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B:Lue ~図書室の女王、夢見の人形~  作者: 湊波
図書室の女王、夢見の人形 ―the Truth ... the queen has, the doll dreams-
54/55

act.14.5 はじまる、前の夜

***


 牢から出されたソラは、人気のない大通りを歩く。

 夜も随分ふけていた。家々の軒先にかけられた灯籠ランタンの明かりは、今にも消えてしまいそうなほど頼りない。

 聞こえるのはソラの足音と、街中を流れる川のせせらぎだけだ。ひどく静かで、静かすぎて、それでも今のソラにはありがたかった。


 与えられた時間は三日だ。その三日の間にどうすればいいのか。

 ルイスに会う。彼をハールーンの元へ連れて行く。そうしてリュー達を助ける。

 その一方で、ハールーンを出しぬいて、アリスを助けなければならない。

 女王とハールーンにアリスを助けるよう頼む……のは、どう考えても無理だろう。

 かといって、女王と戦うのはもっと無理だ。勝算なんてない。

 じゃあいっそ、もう一回王城に忍び込んで、リュー達を助けて、アリスも一緒に水のイシュカを出るとか……?


 だからそれが出来れば苦労ないんだってば。自分に自分でつっこんで、ソラは宿にたどり着いた。

 振り仰げば、晴れ渡った夜空に幾つもの星が瞬いている。

 こっちは少しだって気が晴れないというのに。

 八つ当たり気味に深い溜息をついたソラは、窓の一つに灯りが灯っているのに気付いた。

 夜もずいぶん遅い。誰も彼も寝しずまっているはずの時間帯のはずだが。

 首を傾げたソラは宿に入り、階段を登る。

 そして立ち止まった。

 真っ暗な廊下に細い光の筋が一つ。あそこはたしか……共同の台所だっただろうか。こんな時間に誰が起きているのだろう。なんとなくそれが気になって、台所を覗き込んだソラは固まった。


「あ……えっと……」

「……なんなのです」


 台所のテーブルには山積みの書物が並べられていた。その山に挟まれて、不機嫌そうに顔を上げたのはアリスだ。

 この宿は警備兵たちのための宿舎の役割を果たしている。アリスがこの宿に泊まっていることも知っていた。

 けれど、まさかこの時間帯にアリスに会えるとは思ってもいなくて。


「もう、帰って来たんですか」


 口火を切ったのはアリスだった。うん、まぁ、とソラがまごつきながら返事をすると、アリスは一つ息をつき、立ち上がる。


「なんなのです? 歯切れが悪いのですよ?」

「や……そんなことより、アリスは何をしてたの?」

「何をって、仕事ですけど」


 そう言いながら、アリスはポットを手に取った。紅茶飲みます? そう問われて、ソラは反射的に頷く。


「あ、ありがとう」

「立ってないで、座りやがれなのです」

「う、ん……」

「…………」

「……ええと、アリス?」

「なんです?」

「その……仕事って、こんな時間までしてるの?」

「毎日のことなのです」

「でも、寝ないといけないんじゃ」

「人間なら、まあそうでしょうね」


 そうとだけ、答えたアリスは湯気の立つカップをソラに手渡した。


「まあ何はともあれ、出所おめでとう、なのです。どんな方法使って出たかは知りませんけどね?」

「……一言余計だよ」


 なんとかそれだけ絞り出したソラに、アリスは小さく笑う。

 カップを打ちつけた。乾杯、だなんて、そう言って。

 ソラはカップを両手で包む。水面に映る自分は頼りない顔をしていた。

 小さく首を振り、目を背けるように顔を上げる。


「その……アリスはさ、なんでそんなに仕事頑張るの?」

「なんなのです? いきなり」

「なにって……なんとなくだよ」

「うーん……諦めたくないからですかね?」

「何を?」


 ソラの向かいに座ったアリスが少し黙りこんだ。

 カップから立つ湯気が、少しだけ揺れる。


「ルイス・キャロルに、認めてもらうことを、なのです」

「…………」

「あはは! 何を妙な顔してやがるのです?」


 からりと笑ったアリスはカップを机に置き頬杖をついた。

 だって、腹が立つじゃないですか、と。少しばかり頬を膨らませて言う。


「会う度に娘じゃない、だの、とっとと帰れ、だの言いやがるのですよ? それならもういっそ、何も言えなくなるくらいに完璧になって見返してやるのです」

「完璧って……だから何でもかんでも仕事やってるの?」

「その通り。完璧になった私にぐうの音も出ないルイス・キャロル……フフフ……いま想像するだけでも胸が高鳴るってもんなのです」


 ……高笑いするアリスが想像できた。ソラは苦笑いする。アリスに軽く睨みつけられて、慌てて紅茶に口をつけてごまかす。

 それでも、ほんの少しだけ、安心した。自分のよく知ってるアリスだ。そんな気がして。


 あぁやっぱり僕が守らなきゃ。理由もなく、そう思いもして。


「何を妙な顔をしてやがるのです?」

「べつに、なんでもないよ」

「んんん? 超絶怪しいのです……」

「なんでもないってば。それより……仕事、手伝おうか?」


 返事はすぐになかった。ソラが顔を上げると、アリスが目を丸くしている。


「……どういう風の吹き回しなのです?」

「ちょっと……さすがにそれは失礼すぎじゃない?」

「やっぱりなにか下心があるとしか」

「あのねえ……!」


 流石に怒るよ? そう言いながらソラが椅子から腰を浮かせると、アリスが小さく噴き出した。


「ぷ、くくくっ……冗談なのですよ」

「……あのねぇ……」


 深い溜息とともにソラはがっくりと肩を落とす。やっぱり、怒ってもいいだろうか。

 そう思ったところで、目の前に崩れんばかりの書類の山を置かれた。


「と、言うわけで? 手伝うと言うからには全力でアテにするのですよ?」

「え……ちょ、多、」

「男に二言はないのですよね?」


 ニコリ。いつもの含みのある微笑みを見せられて、ソラは頬を引き攣らせる。


 ほんのすこしだけ引き受けたことを後悔する。

 そんな夜は、それでも穏やかに過ぎていった。

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