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B:Lue ~図書室の女王、夢見の人形~  作者: 湊波
図書室の女王、夢見の人形 ―the Truth ... the queen has, the doll dreams-
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act.2

 魔物という声に、真っ先に反応したのは周囲にいる商人達だった。

 ほとんど反射のように馬に飛び乗る。そのまま門の近くへと馬車を走らせる。

 馬車が乾いた砂を巻き上げた。砂埃の中で怒声と悲鳴が飛び交う。

 その中で。


「よっしゃ、魔物退治だな! ばっちり、この未来の勇者様に任せ、」


 どさくさに紛れて、息巻いたカイが走りだす。

 その襟首をソラは問答無用で掴んだ。


「はいはい。勝手に突っ込もうとしない」

「な、何すんだよソラ!」


 振り返ったカイに、ソラはため息をついた。


「それはこっちの台詞だよ。まだ魔物の姿も見えてないのに」

「そんなの、会ったら分かるじゃん!」

「会って、剣が通じない魔物だったらどうするんだよ?」

「どうするって、どうにかする!」

「……あのね、カイ。僕が訊きたいのは、そういうことじゃ、」

「呑気に漫才してる場合じゃないのですよっ!」


 銀髪の少女が苛立ったように叫んで、砂埃の先を指さした。


盗賊鼠サンドシーフなのですっ!」


 ほぼ同時に、魔物が砂埃の向こうから飛び出した。

 一匹じゃない。何匹、何十匹といる。

 犬ほどの大きさだ。灰色の艶やかな毛並みが太陽の光を弾く。短い手足に、つぶらな丸い瞳。長い尾に、突き出した前歯。


「……って、鼠じゃん」

「……悔しいけどカイに同意するよ」

「むぅ! 鼠じゃないのですよっ!」


 カイとソラの冷静なつっこみに、銀髪の少女がムキになって答えた。


「盗賊鼠なのですっ! 魔物なのですっ!」

「でもどう見たってただの鼠だろ……?」

「油断しやがるな、なのですっ! でないと盗賊鼠が、」

「痛ってぇっ!?」


 そこで、カイの頭に向かって盗賊鼠が飛びかかった。

 カイが悲鳴を上げて、慌てて盗賊鼠を引き離し投げ捨てる。


「なっ、なんなんだよ……っ!?」


 額から血を流して、カイが怯えた目つきで盗賊鼠を見つめた。

 

「こいつ、今噛んできたぞ……っ!」

「当然なのです」


 銀髪を揺らして、少女は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「盗賊鼠は、鋭い歯で何だって食い荒らす荒野の盗賊なのですよ? 群れに襲われて、積み荷が無事だった商人は一人もいないのです。時には、人間が食い殺されることだって、」

