act.5
「……竜……」
「それがあの魔物の名前だって言うのか?」
ソラが呆然と呟く。
カイがシェヘラザードに尋ねれば、彼女は一つ頷いた。
竜。
龍によく似た謎の生物。
けれど龍とは似ても似つかぬ禍々しい魔物。
故郷であるエレミアで、そしてカイの故郷であるカペレで、目にした異様な生物を思い出して、ソラが小さく体を震わせる。
シェヘラザードは目を細めた。
「お前たちは、竜により傷ついたリューとノイシュの治療法を知りたくて、この国に来た。そうだろう?」
その言葉にソラは我に返った。
そうなのだ。何故彼女が事細かにソラ達の事情を知っているのか。竜とは何なのか。気になりはするものの、重要なのは一つしかない。
リューとノイシュを助ける。そのことしか。
ソラは身を乗り出した。
「そこまで分かってるのなら、僕達を助けてよ……!」
「ふむ、そうだな。確かに私ならば助けてやれるかも知れない。というか、私以外の人間が治療できるはずもない」
「なら!」
カイが色めき立つ。
ソラの心臓も高鳴った。
そしてシェヘラザードは笑って。
「だが……出来ない相談だな」
あっけない結論。
カイの顔が強ばる。
「なんでだよ!?」
「私がこの国の王だからだ」
呆れたようにシェヘラザードが眉を上げた。
「当然だろう? 私が定めた法律だ。私が守らねば誰が守ると言うのだね?」
「それは……」
「成程。確かに今ざっとお前たちの事情を読んだだけでも、私個人として興味深い点は幾つもある。だが、それは私情であり、王たる私には不要のものだ。お前たちの持つ情報だけならば、この本を読めば全て分かるのでな」
シェヘラザードが指先で翡翠色の本を叩く。
こん、と軽い音が無情に響く。
ソラは唇を噛み締めた。
追い打ちをかけるようにシェヘラザードの容赦無い声が続く。
「いかなる書物であれ、破損行為はこの国では重罪だ。目には目を。歯には歯を。今回の書物の状態からいっても、お前たちは死罪となる」
声が、焦るソラの思考を上滑りして消えていく。
そんな、とカイが呆然と呟く声もした。
部屋の空気が翳りを帯びた。そんな気さえした。
このままでは駄目だ。そう思う。けれど。
一体何を言えばいい?
何をすれば、
「助かりたいかね?」
シェヘラザードの言葉に、ソラは顔を跳ね上げた。
「どういうこと……?」
「言葉通りの意味だな。望むならお前たちが死罪にならない道も示してやれる」
「シェラ、こいつらにそこまでしてやる必要なんてない」
諫めるようにハールーンが声を上げる。銀髪の少女も兵士も渋面をしていた。
だが、彼女はどこ吹く風だ。
「あくまでも可能性を掲示してやっているまでのことだ。選ぶかどうかは彼ら次第」
「だが、」
「その、可能性っていうのは!」
なおも言い募ろうとするハールーンに負けじとカイが声を張り上げる。
「我が国の国民には」
シェヘラザードは静かに応じた。
「とある権利が与えられている。自分の叶えたい願いを一つだけ国王に叶えてもらえる、という権利だ。無条件にな。勿論、国政に支障のない範囲で、という条件付きだが」
「……この国の国民になれってこと?」
「察しが良くて助かる。その通りだ、ソラ」
「…………」
話がうますぎるんじゃないか。そんなソラの思いを読み取ったようだ。
シェヘラザードは笑う。
妖艶に。
ただし、と付け足しながら。
「無条件に叶えられる願いは一つだけだ。お前たちが助かりたいのか。それとも誰かを助けたいのか――選べ」
その言葉の冷たさに、ソラは体を震わせる。
嵌められた。そう思った。
ソラたちが助かれば、リューとノイシュの治療法を知ることができなくなる。
リューとノイシュを助けようと思えば、ソラたちは死ぬ。
その全てが分かっていて、ソラたちが悩むことさえも分かっていて、シェヘラザードは提案しているのだろう。選べと。
残酷だ。
それでも選ぶしかない、その現実にソラは途方に暮れて拳を握りしめる。
迷うまでもないことのはずだった。
リュー達を救えばいい。それが目的だったのだから。何の苦労もなく達成されるのなら、これに越したことはないだろう。
けれど。
――……良かった。無事で
意識を失う前の、リューの最後の言葉を思い出す。
微かに笑った彼女を。
仮にソラたちが死んでまでリューを助けたとして、彼女は、それを喜んでくれるのか。
身勝手な、仮定だ。
それがけれど、頭をついて離れない。
離れなくて。
「さぁ、ソラ。お前の答えをお聞かせ願おうか」
シェヘラザードが挑むように問いかける。
それに、ソラは。




