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B:Lue ~図書室の女王、夢見の人形~  作者: 湊波
図書室の女王、夢見の人形 ―the Truth ... the queen has, the doll dreams-
51/55

act.12

***


 アディリティア。


 シェヘラザードが呟いた言葉に、聞き耳をたてていたソラとカイは顔を見合わせた。


「アディリティアって……もしかしてノイシュさんが言ってた……?」

「だと、思うけど……」


 不安げなカイの声に、ソラは頷いた。

 思い出すのは、ルーサンとチモシーを助けに行った時のことだ。

 仲間を倒され、追い詰められたノイシュが叫ぶ姿。

 蒼い本を手に持って。

 アディリティアと、そう叫んで。


 そして、穢れた黒色と血の如き赤い瞳を持つ、ドラゴンが現れた。


 ソラは顎に手を当てる。


「……ってことは、ノイシュが竜を喚び出したってこと……?」

「え、でも、そんなことできんのかよ?」

「それは分かんないけど……」

「面白そうな話をしてるじゃねぇか」


 扉の外から響いた不機嫌な声に、ソラとカイは肩をすくめた。

 二人揃って、ぎこちなく首を向ければ、部屋の入口に、腕を組んで立つ少年が見える。


「げ、ハールーン……」

「……ただの料理人見習いの分際で、俺の名を呼び捨てとは、いい度胸だ」


 水の国イシュカの龍はピクリとこめかみを震わせ、唇を釣り上げた。


「お前ら二人とも、職務放棄の上にシェラの話を盗み聞きとはな……覚悟はできてんだろうな?」

「おうおう! なんだ! やろうってんなら受けてた、」

「馬鹿なこと言ってないで逃げるよ、カイ!」

「ちょっ、ソラ!? なんでだよっ、ぐえ!?」


 喚くカイの襟首を掴んでソラはかけ出した。

 出口はもちろん一つだ。

 カイの顔が青ざめた。


「え、ちょ、待てソラ! ま、まさか窓から飛び降りるとか言わないよな!?」

「それ以外に逃げ道ないだろ!?」

「逃げるんじゃなくて、戦えばいいじゃん!」

「龍相手に、何が出来るっていうんだよ!」

「それは!」


『水よ、彼の者を掬え!』


 ハールーンの苛立たしげな声。その直後だ。

 飛び降りようとした窓の外で、水柱が立つ。

 水柱は、またたく間に拳のような形をした。

 蛇のごとくゆらりと揺れ動き、ソラたち目掛けて振り下ろされる。

 それにカイは悲鳴を上げ、ソラは奥歯を鳴らして。


「カイ、歯くいしばって!」

「い、いやいやいや! なんで窓の方に向かってんの!? なんか訳わからん手があるし! や、それ以前に俺高いとこ苦手だっ、てぇぇぇぇぇ!?」


 カイを窓から放り出す。

 ソラも空中に身を躍らせる。


 刹那の間を置いて、窓に拳がぶつかった。


 城壁に大砲がぶつかったような音。ガラスの割れる音。それらを響かせて。狙いを掠めた拳は破裂する。ただの水となって、庭に降り立ったソラ達に降り注ぐ。

 万事休す--

 上を見上げてソラは冷や汗をかく。


「これは夢これは夢これは夢……」


一方カイは、地面に尻餅をついたまま目を閉じてブツブツと呟いている。

怪我は、ないようだ。それにソラは一安心するが。


「ちょっと、カイ! ふざけたこと言ってないで立って!」

「はっはっはっ……なーにあわててんだよソラ? これは夢だろ? 夢なんだろ? そうだよな、高いとこから落ちるとかさ……」

「現実逃避してる場合じゃな、」


『水よ 流転しろ』


 ハールーンの声。水が凍りつく澄んだ音。

 ほとんど直感で、ソラは飛び退った。

 その直後だ。カイとソラの間に刃のごとく切っ先の尖った氷の塊が突き立つ。

 ちょうど、遠い目をしているカイの頬をわずかにかすめて。

 カイの顔が驚愕で青ざめた。


「……夢じゃない、だと……?」

「馬鹿なこといってないで走る!」


 ソラの声を合図に、二人はばらばらの方向に走りだした。

 庭からはどんどん氷の塊が降ってくる。ハールーンの舌打ちとともに。

 どうすれば。走り回りながら必死にソラは頭を巡らせた。

 とにかくここから逃げなくては、いずれジリ貧だ。城の中にひとまず入らなければ。どのみち、一度城を出れば、もう二度と入れないだろう。なら、逃げながらリューとジンを探す必要がある。あぁけれど、中の方が追手が増えるんじゃないか--


「ソラ!」


 その時だった。

 声がした。

 聞き慣れた、けれど久しく聞いてない声だった。

 きっとそのせいだ。顔を上げ、声の主を見つけたソラは不覚にも少しだけ泣きそうになった。


「ジン!」


 バルコニーから身を乗り出したジンは少しも変わっていない。

 物言いたげな目をしていた。どうしてここに、だなんて今にも言い出しそうだ。ソラだって、話したいことは山ほどあった。が、逃げ回っているこの状況で、結局口をついて出てきたのはこの言葉だけだった。


