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プロローグ「退屈で平凡な世界」

退屈。


それは平和。

  退屈な世界。

  ああ何て退屈な世界。


  何の独創性の無い、単調過ぎて気が狂いそうな世界。

  酷く、脆く、儚く、壊れやすい世界。

  暑く無くて寒く無くて、でも、暑くて寒い世界。

  泣いたり笑ったり、怒ったり恋したり、する世界。


  嗚呼ああ何て退屈な世界。


  何時も何処か、そう思っていた。

  刺激の少ない、この平凡な日常。


  退屈だ。

  でもそれはきっと、とても幸せな事なのだろう。


  世の中には、悩みや不安、嫉妬と羨み、妬みや怨み、重圧やプレッシャー、期待と強制、暴力や孤独……。

  それらの理由で、自ら命を断つ者も、決して少なく無いと言うのだから。


  それらの事も、夢も、背負う物も何も無い、平和で平凡で凡人な自分は幸せなのだろう。

  これ以上の幸せを望むのは罰当たりなのかも知れない。


  でもやっぱり、退屈だ。


 そう、退屈だ。

 そう、あの瞬間ときまでは。

 そう、あの瞬間とき

 全てが終り、変わり、そして、始まった、あの瞬間ときまでは。


 憂鬱で、億劫で、狂おしくて、退屈な日常からの、開放の報せ――


 *****


 ……退屈だ――


 何時も通りに起きる朝、何時も通りに揺れる通学電車、何時も通りに騒がしい教室、何時も通りに憂鬱な授業、何時も通りに暇になる放課後……。


 退屈しかなかった。


 何時も通りに流れ行く時間。こうして何もせずボーッ、と、してても、時間は無表情に流れて往く。

 退屈過ぎて、二十四時間が永遠に感じてならない日々。

生きているのか、死んでいるのかすら、偶にだが分からなくなる程の憂鬱。


 中学生の時、退屈で堪らなくなった俺は、担任の教師に相談したことかある。


「退屈?高校にいけば、それなりに楽しめる筈だぞ」

 と、その担任はそううそぶく様に言った。実際そうだった。


 だがそれは一瞬の事だった。ただ環境が変わっただけの錯覚で、殆んど何も変わらなかった。

 中学ど同じく億劫で気怠い朝、中学と同じく他愛の無い気軽な友達、中学と同じく気の滅入る授業……。


「……ウソじゃ無かったけど、ウソだったな」

 と、一人呟く。


  そんな事をふと思いだしながら、俺は教室の窓の縁に項垂れ、外に流れる何時もの風景を眺めていた。

  空はとっぷり、と、赤々と染まっている。

  そんな夕空の下、 声を張り出し、夕日に照されながらボールを投げ、バットを振る野球部員達。

  汗を流しながら、笑顔で青春を謳歌する彼等はまさに、刺激に満ち溢れているだろう。痛くて、辛くて、苦しくて、悔しくて、それでいて、楽しくて、嬉しくて、やり甲斐のある刺激。


  少しばかりの羨みを感じながら、視線をずらす。


  グラウンドの区切りにある、錆び付いた網状のフェンス。

  そこに、フェンス越しに輝かしい笑顔で部員達に声援を贈る、女子生徒が居た。

 白い肌に、長い黒髪、見つめていると、引き込まれそうな程、黒く大きな瞳の美少女。


  舞桜才歌まおうさいか

  俺の意中のひとだ。


  名前の通り、まさに才能に満ち溢れる女で、学園のアイドル的存在であり、おまけに成績優秀でスポーツ万能、更には生徒会長を務めている。まるで絵に描いた様な、マンガや小説には在り来たりと思う程、現実離れした完璧過ぎる女だ。

 彼女の笑顔を見ていると、退屈な時が経つのを忘れ、自分が生きている事を確認出来る。時間の流れが止まる事はないが。


  彼女はきっと、刺激溢れる毎日を過ごしているんだろう。あんなにも、何時も笑顔なのだか。退屈なんて、したこと無いんだろうなぁ。羨ましい。


  夕暮れの柔い風になびく黒髪。

  それの姿を見ただけで、思わず「あっ……」と、声が出て、胸の鼓動が高まる。頬が熱くなる。


  高嶺たかねの華。


  そんな事、言われなくとも分かっている。

  だがそれでも、どうしようも無く、好きなのだ、大好きなんだ。

 好きなのだが……。


  いまいち、告白する気になれない。


 勇気が無い、と、言うのも勿論あるが、だがそれ以上に、『俺なんかが告白なんてしていいのか』と言う気持ちが大きい。

  ……いや、何だかそれ以外にも、何かある気がする。何か俺の心の中に、引き止める何かがある気がする……。

が、とりあえず今は置いておこう。とりあえず。


「おーい、黄昏ヤロー」

 と、とある友人の声が耳に入る。


  俺の周りに居る奴等は楽しそうに見える。


  無論、俺だって仲のいい、何時もつるんでいる友達と他愛も無い、くだらない馬鹿話をしている時はとても居心地いいし、何より楽しい。かけがえの無い時間だ。


「帰ろーぜ」


「ああ」


  だがしかし、それは自身の欲求を充たす刺激には決して至らない。満足出来ないのだ。

 何か……何かある筈なのに……。

  だが、だからと言って、その刺激を充たす『何か』が明確に分かっている訳では無い。

  ひょっとしたら、彼女に思いを告げればいいのでは?…

 そうすれば、無性に刺激を渇望するこの気持ちを、どうにか出来るのでは?…

 

