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B:Lue ~図書室の女王、夢見の人形~  作者: 湊波
図書室の女王、夢見の人形 ―the Truth ... the queen has, the doll dreams-
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46/55

act.7

***


 働かざるもの食うべからず、という言葉がある。

 ソラたちを引きずって歩き出した銀髪の少女――アリスが言いたいことも、まさにそれだったらしい。

 連れて行かれたのは、役所だった。

 役所の仕事紹介所だ。

 しかもただ仕事を紹介するだけでなく、自分に最も向いている職業をこれまでの経歴から探してくれる。

 そこまではいい。

 いいのだが。


「納得がいかねぇーーー!」


 役所の中庭。凝った意匠の彫り込まれた噴水の下。

 そこで白い紙を握りしめて、カイが叫んだ。

 昼間の市役所は人通りが多い。一斉に周囲の視線が突き刺さる。

 もう、いつも通りすぎる展開にうんざりしながら、ソラはカイに白い目を向けた。


「……ねぇ、いい加減、その無駄に大げさな反応やめてほしいだけど」

「なにが無駄だ! 俺の心の叫びなのに! 魂の叫びなのに!!」

「ちょ、暑苦しいから、こっちに来ないでよ!」

「なんで俺にオススメの職業が料理人なんだーっ!」

「だまらっしゃいなのです!」


 ごん、とソラとカイの頭の上にげんこつが降ってきた。

 地味に痛い。というか。


「なんで僕まで……」


 ソラはアリスの方を恨みがましく見やった。

 仁王立ちした銀髪の彼女と目が合う。

 可憐な笑みを浮かべられる。


「な・に・か?」

「……別に」


 背後に般若の面が見えた気がして、ソラはさっと目を逸らした。

 カイも同じ気配を感じ取ったはずだ。喉の奥で小さく悲鳴を上げて体を震わせる。

 それでも……どうしても納得がいかなかったのだろう。


「な、何かじゃねぇよ……俺にだって言いたいことが……」

「ええぇ? 職にもついてないおこちゃまが何を言いたいことがあるのです?」

「や、だ、だってだぜ? 料理人って、俺っぽくないじゃん? 将来的には勇者の予定なんだぜ? 世界とか救う予定なんだぜ?」

「へえぇ? で?」

「で……? え、えっと、だから料理作ってる場合じゃな」

「でも今までもご実家の宿屋で料理していたのですよね?」

「え、まぁそれは」

「魔物、一人で倒したことなんかないのですよね?」

「…………」


 笑顔のアリスに、完全に仕留められたカイが項垂れる。

 流石のソラも同情の視線を送りつつ、アリスの方を見やる。


「おやおやぁ? ソラも何か言いたいことがありやがるのです?」

「い、いや……文句はないんだけどさ」


 頼むから、その笑顔と、何か含んだような言い方はやめて欲しい。そう思いながらソラは引きつった笑みを浮かべて言葉を続ける。


「その……なんでそんなにカイのこと詳しいわけ? そういう事情説明、窓口の人にしかしてないはずだけど」

「そんなの、私が職業紹介窓口の責任者だからに決まってるからなのです」

「え? でも、さっき門番もやってたよね?」

「兼職なのです!」


 どうだ、といわんばかりに、アリスが胸を逸らす。


「それだけじゃないのですよ? 国立図書館の書物管理から、市内および王城警備、城内の必要物資搬入、掃除洗濯家事親父まで……いやー、私くらい優秀な人材になると、職も引き手数多になるのですねー。人気者は辛いのです」