「こっ、怖ぇよ!?」

「呑気に話してる場合じゃないだろ! 避けて!」


 ソラの言葉に、カイと銀髪の少女は、飛びかかってきた別の盗賊鼠を慌てて避けた。

 ソラ自身もその場を離れる。空いた場所は瞬く間に盗賊鼠に覆われる。

 カイが腰元の剣を抜いて振り回すが、盗賊鼠が素早すぎて掠りもしない。

 ソラは小さく舌打ちして、馬車に駆け寄った。


「ソラ! 一体どうしたのだ!?」

「魔物だ!」


 馬車の中から駆け寄ってきたジンに、そうとだけ告げて、ソラは弓矢を掴みとる。

 馬車が大きく揺れた。馬が激しくいななく。

 慌てて外を見れば、馬の足元に盗賊鼠が群がろうとしている。


「っ!」


 ソラは反射的に弓をつがえ、放った。

 矢が当たる。盗賊鼠が耳障りな悲鳴を上げて倒れる。

 けれど、一匹だけ、だ。いなくなった傍から別の盗賊鼠が馬に群がろうとする。

 ソラは顔をしかめて叫ぶ。


「カイ、ジン! とりあえず馬車の周りをかためて! 馬を守るんだ!」

「お、おうっ!」

「む! 承知した!」


 カイがおっかなびっくりしながらソラの近くに駆け寄る。

 ジンはソラとは反対側へ移動したようだ。

 ソラは立て続けに弓をつがえ、馬を狙う盗賊鼠に放つ。ソラの方に向かってくる盗賊鼠はカイが剣を振り回して追い払っている。

 群がっている分、矢は当てやすかった。馬という大きな獲物がいるせいなのか、一体の盗賊鼠はどんどん集まってきている。

 それでも、随分打ったにも関わらず、数は減らない。どころか、矢の数にも限界がある。

 どうすれば……焦るソラの目が止まったのは、馬車と馬とをつなぐ紐の部分だった。


「……あれだ!」

「そ、ソラ!?」


 カイの手を掴んで、ソラは走りだした。

 驚いたようにカイが声を上げる。


「なっ、なにすんだよっ……! そっちは盗賊鼠がいっぱいいるだろ……っ!?」

「馬を放すんだ! 馬車から!」

「は、放すって……!」

「いいから! 手伝って!」

「ひいぃっ!? ちょっ、こっち来んな鼠っ……!?」


 泣き声混じりのカイを引きずって、馬車と馬の間まで辿り着く。馬は二本の太い紐で繋がれていた。掴んで揺すってみるが、外れる気配はない。

 やっぱり。そう思ったが、焦りはなかった。


「カイ、紐を切って!」

「あぁもう、なんなんだよっ!」

 

