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第一劇「救死」

死。


それは始まり。

 ……暗い。


 夜なんて生易しいものでは無い。本当に真っ暗だ。闇、暗黒、漆黒……。

 これらの言葉がこれ程似合う状況は、普通の生活の中ではまず体験する事は出来ないだろう。


 恐い、と、思う位暗かった。始めて暗さに恐怖を覚える。


 寒くも無く、暑くも無く、涼しくも無く、暖かくも無く、かといって温くも無い場所だ。そして暗い。


 目を閉じても開いても、変わらず暗い空間。どちらも暗いなら面倒くさいし、目を閉じていよう。重くも軽くも無い瞼がゆっくり閉じられる。


『おやすみなさい、勇者よ』


 と、突然聞き覚えの無い声が、頭の中で反響する。

 全く知らない声の筈なのに、何だか妙に、落ち着く声だ。


(誰?…)


 と、無意識の質問は触れられる事無く、謎の声の話は続いて行く。


『これから、いろいろと大変な事がおこると思いますが、まぁ……大丈夫、貴方ならきっと……』


 全神経が、優しくとかされる感覚。


『私を見つけてくれるわ』


  そして何より、恐ろしい程優しく、異様に安心する暖かいこの声。


(何の……誰の……声だろう?…)

 その疑問が、この場で拭われる事はなかった。

 目を閉じたまま、声のする方へ手を伸ばすと、謎の声は突然ぷつり、と、消え、目の前は更に一段、暗くなった。


 意識がふっ、と、消えた。


 *****


「ううぅ……ん……」

 気が付くと、俺の目の前に広がっていたのは、綺麗な空だった。真っ白な雲がちりぢり、と、浮かんでいる。

  眼前に広がる蒼穹そうきゅうの空に、俺もついうっかり。


「……天晴れ」

 と、口走ってしまった。

  それ程本当に綺麗なのだ、仕方ない。

 もしも自分が詩人か小説家なら、きっとこの場で素晴らしい作品を作り出す事が出来るだろう、と、思ってしまう程澄んだ空だった。

 風も柔く暖かく、気持ちがいい。


  しかし、ここは何処なんだ?

  俺は数時間前の記憶を辿る。


 *****


  朝一で愛読しているマンガの最新巻を買おうと、起床するとすぐ朝食もそこそこに、近所の行き付けの本屋へと出掛けた。その日の来客第一号として、祝福される事なく自動ドアを通り抜け店内へと無事入店する。

 レジに気だるく立っている店員が「いらっしゃいやせぇー……」と、言いながら、俺に冷やかな視線を刺す。休日、開店一番に来店した俺を見て「暇人め」と、言った無言の悪態を突く。俺はそれを華麗にスルーする。全く……この店の店員はホント態度が悪過ぎる……今度マジで店にクレーム入れてやろうか?…あ、また睨みやがった……。

 まぁ、店員はともかく、この店の素朴な雰囲気と、品揃えは素晴らしい。大人気な流行りのマンガから、ローカルな海外サスペンス小説まで、何でも揃えられている。

 活字中毒でもある俺には、素晴らしいの一言だ。

 品揃えもクソならこんな店論外だ、行く価値も存在する価値も無い。

 俺はそのままお目当てのマンガが置いてあるコーナーへと、足を運ぶ。ちゃんとあった。やはり流石だ、この店は。マンガを手に取り、レジへと向かう。


 俺が愛読しているのは、漫画家歴三十年のベテラン作家の黒澤安芸秀くろさわあきひでの代表的作品、『Attack of God-神の進撃-』と、言う漫画だ。

 主人公が様々な時代に行き、そこで起きる戦争の未来を変えて行く物語だ。

 絵もかなり綺麗なうえ、軍隊や兵器の描写、登場する戦艦や銃や刀剣の量の豊富さが、俺のミリタリー魂を鷲掴みにした。俺が尊敬する人でもある。


 レジに突っ立っている店員に漫画をさしだす。

 店員は、本の裏側のバーコードにレジのスキャナーをピッ、と、付けた。

 レジに表示される値段を気怠そうに確認すると、


「えーと……四千二百円ッス」

 と、店員。


「ぼったくりか」

 と、俺は当然のツッコミ。

 二百五十頁程度の単行本一冊にそんなに掛けていては、すぐに破産する。

 勿論、四千二百円もする訳はない。


「……ちっ…四百二十になりまーす」

 と、舌打ち混じりに不服そうに、メンドくさそうにに店員がいう。


 四百二百円ぴったり。店員の前に出す。


「丁度いただきやーす、あざしたー……」

 と、ふざけた態度の店員。

 レシートを渡される。レシートを財布にしまうと、何故か店員は自分のてのひらを差し出す。親指と人差し指を擦る。まさか、チップを貰おうとしてるのか?正気か?ここは日本だ。それ以前に、お前のその接客態度で貰えると本気で思っているのか?冗談だろ。