「なんか最後の方違う気がするんだけど……」

「おすすめの職業すらない、どこかの誰かさんとは大違いですねー?」

「っ……」


 意味ありげな視線を送られて、ソラはさっと目をそらした。

 カイが目を瞬かせる。


「ん? ソラ、どうしたんだ?」

「な、なんでもないよっ」

「へ……でもなんかお前変じゃね?」

「そ、んな訳ないじゃないか」

「うーん……? あ! もしかして、お前、職業がな、」

「そっ、そんな訳ないだろ!」


 声がひっくり返った。

 さっきのカイに負けず劣らず周囲の視線が集まる。

 ソラは顔を赤くしながら一気にまくしたてた。


「僕の仕事はあれだよ……! その……そ、そう! 王場内警備!」

「え! ずるい! 俺もそっちがいい!」

「カイは料理人だろ!」

「それは絶対に嫌ぶっ!?」


 突然、カイが地面に倒れ伏した。

 なんとか見えたのは、背後からカイが足元を払われてバランスを崩したらしい、ということだけ。

 ソラが驚いて言葉を失う。そんな中。


「カイ・クレーム、捕縛を完了しました」


 今しがた、カイが立っていた場所のすぐ背後、淡々と口を動かしたのは見知らぬ女だった。

 すらりとした体格をしていた。艶のある黒髪を肩口と眉の上で切りそろえている。ややつり目がちの黒い瞳。凛とした顔立ちには何の表情も浮かばない。

 そんな彼女は、気絶したカイの首元を無造作に掴む。


「だ、だれ……?」


 ソラがやっとのことで口を動かす。

 女がちらりとソラの方へ目を向けた。


「グレイス」

「へ?」

「名前ですが」

「え、えっと……」

「グレイスさんは、一体どういう用事で来たのです?」


 返答に詰まるソラを押しのけて、警戒するようにアリスが一歩前に出た。

 そうはいっても、倒れたカイを心配しているらしい。

 だが。


「王城の料理長からの指示で来ました。カイ・クレームというのはこの少年ですね? 人手が不足していますので、至急彼を採用する必要があるのですが」


 グレイスは表情一つ変えなず、懐から書類を出してアリスに手渡した。

 ソラは眉根を寄せる。


「料理長からの指示って……だったら、気絶させなくてもいいんじゃ……?」

「こちらの方が運ぶ労力が最小限で済みますので。私も暇ではありません」

「……あんたは、兵士か何かなの?」

「王城の料理人ですが?」

「…………」


 ついさっき、華麗にカイを気絶させた身のこなしからといい、物騒な物言いといい、兵士とかの方がしっくりくるんだけど……。そう、思わずソラが口にしかけた時だ。

 書類に目を落としていたアリスが顔を上げる。


「ふむふむ、了解なのです! これならば問題ねぇので、どうぞ煮るなり焼くなりしやがってくださいなのですよ」

「ちょ、あんまりな言い方じゃない!?」

「ご理解、感謝いたします。それでは、私達はこれで」


 あっさりと頷いたアリスにソラがつっこんでいる間に、グレイスはカイを引きずって人混みの中に消えてしまった。


「ちょ、ちょっと……!」

「なんなのです? 狼狽えちゃってみっともないのですよ?」

「いやだって、いきなりすぎるだろ……! そんな簡単に職が決まるわけ、」

「決まっちゃうものなのですよ。よっぽどおすすめできる職業がない人以外は」


 意味ありげな視線を向けられて、ソラは言葉に詰まった。

 アリスはまたあの、含んだような笑みを浮かべる。


「いやー、おっかっしいですねぇー? 王城内警備の採用なら、私のところに話が来るはずなのですがー?」

「うっ……」

「私が聞き漏らしてるだけなんですかねー?」

「っ……」


 突き刺さる視線が痛くて目をそらす。

 その時を待っていたと言わんばかりに、アリスは目を光らせた。


「そーれっ!」

「!? ちょっと!」


 軽やかな掛け声と共に、アリスがソラの持っていた職業紹介の紙を奪い取る。ソラが慌てて奪い返そうとするが、彼女はするりするりとソラの手をかわし、さらには紙へ視線を落として。


