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B:Lue ~図書室の女王、夢見の人形~  作者: 湊波
図書室の女王、夢見の人形 ―the Truth ... the queen has, the doll dreams-
55/55

act.15-1

***


 朝。七度響き渡った鐘の音が澄んだ空へ消えていく。外は騒がしく、この前来た時の静けさが嘘のようだ。馬車で、歩いて、あるいは小走りで、行き交う人々の身なりは少しばかり貧しい。それでも老いも若きも、男女問わず、ひどく活気があった。

 その中でソラは顔を上げる。目の前の扉を見つめる。

 どうすればいいのかの、腹は決まっていた。

 何度も何度も練習したことだ。頭のなかで。

 水辺特有の湿った空気を吸う。吐く。古びたドアノブに手をかける。間を置かず二度、扉を叩く。


「すみません、ルイスさんはいらっしゃいますか?」


 返事はない。ここまでは予定通りだ。

 一瞬、前回来た時のことが頭をよぎって、ソラは身を強ばらせた。

 だがすぐに首をふり、ドアノブを回す。扉を引く。

 正確には引こうとした。

 その拍子に、扉が内側から開く。


「っ……!」

「だからクァラ。朝の食事はいらん、と何度言えば、」


 間抜けなことにその瞬間、男とソラは図らずも固まってしまった。

 ソラの方は、まさかこんなに素直に男が――ルイスが出てくるとは思わなかったせいで。

 ルイスの方は、恐らくソラが再び訪ねてきたという事実に。

 時間が止まる。

 数秒。

 そして。


 ルイスが高速で扉を閉めようとする。その隙間になんとか両手をつっこんで、ソラは無理矢理笑顔を浮かべた。


「お、はようございます! 今日もいいっ天気ですね……っ!」

「っ、なんでお前なんぞがここに来てっ、るんだっ!」

「お話したいことが、あってですね!」

「俺にはないっ!」

「残っ念っ! 僕にはあるんでっ!」

「うるさい! お前なんぞに構ってる暇などない!」

「いいからっ、扉をっ、開けろっ!」


 ソラは全身全霊を込めて扉を引く。半身を滑りこませる。ルイスがわずかにたじろぐ。その隙を見逃さず、さらにもう半歩踏み込む。家の中に入る。後ろ手に扉を閉める。

 ソラは顔を上げた。

 薄暗い部屋だ。窓から差し込んでいるのは朝日のはずなのに、くすんだ光しか部屋には届かない。窓辺の近くのテーブルの上には灰色の花瓶が一つ。しなびた花が挿さっていて、くしゃくしゃになった花弁を床にも散らしていた。


「なんでお前がここに……」


 呆然とした風のルイスだったが、やがて、ふい、と顔をそらした。


「とっとと帰れ」


 突き放した声音に、ムッとしてソラは眉を吊り上げる。


「用があるって言ってるだろ」

「生憎だな。こっちには用はない」

「僕にはあるんだってば」

「ほう、どんな?」

「あんたは、」

「待て。話すのはいいが、それは女王に知られてもいい話なんだろうな?」


 あんたは、(ドラゴン)と関わってるのか。勢い込んでソラがいいかけた時だった。ルイスがジロリと睨んできて、ソラは眉をひそめる。


「……どういうことだよ?」

「女王に監視されている」

「は?」

「女王の持つ魔法の本には、この世で起こる全てが書かれている。国全体を揺るがす大事件から、子供同士の小さな約束まで。陛下はなんでもお見通しだ」


 魔法の本。そう言われて、ソラは思い出した。

 イシュカに来た初日。そもそものことの発端だ。初めてシェヘラザードとハールーンに会って、死罪を言い渡された。

 あの時、シェヘラザードは奇妙な本を持っていなかったか。翡翠色の表紙の。それを読むなり、ソラ達がなぜイシュカにやって来たのかを当ててみせた……。

 ルイスが鼻を鳴らした。


「心当たりがあるようじゃないか。え?」

「それは……」

「もう一度訊かせてもらうが、お前の話は女王に知られていいことなのか?」

「っ……」


 いい、はずがない。もしもルイスが竜と関わっているとしたら。彼がそう答えたとしたら。

 顔を青くするソラに、ルイスは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

 ソラの腕を乱暴に掴み、扉の方へ引きずって行く。


「その分だと、お前も話すことはないようだ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「とっとと帰れ。二度とここには来るな」

「だ、駄目だ! このまま帰ったらアリスが!」

「はっ! なら尚のこと私とは関係ないな!」

「なんでだよ! あんた、アリスの父親なんだろ!」


 ルイスの動きが止まる。

 窓から差し込む鈍い光を弾いて、細かな埃が舞い踊り、床に落ちる。

 淀んだ空気が僅かに震える。


「あいつは……人形だ。人形に父親などいない」

「っ、人形って……! あんたまでそんなこと言うのか!」

「お前に何がわかる!?」

「分からないから、聞いてるんだろ!」


 振り返ったルイスはソラの胸ぐらを掴んだ。

 銀灰色の目は怒りに燃えている。

 ソラはその目を真っ向から睨みつける。

 なぜだ。なんでだ。

 なぜ、アリスを嫌う。

 なぜ、関係ないと言うんだ。


 本当に嫌うのならば、関係ないと言うのならば。


「ルイス・キャロル……! あんたは何をそんなに怒ってるんだ……!」

「っ……うるさい!」


 ルイスはソラを乱暴に突き放した。思わずソラは床に尻餅をつく。


「お前に話すことなどない……ただひとつも、これっぽっちも!」


 ソラから距離を置くようにルイスは後ずさる。

 そんなルイスを真っ向から見据えて、ソラは叫んだ。


「そう! それなら、勝手に探させてもらうよ!」

「……好きにしろ!」


 ルイスは乱暴に扉を開け、外へ出て行った。

 バタンと音を立てて無情に扉が閉まる。薄暗い部屋。その中でソラは拳を床に打ち付け、握りしめた。

 アリスは言っていた。いつかルイスを見返してやりたいと。

 その気持ちが分かる気がする。


「絶っ対、見つけてやるからな!」


 思い切り叫んだソラは勢い良く立ち上がった。

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