞ」


 ハゲンチがそう言うと、モンスターの群はさっき来た道を、また喧しい音を鳴らしながら戻って行った。


 ハゲンチの背を、悔しそうに睨み、唇を噛み、拳を握り締め、明葉は一人怒った。

 先程のモンスター達では無いが、激しく激しく、憤っていた。

 その姿を見た竜太は、どうしてやる事も出来なかった。

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