「なになに……? 『ソラさんにおすすめ出来る職業はありません』、と」

「か、勝手に読まないでよっ……!」

「やだなー! 読むなも何も、紙に何も書いてねぇからどうしようもないのですよー?」

「そ、それはっ……!」

「しっかしおかしいですねぇ? 適性職業がないだなんて、前例なしなのですよ?」

「う……」

「よっぽど性格に難があるとか、協調性がないとかなのですかねぇ?」


 アリスの言葉がぐさぐさと胸に突き刺さって、ソラは完全に沈黙した。

 そんなソラを面白がるようにアリスが覗き込んだ。

 ソラと同じ銀色の髪。それを揺らして、可愛らしく小首を傾げる。


「おやおやぁー? 降参するのです?」

「……あんたなんか、だいっきらいだ……」

「んふふー。ソラはカイよりもからかい甲斐があって楽しいのです」

「……もう放っておいてくれよ……」

「放っておいてもいいですけど、アテはあるのです?」


 そんなの、あるわけない。いつもの調子で言いかけて、ソラはぐっと堪えた。

 諦めて、ふてくされてしまうのは容易い。でも、右も左も知らない国で、一人さまようことになれば、ますますリューとジンから遠ざかるだろう。

 思ったのだ。さっき。もう一度会いたい、と。リューを助けたい、と。


 なら、すべきことは。


「……王城内警備の採用はあんたがしてるんだよね」

「そうですけど?」

「なら……」


 少し、迷った。迷ったというより、不安だった。

 それでもソラは、意を決して顔を上げる。


「僕を、雇ってくれないかな」


 意外そうな顔をしているアリスと目が合う。

 その目を見据えながら、ソラは畳み掛けるように口を動かした。


「どうしても、リューとジンと会いたいんだ。そのためには、城の中で働くような職業につかなきゃいけない」

「…………」

「虫が良い話だっていうのは分かってる。けど、僕にはあんたしかいないんだ。だから……!」


 体は、自然に動いた。

 頭を下げる。

 深く。


「城で働けるなら何だってする……! だから僕を働かせてください!」


 一息に言う。声は思いの外、大きく出る。

 アリスからの返事はすぐにはない。

 これで、いいんだろうか。これで、正解だったのか。沈黙の間、そんな不安だけがソラの胸の内をよぎって。


「――意外、なのです」


 声が、降ってきた。

 そろりと顔を上げれば、ほんの少し目を丸くしたアリスが、じっとソラを見つめている。


「そういうこと、しないと思ってたのです」

「そういうこと?」

「誰かに物を頼むとか。少なくとも、報告では……」


 アリスは、そこで口をつぐんだ。小さく首を振る。そしてもう一度、ソラの方を見つめる。

 夕焼けを思わせる橙色の目が、微かに揺れて、閉じられた。


「……しょーがねぇ野郎なのです」


 アリスの返事は、ため息混じりだった。

 ソラが固唾を呑む。

 そんな中で、再び目を開けた彼女は、やれやれと言わんばかりに肩をすくめてみせた。


「どぉしてもっ、ていう未来ある少年の頼み、今回だけは聞いてやるのですよ」

「じゃ、じゃあ……!」

「た・だ・し!」


 目を輝かせるソラの鼻先に、アリスが人差し指を押し当てた。

 にこりと微笑む。

 例によって、あの含んだような笑みを浮かべて。


「このアリス様のパシリとしての採用、ということなのです」

「……は?」


 何だか少し嫌な予感がして、ソラは目を瞬かせた。


***


「順調に行っているようじゃないか。え?」

「楽しそうだな」


 窓からは西日が差し込んでいた。

 王城の最上階に設けられた、王の私室を柔らかく照らす。

 その場所で、ベッドの端に腰掛けていたシェヘラザードが『グリモア』から顔を上げる。

 大方、ソラ達のことでも『読んで』いたのだろう。

 藍色の瞳を輝かせるシェヘラザードを見て、窓辺に腰掛けたハールーンはため息をついた。

 こんなに楽しげな彼女を見るのは久方ぶりのことだ。

 だが。


「何がそんなに面白いんだ? 理解できねぇ」

「理解できないというお前の発言が、理解できないな。流石は我が龍殿。頭が堅い」

「……褒めてねぇだろう」

「あぁそうだが?」


 悪びれもなくシェヘラザードに返されて、ハールーンは頬を膨らませた。


「シェラはいつだって俺を馬鹿にする。仮にも知識の龍であるこの俺を」

「そうだな」

「シェラよりも俺の方が、知っていることは多いんだぞ」

「知識で、お前に敵うものはいるまいよ。その点では私も、お前を馬鹿には出来ない」

「でも、馬鹿にしてるじゃないか」

「お前には知恵がないからなぁ。それに、粋だとか遊びも足りない」

「……無くたって生きていけるだろ」

「そんなつまらん人生は送らぬよう努力しろ、と契約した頃から言っているのに……お前は本当に変わらない」

「俺にとっては瞬きするよりも短い時間だ。そんなにすぐに変わるはずがあるか」

「19年と11ヶ月だ。努力しているなら、十分に成果が出ていい時期だと思うが?」


 ハールーンは目を逸らした。

 シェヘラザードがため息をつく。


「やはりお前はつまらんな。ソラ達と会話する方が、よほど面白そうだ」

「……そういうなら、城から追い出さなければよかったんだ」

「仕方ないだろう? ソラとカイは、国民として当然の権利を行使したのだから」

「馬鹿を言うな」


 どこまでも掴みどころのない主の言葉に、ハールーンは声を大きくした。


「遊んでいる暇なんてねぇんだぞ? あいつらには、すぐにでも全てを聞き出す必要がある」

ドラゴンに関わったから、か?」

「それだけじゃないことは、シェラだって分かってるだろう! ソラとか言う奴は蒼の目をしていたんだぞ!」

「……蒼の伝説か……」


 シェヘラザードは目を細め、歌うように唇を動かした。


「『一蒼、世界を救い 二蒼、次へと蒼を繋ぐ 三蒼、いずれか一つは紛い物』……だったか?」

「そうだ、シェラ。蒼い目を持つ者は世界を変えるだけの力を持つ。現に、13年前のルクスでは悪しき魔物を退けた」

「あぁ、そうだな。だから私とお前は、その力を持ってすれば竜を倒せるかもしれないと考えた。お前の言う通り、ソラの目は蒼い。もしかすると、彼がその力を持つのかも……」

