第二劇「何だかベタな異世界転生」
転生。
それはベタ。
俺の名前は諏訪竜太。身長174cm、体重65kg、五月六日生まれ、AB型、生まれは日本の田舎でも都会でも無い某一般家庭。
そして、どこにでも居る普通の高校生だ。
……と、自分で自分の自己紹介をしてみると、こうなる。
『どこにでも居る普通の高校生』
……このフレーズだけ聞くと、何だか最近流行りのライトノベルや漫画の主人公みたいで、何だか『寒い』とか『痛い』 とか『厨二』とか言われるかも知れないが、本当に『どこにでも居る普通の高校生』なのだ。俺は。
教室の席も、主人公の指定席である、後列窓際の席では無く、大体真ん中辺りの席だ。アニメやマンガに例えるなら、教室シーンでワイワイ騒いでいるモブ達が座っている席。まぁあれは実のところ、アニメの作画の人が、窓際の席の方が書きやすいからたまたま、と、いう話もある。そんな事は今はどうでもいい。
話は戻る。現実の窓際席にはイケメンのくせに「俺は冴えない普通の高校生だ〜」とかほざいて、幼馴染みとか、委員長とか、生徒会長とか、先輩とか、後輩とか、転校生とか、妹に好かれて、ハーレムを築いてる『超鈍感難聴謎モテ野郎』と、美人だけど性格がブッ飛んでて、理不尽な暴力を振るう『クラスでちょっと浮いている女子』が、何やら騒いでいた。
その女子は、何やら部活を創るとか、ただの人間には興味ない言っていたが知らん。俺には興味無い。勝手にやってろ。
彼等はきっと、別の世界の住人なのだ。言い方を変えれば、どこか別の物語の登場人物達だ。
そう、彼等は、物語の主人公なのだろう。
絶え間無く、程よい刺激にありつけ、さぞ幸せな事だろう。羨ましい限りである。
妬んだり、茶々を入れるつもりは毛頭無いが、その光景を眺めて居るとやはり、少し羨ましい気持ちになる。
イケメンが美人に振り回されている事に、では無い。
退屈していなそうな事に、だ。
*****
さて、話は現在に戻る。
先程の事故に遭って、いま丁度目が覚めたところだ。
天気は晴天で青天だ。
全く淀みの無い真っ青な空に、これまた真っ白な純白の綿雲がふわふわ、と、浮かぶ。
頬を触ると、さっきのヌメッ、と、した生温い血の感触は消えていた。
だがちゃんと頬を撫でる感触はあるので、別に感覚が麻痺して感じ無くなった訳では無いらしい。掌に血も付かない、さっき手に付いていた血も消えていた。服も擦れた時に、ビリビリに破けた筈だが、綺麗になっていた。
代わりかどうかは分からないが、マンガにスマホ、靴や財布、自転車もどこにも見当たらなかった。
すうっ、
と、深呼吸をする。
ふぅ、
と、息を吐き、呼吸が出来るのを確かめ、胸に手を当て心臓の鼓動を確認すると、少しばかり考える。
(ここはどこなんだろう?)
天国――にしては何だか静かで、お花畑も無い。
まぁ、天国はお花畑だ何て所詮、人間の空想妄想、確証がある物では無いし、そこまで信じていた事でもなかったから別にいいが、いくらなんでも殺風景すぎる。
地獄――にしては明るく、爽やかな場所だ。
先程も言った様に、天晴れな青空が満天に広がる。
地獄って言うと、鬼やら悪魔やら閻魔やらが堕ちた人間を喰っている様な、地獄絵図みたいな感じだと思ってたし……まぁ、これもさっき言ったみたいに、人間の空想妄想である。
だから別にいい。いいのだが……。
と、なると、ここは何処なんだ?
俺はマンガの様に腕を組んで暫く熟考した。
(何か……見覚えじゃ無いけど……何となく……)
察しがつく。
もしそうなら、もしこれが物語なら、小説なら、かなり、と、言っていい程在り来たりだが……。
ひょっとして、ここ異世界?