 そんな選択肢も無かった訳では無い、思わなかった訳でもない。しかし……やっぱり駄目だ。


  天才優秀優等、才気才能溢れる彼女に。

  普通平凡平均、何も突飛した、優れた物を持たない凡人の俺なんかが……。


  告白など、甚だしい。

  そんな思いが、俺を止まらせる。

  そう思いながらの帰路。何時もと同じ時間、同じ道。


「じゃ、また来週な、お疲れー」


「おう、お疲れさん、じゃ……」


  友人と別れ、一人歩く夕暮れの歩道。交差点で止まる。横切る乗用車。揺れるアスファルト。剥げた道路標示。

  夕陽で目の前に黒く、長く、大きな影がゆらりと出来る。

  それはまるで、もう一人の自分を見ているかの様だった。


 *****


「ただいま」

 靴を脱ぎながら、何時もの帰宅の言葉を呟く。

 玄関の風景は、今朝と全く変わらない。

 その事に、心地よい安心と、少しの落胆を感じた。


「お帰りなさい、早かったわね」

 エプロン姿の母さんが出迎えてくれた。

 母さんも変わりない。


「別に早くないだろ?何時も通りだよ」


「あら、そうかしら?」


「父さんは?」

 制服を隣の部屋のハンガーに掛けながら、母さんに訊ねる。


「もうすぐ帰るって、さっきメールが来たわよ」


「そっか」

 俺は何時も通り、素っ気なく返す。


 俺の家は4人家族。

  父さんと母さん、俺に、そして妹だ。

  父さんは普通のサラリーマン、ブラックでもホワイトでも無い、グレーな出版会社に勤めている。高給取りでも無いがでも稼ぎが悪い訳でもない、本人曰く、平凡で真面目な社員らしい。


 母さんは特別若くて綺麗、と、言う訳では無いが、何時も溌剌はつらつとして、たまに煩いと思う程だ。まぁ、そこが母さんのいい所でもある。

 家は普通の住宅地に軒を連ねる普通の一軒家。

 少し違う所と言えば、とてもとても、それはもう可愛い妹がいて、その妹がもう2年近く行方不明だという事だ。


  2年前、妹は突然姿を消した。

  警察は、家出やら誘拐やら殺人やら、色々な事言ってたが結局、妹は未だに戻って来ない。

  しかし俺を含め、家族全員、妹は死んでいない、そう確信していた。

  いや、違うかも知れない。

  認めたく無いだけなのかも知れない。

  仮に、最悪の場合だったとしても。


  暫くして、父さんが帰って来た。


  そして夕食。

  三人の夕食。


  人間とは恐ろしい生き物だ。

  どんなにイヤな事でも、どんなに哀しい事でも、暫くすれば、慣れて仕舞うのだから。

  いや、慣れたのでは無い。

  感じたく無い。忘れたいだけだ、哀しい記憶を、無神経に。煙を振り払う様に。


  夕食を終え、風呂に入り、物の散乱するベットに横たわる。


「ふー」

 今日も疲れた。

 特に何かあった訳では無いが。


(明日は土曜か……)


  壁に掛けているカレンダーを見ながら、ふと小用を思い出す。

  明日は丁度、俺の愛読している漫画の最新巻の発売日だ。

  特に予定は無いし、朝一で行くのも悪くない。

  俺は、愛用しているWeb小説投稿サイトのお気に入り作品の最新話がまだ更新されていない事を確認すると、ベットへと足を運ぶ。


  午前0時2分。


 何時もと変わらぬ就寝時間。

 

  (邪魔だなぁ……)


  ベットの上に放ってあるミリタリー特集の雑誌を机の上に投げ、片付いた所で改めてベットに身を投げる。


  明日は何か、刺激があるといいなぁ。


  心の中で、小さく呟いた。

  こうすれば、もしかしたら夢の中でも、何か刺激に出会えるかも知れない。そんな淡い期待を込めての、実現した事の無い、毎晩の日課。


  電気を消し、瞼を閉じる。

  ゆっくりと、眠りに就く。


  そして、この淡い期待は、次の日見事叶えられるのだ。

  しかし、それは同時に、平穏だった日常の崩壊と、有り得ない、騒がしい新しい日常の始まりでもあった。


  この時はまだ、誰も知る由も無い。

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