act.17
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力のない、守られるだけの人間がどれだけ歯がゆい思いをしているのかということ。
そしてその度に、力を持つが故に傷つく人たちを守れるだけの力を欲しいと思っているかということ。
チモシーの言葉は、結局それきりで終わってしまった。彼が何も話さなくなったのではなく、あからさまに話題を逸らしたのだ。その証拠に、ソラと共にルーサンを探しながら他愛無い世間話をしていたのは専ら彼の方だったのだから。
そしてその間中、ソラはずっとチモシーの言葉の意味を考えていた。
彼の言葉が妙にソラの胸の中で引っかかっていたからである。大切な何かが掴めそうな、そうでないような。そんな釈然としない気持ちのせいでその後のチモシーの話はほとんど上の空だったのだが、チモシー自身は気にしていないようだった。
そうして街の東側を歩きまわることしばし。めぼしい収穫もないまま宿屋にソラ達が戻ってきたのは、少しずつ日が陰り始めた頃だった。
開け放された宿屋の入り口をくぐり抜けて中に入ったチモシーが、そこに見知った顔を見つけたのか口を開く。
「ただいま」
「おう、なんだ、お前らも出かけてたのか」
返事の声音は軽く、明るい。だがそれは今のソラにとっては一番会いたくない人物のものそのもので、どきりとした彼は思わず入り口から少し入ったところで立ち止まってしまった。
ゆっくりとチモシーの影から見れば、何故か入り口の両脇に並べられたテーブルを拭いて回っているらしいジンとリュー、そして案の定、カウンターの向こうで食器を拭いているカイの姿が見える。ソラの存在に気づいているのかいないのか、昨日の夜のことを微塵も感じさせないほどいつもと変わらぬ様子だった。
それにソラは少しほっとしかけ……慌てて小さく首を振った。自分がカイの顔色を伺っていたかのように感じてしまったからだ。なんだか負けたような気分さえする。まさか、そんな。一抹の悔しさと共に自分の考えをソラが胸の内で一蹴する間にも、チモシーとカイののんびりとした会話は続く。
「お前らも、ってことはカイ達もどこかに行ってたのかい?」
「俺は配達になー。で、帰ってきたところをお袋に捕まって手伝いさせられてるとこ」
「そっか、カイも働き者だなぁ……あ! そういえばルーのこと見かけてないかな?」
「ルーサンか? いや、俺は見てないけど……」
「む? なんだ、ソラも帰ってきていたのか!」
そこで妙にジンの言葉がよく響き渡り、チモシーとカイが黙りこんだ。リューも手を止めて顔を上げる。誰もが今気づいたと言わんばかりに少し目を丸くしてソラの方を見つめていた。いや、チモシーの目には浮かんでいたのは面白がるような色だったが。
余計なことを……。一斉に自分の方へ集中する視線を感じながらソラがジンに向かって引きつった笑みを浮かべれば、ジンはにこりと満面の笑みを浮かべた。
いっそ眩しいくらいだ。
そしてこれはきっと、何も分かってない。
そんなことが簡単に予想出来て、ソラはため息を通り越して頭が痛くなるような思いだった。
「そ、ソラ……」
「なんだよ」
そこで、恐る恐るといった調子でカイがソラの名を呼ぶ。その声音はまるでエレミアにいた頃の村人のようだ。嫌な記憶にソラが顔をしかめながらぶっきらぼうに返すと、気圧されたようにカイは口を閉じた。
ただ、その目はやはり何か言いたそうである。一体、これ以上何を言うっていうんだ。反論か? それとも文句だろうか。どう考えたって悪い考えしか出てこない。ため息をついたところで視線を感じた。顔を上げれば、チモシーが声に出さずに口を動かす。
ソラこそカイに言いたいことはないのかい?