もしくはVRMMO、仮想ゲーム空間ってやつか?…
どちらも、俺が愛用している某Web小説投稿サイトで人気のジャンルだ。
よく主人公が、ある日突然異、事故とかに巻き込まれて死んで、異世界に転生されて、勇者やらになって、チートや主人公補正を駆使して無双する、ってやつだ。
しかし、VRMMOの方は無いと踏んだ(俺の居た世界ではまだそんな物開発されていない)そもそもゲームなんて、あの事故の時にはやって無かったし、個人的にあまり好きではない。なら……後者か。
……そうか。
ここは異世界か……。
とにかく、俺は強引に納得する事にした。
俺が、この物語の主人公である、と。
「……ふっ」
と、小さく笑みを漏らし、
そうか……なら、ここは主人公らしく、この世界で無双しまくってやるとしますか。
とりあえず、先ずは起き上がろう。
地べたに座り込んでも、何も始まらない。
そう思い、俺は勢いよく身体を上げる。
そして辺りを見渡すと……。
「……あれ?」
……何か……妙にこざっぱりしてらっしゃる……?
辺りを見渡すと、そこはまるで、砂漠の様に何もない荒地だった。
完全に砂漠、までとはいかないが、硬く乾いた錆色の地面には草一本すら生えてなく、吹き付ける風が、地面の土を抉り、砂嵐を巻き上げていた。
「……」
いや、俺的には異世界と言ったら、なんかこう……なんと言うか、上手くは言えないが、起きたら『わら』の上だったり、目覚めたら『赤ちゃん』になってたり、超どストライクの『爆乳美女』がお出迎えてくれたりとか、そんなのを想像してたから(Web小説の読み過ぎだ)今俺が置かれている状況に、少々戸惑っている。
(いやヤベーよ、冗談抜きに洒落になんねーよ……)
俺は心底震えていた。
太陽は依然、容赦なく燦々《さんさん》、と、照りつけ、俺の脳天をジリジリと熱し、理不尽に体力を奪っていく。喉も酷く乾いてきた。滝の様に汗が流れる。
このままでは、この世界を無双してやる前に、俺が暑さに無双されてしまう。
辺りには建物や川、湖も木陰になりそうな木々も生えていなかった。
熱さと渇きで、意識が朦朧とする。景色が霞む。
(な、何かないか?…)
朧気な視界を擦り、辺りをもう一度見渡すが、やはり何も無い。……いや……正確には、あった。
「ん?」
右手に何かがふれた。
その触れた物体を拾ってみると、木の棒だった。長さは1m弱。木の革が所々剥げている。重さはとても軽い。
魔法の杖か何かとも一瞬思ったが、やはり違った。
握っても振っても叩いても何も起こらない。
……多分、これ……。
『ひ●きの棒だ』(どこのドラ●エだ)
本当にただの棒切れらしい。
いや、ひ⚫︎きの棒……か(もうどうでもいい)
……詰んだ。
もしこの状況を顔文字で表すとしたら\(^o^)/だろう。
(笑えない……ホント……一体どうしたら……)
いい加減にしないと、冗談じゃ無く干からびてしまう。
(暑さもだけど、何かモンスターとかいたらだけど、そいつら襲われたりしたら、それこそオシマイなんだが――)
ドドドドドドドド……。
突如、座っていた地面が地響きを上げ、波打つ様に大きく揺れた。
(な、なんだ?って言うかヤな予感……)
とある友人曰く、俺の予感はよく当たるらしい。だが今回は、当たってほしく無かった。
「ガアァァァァァァァァ!!!」
と、突然背後から聞こえた怒声の様な声に、俺は驚いて跳ね上がる。俺から見て南の方から、砂埃を上げて何かが叫びながらやって来た。
少なくとも、俺を勇者として歓迎してくれる様子では無かった。
どう見ても、俺が無双すべき相手だった。
そうつまり、モンスターの大軍隊だった。
牛の様な虎の様な変な生き物に跨がる、豚みたいなモンスターの大軍。
手には斧やら槍やらを持ち、訳の分からない奇声を上げ、俺を狙ってか、此方に向かって来て猛進していた。止まる気配は微塵も感じない。
「ちょっ!ヤバ……」
急いで立ち上がろうとしたが、腰でも抜けたのか、上手く足に力が入らない。ヤバイ。
こっ……このままじゃ……。
なかなか立てず、モタモタとよろける。
はたから見たら無様な様だ、と、笑われるかも知れないが、そんなくだらない体裁に構っている余裕は無かった。
今度ばかりは何故か、生きたい、って思う自分がいた。
せっかく別の世界とはいえ、なんとか生きているんだ。
この新たな世界なら、俺は本当の意味で、生きられるかも知れない。そんな気がしていた。
未知の……何も分からないこの世界なら……。
退屈しないで済むかも知れない。
でも……結局、やっぱり俺は死ぬのか?