 俺は露骨に無視した。

 店員の全く隠す気の無い舌打ちが耳に入る。

 帰ったら店側に電話しようと決めた。


(もう来たく無いけど、また来るんだよなぁ)

 と、心の中で呟く。

 品揃えの良さには敵わない。


 そのままマンガの入った袋を手に、駐輪場に足を運んだ。 ポケットを漁り、自転車の鍵を取り出したとき、ふと、横に目をやると、近くの交差点を歩く可愛らしい女の子の姿が目に入る。見た感じ、幼稚園生くらいに思える。


 決して、決してだぞ。俺がロリコンの類とかそういう訳では無い。

 ただたまたま、偶然目に入った。


(一人で何してんだ?こんな朝早くに――!)


 突然、戦慄が走った。背筋が凍る。息が詰まる。


  その女の子は赤信号の交差点を、あろうことか止まりもせず歩いていた。


  ブォォォン。


  はっ、と、すると、馬鹿デカイ10tトラックが、爆音を上げ少女に迫っていた。このままでは彼女が轢かれてしまう。


  俺は声を上げる前に、動いていた。


  普段のやる気無い、無気力で非生産的な自分からは、有り得ない程の、判断力と行動力だった。


「間に合えぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 俺はマンガを放り投げ、一目散に駆け寄る。間一髪で、女の子の元に間に合った。


  しかし、トラックは俺と女の子のスグ側まで迫っていた。


  女の子が怪我をしない事を祈りながら、俺は仕方無く、女の子を突飛ばし、歩道へと押し込む。


  女の子が歩道へ倒れたのとほぼ同時に。


  ドンッ。


  トラックが、俺の身体を轢き跳ねた。


  跳ねられた衝撃で、ふわっ、と、身体が浮かび、気持ち悪い浮遊感に囚われた。

  しかし、それも一瞬。


  ズジャァァァァ。


  と、イヤな音。

  派手な擦り音を鳴らしながら、俺は固いアスファルトの地面に叩き付けられた。


 トラックに跳ねられるとこんな感じなのかぁ……。

 と、俺は呑気に、そんな事を考えていた。

  不思議と痛みは感じなかった。いや、痛過ぎて逆に感じなくなったのか?…

  どちらにせよ、今の俺はとんでもなく、痛々し姿になっているだろう。

  頬を触ると生暖かい、ヌメッとした感覚が、指に伝わる。

  服の破片や赤い塊が、アスファルトの凹凸に、ペンキをぶちまけたかの様にへばりついていた。

 身体がピクリとも動かない。骨もかなり折れている、と、思う。

  そして、自身の身体から川の様に流れる紅い血を見ながら、俺は悟った。


(死ぬのかな?)

 そう頭に過る。


  人を救けて死ぬとは……我ながら感心してしまう。


(人生の最期の最期で……すっげぇ刺激に……いやでも、物理はあんまり――)


「……あ……………」


 さっきまで虚ろだった意識が、いよいよ鮮明に、薄れてきた。


(思えば、呆気ない人生だったなぁ……)


 ホント、特別何か大それた事もしてないし、親孝行もしてない。彼女も作れてない。狙っているモデルガンも買ってない。告白もしていない……。

 別に死にたい訳ではない、マンガもまだ読んでないし。


  だが決して、死にたくない、とも、思わなかった……。


  ふっ、と、とてつもない睡魔に襲われ、俺は瞼を閉じた。


  (やっぱり……死ぬのか)


  ふわり。


  一瞬何か、白い羽の様な物が一つ、目の前に落ちた気がする。天使か?

  しかしそれも、最早どうでもいい事だ。


  ――もう、疲れた。


  こうして、俺、諏訪竜太すわりゅうた17歳の人生の幕は、呆気無い程突然に、閉じた。

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