「ジン、飛び降りて!」

「む……!?」

「逃げるんだよ! 一緒に! ここから! リューもこれから助けて、それで! また皆で一緒に…!」

「これはこれは、なかなか盛り上がる展開だな」


 返事は、ジンの背後から聞こえた。

 車いすに腰掛け、優雅に自分たちを見下ろす女性に、ソラは顔をしかめる。


「シェヘラザード……!」

「さしずめ、勇猛果敢なる騎士に助けられる囚われの姫、といったところかな? ジンよ」

「っ……」


 ジンの顔が僅かに青ざめた。顔を俯ける。なにか、変だ。ソラは直感的に思った。

けれど逃げ回っているこの状況で、深く考える余裕はなく。


「ふざけてる場合じゃねぇぞ! シェラ!」


 ハールーンが苛立ったようにシェヘラザードの方へ身を乗り出した。

 対するシェヘラザードは澄ました顔で肩をすくめる。


「そうかね? 我が龍殿」

「そうだろ! こいつら、隠れてこそこそ盗み聞きしてたんだぞ! イシュカ国法第三十二条、盗聴罪違反だ!」

「成程。その主張はもっともだが、この状況で再会を邪魔するというのも無粋だな……」

「っ、シェラ!」


 ハールーンが焦ったように声を上げる。シェヘラザードは思案するように目を閉じる。

 術者が動揺したせいか、氷の塊が降り注ぐのも止まった。

 そのせいもあってだ。

 ソラもカイも、同じことを期待した。期待してしまった。

 が。


「――まぁ、ここで素人二人に逃げられたとあっては、王宮の警備に傷がつくだろうしな」


 目を開け、藍色の瞳を輝かせたシェヘラザードはゆったりと片手を掲げた。

 微笑む。そして、唇を動かす。


『水よ 数多かけ全てに宿りし 流転の雫よ――』


 紡がれるは、流れる水の如き、清らかな歌。


「ソラ!」

「っ!?」


 シェヘラザードの紡ぐ歌に耳を奪われていたソラは、鋭い声とともに、カイに押し倒された。

 今しがた、ソラが立っていた場所に氷の塊が突き刺さる。


「あっぶな……」

「ご、ごめん、カイ」

「いいけどさ……! それより……!」


 ソラと共に立ち上がったカイは、後ろを振り返った。

 カイが睨みつける先には、窓辺からひらりと降り立ったハールーンの姿がある。


「なにすんだよ! さっきから! こっちは武器持ってないってのに、卑怯だぞ!」

「卑怯? 相手より優位な立場に立つことは戦略上必要なことだろ」

「そんなの、ただの一方的な虐めじゃねぇか! 戦いってのは、もっと誇りがあるもんだろ!」


 カイの言葉に、ハールーンは静かに目を瞬かせ……思い切り噴き出した。


「ぶっ……はははっ! 何だよソレ!」

「っ……何がおかしいんだよ!?」

「おかしいとこだらけだろ! 戦いに誇りだぁ? 笑わせてくれるな!」


『水よ』


 ハールーンが右手を無造作に上げる。軽やかに唱える。ただそれだけのことで、空中で制止していた無数の氷の刃の切っ先がソラ達に向けられる。

 そうして、ハールーンは口角を釣り上げた。


「戦いに誇りなんざ綺麗なもんはねぇよ。生きるか死ぬか、それだけだ。なぁ、ぼうや?」


 その言葉を皮切りに、氷の刃が再び降り注ぐ。

 ソラは慌てて逃げようとした。

 だが、カイは違ったらしい。


「あったまきた……!」

「ちょ、カイ!?」

「あいつ、一回殴んねぇと気がすまねぇ!」

「待ってよ! 殴るって、そんなのでなんとか出来るわけないだろ!」

「だからって、このまま引き下がる訳には行かねぇんだよ!」


 ソラの制止を振りきって、カイはハールーンに向かって駆け出す。

 ハールーンは少しだけ眉を跳ね上げたが、それだけだった。

 カイが拳を振り上げる。それを見越したかのように、氷の刃がハールーンを守るように地面に突き立つ。カイもそれを見越していたのだろう。距離をとり、回り込もうとした。だが、その進路もことごとく氷の刃に阻まれる。

 傍目から見ても、カイが遊ばれているのは一目瞭然だった。

 相変わらずシェヘラザードの軽やかな歌も続く。それが終われば、何かが起きるのは間違いなかった。ルーサンが風の魔法を使った時のことを思い出す。

 あの時も、ルーサンの詠じた呪文は長かった。そうして現れた風の魔法はドラゴンをも倒した。

 呪文が長ければ長いほど、より強力な魔法が現れるのだとしたら。


「っ……!」


 ソラは首を振った。弱気になって、立ち止まりそうになる気持ちを叱咤する。

 顔を上げる。

 ジンへ視線を向けた。何故か彼女は怯えたように体を震わせる。

 だが、ソラはそれに気づかなかった。


「ジン! 早く! 飛び降りて!」 

「そ、ソラ……私は……」

「なにしてるんだよ! まさか高いところが怖いとか!?」

「違う! そうじゃなくて……!」

「じゃあ!」


 息巻くソラにしかし、ジンは何故か目を伏せた。

 服の裾をぎゅっと握りしめる。


「わ、私は……行けない……」

「っ、え?」

「行けない……行っちゃ、いけないんだ……あの時みたいにならないように……!」

「は……!? な、」


 なにを、言ってるんだ。そうソラが言いかけた時だった。

 不意に、体中に冷気が走る。

 殺気だとか、そういうものではない。

 物理的な寒さ。冷たさ。


 体中の全ての水が凍る。体が凍る。動けなくなる。そんな、感覚がして。


『……全てを巡り 凍てつかせ 我もとにひれ伏せ――氷縛カタレプシー


 シェヘラザードの詠唱を最後に、ソラの意識はふつりと途切れた。

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