ただ死に場所が異世界ってだけで……。
「グガァァァァァァァ!!!」
モンスターの群勢は、すぐ目の前まで来ていた。もう二十秒もせずに俺に触れるだろう。
あんな集団に襲われたら、大怪我どころでは済まないだろう。なまじトラックに轢かれる方がまだ助かる見込みがある。
(ヤバイ、死ぬっ……)
俺は悟り、ギュッ、と、目を瞑る。
その瞬間。
フワッ。
と、また妙な浮遊感に襲われた。
(今日はまたよく浮かぶな)
と、心の中で呟く。
自分でも呆れる程、呑気なものだ、全く……。
……ん?
何だか腹の辺りが痛い。
モンスター共に腹を当てられたか?
いや、それにしてはそれ程激痛では無い。
何と言うか、締め付けられる感覚だ。ちょっと苦しい。
痛みのする方に手をやると、ひんやり、と、して硬い物に触れた。ゴツゴツしてツルツルしている。
目を開けると、俺の目の前の風景が物凄いスピードで流れていた。
……いや、俺が動いているのか。
しかし、俺の両足は地に付いておらず、両手もブラブラ、と、なかば四つん這いになって浮かんでいた。
(何だよ……死んで翼でも生えたのか?…)
だとしたら、俺は今、ずいぶん滑稽な姿で飛んでいるのだろう。
四つん這いで羽を羽ばたかして空を飛ぶ男……。
この世界ではどう思われるかは分からないが、少なくとも俺の居た元の世界なら、酷く可笑しい。想像しただけでも笑いが込み上げてくる。
飛び方も変だ。ユッサユッサ、と、上下に揺れ進む。
その原因は俺の右側にあった。
右側に熱い物を感じたので触ってみると、ザラザラ、と、している様な、スベスベ、と、している様な、よく分からない物がある。左の方へと目を向けると、毛むくじゃらの物があった。よく見ると、そこには真っ白い馬が、煩く蹄を鳴らしながら走っていた。どうやら毛むくじゃらの正体はこの馬の鬣の様だ。
更に目線を上げると、馬に跨がる『何か』が居た。
銀色の西洋甲冑で全身を固め、左腰に剣を帯びている。そして右手で手綱を引き、左腕で俺を担いでいる様だ。
(……何なんだコイツ?)
何で俺を担いでいるんだ?
そんな素朴過ぎる退屈な疑問が、俺の頭に過る。
後を見ると、さっき俺に襲い掛かろうとしていたモンスター達が耳障りな奇声を更に張り上げ、追い掛けてくる。
目線を甲冑に戻す。
何故かコイツは何も喋らない。顔も冑で覆っている所為で、顔も表情も伺えない。
人間なのか、モンスターなのか、はたまた別の何かなのかも分からない。だから恐怖も安心感も湧かない。
ただただ何とも複雑な気持ちで、俺は揺られていた。