「それが引っかかるんだ」


 ハールーンの声に、シェヘラザードが小首を傾げた。


「引っかかる、とは?」

「『グリモア』の記録では、先代の蒼い目を持つ二人は子を成さなかったんだろ? 蒼を繋げなかったんだ。伝説通りならば、蒼の目を持つ者が現れるはずがない」

「偶然、とは考えないのかね?」

「シェラ……!」

「ふふっ、冗談だよ」

 

 声を荒げるハールーンに、シェヘラザードは小さく笑って肩をすくめた。

 胸元からペンダント型の鍵を取り出し、ベッドサイドに設けられた引き出しに手をかける。


「流石の私もそこまで考えてはいないさ。何より、偶然にしては糸が複雑に絡まりすぎているからな」

「……どういうことだ?」

「例えば、ソラの住んでいた村だ。エレミアは、先代の蒼の者の一人が、最後に過ごした村だ。彼女に関する『グリモア』上の記録は、そこで突然途切れている。そして、」


 かちりと音を立てて、引き出しの鍵が開けられる。


「――それとは別に、ソラは過去に自身の姉を殺したことがあるそうだ」


ハールーンは眉根を寄せた。


「その姉が、先代の蒼の者……ということか?」

「そうかもしれない。そうでないかもしれない。何しろ、姉の名前は『グリモア』には記録されていないのでね……だが、そう。ソラの姉の名前が、この紙に記された名前の一つにでも一致するならば、大きな手がかりになる」


 言いながら、シェヘラザードが取り出したのは一枚の薄紙。

 流れるような書体で記されているのは、名前だ。



 ミソラ

 シンク・トリスタン

 エヴァリスト

 ランスロット・オルレアン

 ジャンヌ・オルレアン

 


 いずれも、先代の蒼の者達と、それに深く関わった者達だ。

 悪しき魔物を退けた者達でもある。

 ソラの姉の名前が、この中のどれかと一致するならば。

 そしてもし一致したとして、ソラが姉から何かを聞いていたならば。

 今度こそ、手がかりが得られるかもしれない。世界を変えるほどの力を得られる手がかりが。


 竜を倒すための手がかりが。

 

 だが……そこまで考えて、ハールーンは眉をひそめた。


「じゃあ、ソラから話を聞く機会を悠長に待っているだけなのか? 竜の目撃情報は少しずつ増えているんだぞ。被害の情報だって入ってる。後手に回れば、13年前の光の国の二の舞いにだって」

「心配するな。手は打ってある」

「え?」

「折しも、一ヶ月後は私が即位してから20年だ。記念式典があるだろう? その時にでも、火の国と光の国に話そうと思ってな。竜について」

「けど……そんなので大丈夫なのか?」


 ハールーンが不安を抱いたのには訳があった。

 竜は、龍によく似た、けれど全く異なる魔物だ。目撃され始めたのは、ここ1年か2年の話。最近でこそ、光の国ルクスや火の国イグニスでも確認されているが、大半はここ、水の国イシュカに出現している。

 竜という呼び名でさえ、シェヘラザードがつけたもの。他の国では名前だってつけられていないだろう。下手をすれば、国の中枢の人間が竜の存在に気づいていない可能性さえある。

 そんな、よく分かりもしない魔物のことについて、他の国が話を聞こうとするのか――そう、ハールーンが問えば、シェヘラザードは微笑んだ。


「無論、話を聞いてくれるだろうさ。イグニスの王には、話を聞きに来なければ、現在行っている食料品の支援は取りやめる可能性がある、と付け足しておいた」

「……それは脅しじゃないのか」

「あくまで可能性の話さ。するかもしれないし、しないかもしれないだろう? なに、イグニスの王は日頃から私のお世話になっているしな。記念式典に来ない訳がない」


 ニヤリと笑うシェヘラザードに頭痛を覚えながら、ハールーンは口を動かした。


「……それで、ルクスの方は?」

「血の如く穢れた赤い目に心当たりはないかね、とだけ」

「そんなの、ただの竜の特徴の一つだろ? それだけで、光の国が動くとは思えねぇけど」

「動くさ。彼ならね」

「彼……? ルクスを治めている光の龍は女だろう?」


 ハールーンの問いに、しかし、シェヘラザードの返事はない。

 彼女はただ、手元の紙へ目を落としただけ。

 そうして目を細めて、呟いただけだった。





 ――さぁ、13年前の生き残り達に、話を聞いてみようじゃないか、と。

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