 涙目で喚きながらも、カイは剣を紐に向かって振り下ろした。

 二本の紐が切れる。

 その瞬間を待っていたとばかりに、馬が一際高くいななき駆け出す。

 荒野の方へ向かって。

 盗賊鼠の群れを引き連れて。


「っ、な……んなんだよ……?」

「囮だよ」

「囮?」


 ぽかんと口を開けているカイの横も、見向きもせずに盗賊鼠が駆け抜けていく。

 ソラは、ほっと胸を撫で下ろしながら、一つカイに向かって頷いてみせた。


「さっきやたら馬の方に盗賊鼠がたかってただろ。だから、囮に使えないかと思って」

「な、なるほど……え、でも馬どうすんだよ?」

「…………」

「なぜに目を逸らした!?」

「うっ、うるさいな! 別に考えてなかったとか、そういう訳じゃ、」


 ソラが顔を赤くして反論しかける。

 その時だ。馬車が大きく揺れる。何かがぶつかるような音。

 馬車の、向こう。顔を見合わせた二人は音のした方へ駆け寄って。

 ソラが目を見開く。

 カイが声を上げる。


「ジン!」


 残った盗賊鼠が、ジンに襲いかかっていた。

 今までソラたちが相手していたものよりも一回り大きい。

 何故か、彼女の剣であるコールブラントは鞘に収まったままだ。

 その剣で、荒野鼠が繰り出した鋭い爪を受け止める。

 耳障りな音が響き渡った。


「ソラ! なんとか出来ねぇのかよ!?」

「っ、分かってる! でもっ……!」


 弓をつがえながら、ソラは顔をしかめる。

 ジンと盗賊鼠の距離が近すぎるのだ。

 いつ矢を放つべきなのか。

 ソラの逡巡は一瞬だった。

 それでも、その一瞬で、ジンが盗賊鼠に押される。

 彼女の態勢が崩れ、地面に倒れこむ。


「っ、ジン!」


 ソラが声を上げる。

 ジンが悔しそうな目で盗賊鼠を見つめる。

 盗賊鼠はいよいよジンに襲いかかろうとして。



「せええええいいいっ!」



 少女の可愛らしくも勇ましい声がした。

 重い何かが振り回されるような、空気の揺れる音。

 それが鈍い音を立てた……ソラがそう思った時には、盗賊鼠の体が崩れ落ちる。


「な……」

「ったく、だから油断してんじゃねぇって言ったのですよっ!」


 ソラ達が呆気にとられる中、銀髪の少女が今しがた倒したばかりの盗賊鼠を踏んづけた。

 その手には、無骨な鉄の棒が握られている。

 厳しい顔のまま、片手で彼女がそれを回せば、さっきと同じ、空気の揺れる音がして。

 彼女がおもむろに後方に鉄の棒を突き出す。鉄の棒は狙い過たず、後方から迫っていた別の盗賊鼠をはたき落とす。

 銀髪の少女は問答無用に、その魔物の股に鉄の棒を突き立てた。

 魔物が情けない悲鳴を上げる。

 ……雄だったらしい。

 ソラとカイは同時に体を震わせた。


「よ、容赦無い……」

「こ、こえぇよ!? あいつ鼠以上に怖ぇよ!?」

「えぇい! 部外者はだまらっしゃいなのですっ……って、」


 そこでやっと、銀髪の少女はソラとカイにも気づいたらしい。

 はっとしたように目を瞬かせ、打って変わって満面の笑みを浮かべた。


「誰かと思えば将来の勇者様達じゃないですかっ! お怪我とかはありませんかっ?」

「お、おう……?」

「僕たちは大丈夫だけど……え、ていうか態度変わりすぎじゃない……?」

「勇者様だから媚売っとこうと思って」

「……え、ちょ、今なんて……」

「いやー流石勇者様なのですっ。馬を囮に使って群れを離してくれたお陰で、私達門番としても戦いやすかったといいますかっ」


 銀髪の少女は笑顔のまま、さらりと呟く。

 しかし、彼女の打算的な声音に気づいたのはソラだけだったようだ。

 すぐさま誤魔化すように、歯の浮くような言葉を続ける少女に、カイの顔が緩み始めた。


「そうか? まぁ、今回はソラの機転ってやつだけどな」

「いえいえ! なみいる荒野鼠の中を走って紐を切った勇者様もかっこよかったのですよ?」

「ま、まぁな! あんなもん、俺達の今までの旅に比べりゃ、どうってことねぇよ!」

「はぅあー……勇者様すごいですっ。流石なのですっ」


 何だか、ただカイが乗せられているだけのような気がしてならないんだけど。

 そう、言いかけて。けれど忠告するのも馬鹿らしくなって、ソラはため息をつくに終わった。

 代わりに、未だ地面に座り込んだままのジンの方へ駆け寄る。

 彼女は何故か俯いたままだ。


「ジン、怪我とかは」

「…………」

「ジン?」

「あ、あぁ……いや」


 ジンは、鞘に収まったままの剣を握り締める。

 やっぱりどこか具合が悪いのか。ソラが重ねて問う前に、ジンがゆっくりと顔を上げた。

 小さく笑う。


「なんでもない。少し油断した」

「油断って……らしくないんじゃない?」

「うむ。修行が足りないということだな……そういう意味では、先ほど私を助けてくれたお嬢さんと手合わせ願いたいものだ」

「……いや、そういうことじゃないと思うんだけど」

「む? 彼女はなかなかの実力と見たが……あぁそうか! まずはお礼を言わなくては、ということだな! 私としたことが失念した!」

「や、だからそういうことを言いたいんじゃなくて……あっ、ちょっとジン!」


 ジンはソラの返事も待たずに、銀髪の少女の方へ歩いていってしまった。

 ソラは息をついた。

 ジンの様子はやっぱり少しおかしい、気がする。けれど、こういう人の話を聞いているようで聞いていないのは彼女らしい。


「やっぱり、気のせいなのかな……」


 鞘から抜かずに剣を扱う。その様は、まるでソラと出会ったばかりの……剣が抜けなかった頃のジンに少し似ていたような気もしていだのだけれど。

 カイの言う通り、気にしすぎても仕方ないのかもしれない。楽しげに話をする三人を見て、ソラはそう思って。

 歩き出そうとする。

 その瞬間、興奮した様子で話していたカイの懐から何かがこぼれ落ちた。

 微かな音を立てて地面に落ちる。


「む? カイ。何か落ちたぞ?」

「でな、こっからがすげぇとこなんだが、その囚われた仲間を助けるために……うん? あぁ、悪ぃな」


 ジンが拾い上げてカイに手渡す。

 カイの懐から落ちたのは、焼け焦げた本の切れ端だった。

 半分以上が失われていて、もう、青い表紙の本であることくらいしか分からない。

 ソラは小首を傾げた。どこかで見覚えがあった気がしたからだ。

 けれど、一体どこで……そんなソラの問いはジンが代弁してくれた。


「どうしたのだ? これは……」

「あぁ、なんかオーチャードから預かったんだ。ノイシュさんが持ってた本の欠片なんだけど、イシュカに持っていけ、って言われ」

「……ゆ、勇者様……」


 そこで、ひどく低い声が聞こえた。

 それが、顔を俯けた銀髪の少女の声であることに、カイどころか、ソラもジンもすぐには気付かない。

 気付かなくて、だからこそ、反応が遅れた。


「――水の国イシュカ国法第二十三条四項」

「へ?」

「書物への書き込み、折り曲げおよび破損の罪で、貴方方を拘束いたしますのです」


 再び顔を上げた銀髪の少女は、満面の笑みだ。

 けれど、何故か怒りの色を滲ませてそう告げて。

 同時に、ソラ達三人の腕を、いつの間にか周囲にいた門番の男達が掴んだ。


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