何もかも見透かしたようなチモシーの声なき言葉。それが気に食わなかったソラが返事の代わりに唇を尖らせて顔を背ければ、チモシーが苦笑して口を開く。
その先に続く言葉が果たしてソラを諌めるものなのか。それともこの場を宥めるだけのものだったのか。
そのことをしかし、この場の誰も知ることが出来なかった。
入り口の方から突然聞こえてきた声のせいで。
「――楽しそうなこと、してんじゃねぇか」
その声にソラたちは一斉に振り返った。ひどく苛立った声の主は一人の男だ。麻布のシャツにくたびれた灰色のフードを羽織っている。そこまでソラが見たところで、傍らのチモシーが驚いたように息を呑み、カイが声を上げた。
「の、ノイシュさん……!」
驚いたような声をあげつつも、そのカイの声音にはどこか嬉しそうなものが滲んでいた。ところが呼ばれたにも関わらずノイシュは相変わらず厳しい面持ちで、彼の方を見ようともしない。
表情一つ変えず、ただチモシーの方だけを見つめている。
「……なんでお前がここに……」
低い声でチモシーが呟いた。それにノイシュは軽く鼻を鳴らす。分かりきったことだろ? そう言った後に彼が浮かべた表情に、ソラは反射的に顔を強ばらせて一歩後ろに後ずさった。
ノイシュの顔には初めて会った時とは比べ物にならないくらい歪んだ笑みが浮かんでいたからだ。
「お前を殺すためさ」
その口から告げられた言葉はおよそ彼に似合わないものだった。リューが微かに眉を潜め、ジンが息をのむ。何をいきなり。戸惑ったようにカイがそう呟くが、この時ばかりはソラも同じ気持ちだった。
ただ、ちらりとソラが見上げた先のチモシーの表情には揺らぎはない。はったりだ。そう言う声は先ほどより低いものの、何かに怯えている感じでもなかった。
「お前らじゃ俺達をどうにかすることは出来ない。それはこの前の襲撃の時も昨日の夜の襲撃でも分かっただろう? まぁもっとも……」
そこで一旦言葉を切ったチモシーは僅かに目を光らせた。ソラの体の影に隠れて、チモシーの手がそっと双剣の柄に置かれる。
「……お前が仲間の命を悪戯に扱いたいのなら文句は言わないけど」
「っ、黙れ!」
チモシーの言葉にノイシュが声を荒らげた。それを合図に彼の背後から慌ただしい足音と共に十数人の男たちが雪崩れ込む。皮の鎧に身を包み瞬く間にソラ達を囲んだ彼らは刃を滑らせる音と共に剣を構えた。
一気にただならぬ空気が漂う。チモシーがいよいよ双剣を引き抜こうとし、ジンも己の得物に手をかける。リューは僅かに身構えた。ソラ自身も次に何が起こっても見落とさぬよう神経を張り詰める。
戦うことは出来ないが、せめて後ろで固まっているだろうカイを連れて逃げられるように。そう思ったからだった。負ける気は不思議としなかった。それは昨晩のチモシーとジンの戦いぶりを見ていたからかもしれない。あるいはリューならば自分の身くらい一人で守れるということを経験的に知っていたからかもしれない。
なんにせよその手の油断がソラにはあって……だからこそノイシュの次の行動は予想外なものだった。
「無駄な抵抗はやめろ。妹を傷つけられたくなければ」
「っ!?」
ノイシュの声と共に彼の後ろから別の男が現れる。そしてそれは、その場の誰もを瞠目させるに十分だった。
白い肌に白い髪。ぐったりと四肢を投げ出し瞼を固く閉じたルーサンが男によって抱きかかえられていたのだから。
「お前ら……っ、ルーに何を……ッ!」
「動くな! 動けばこいつを殺すぞ!」
「くっ……!」
「っ、ノイシュさん、なんでだよ……っ!」
今にも飛びかからん勢いで叫んだチモシーだったが、ルーサンの喉元にノイシュが剣をつきつけたことで悔しげに呻くだけに終わる。代わりに悲鳴じみた声を上げたのはカイだった。ノイシュもこればかりは無視できなかったのだろう。ちらりとカイに視線を送る。口を開く。
「カイ、お前は黙っていろ」
「黙ってろったって……ルーサンもチモシーも俺の友達なんだ! それをいきなり殺すって言われて黙ってられるはずが、」
「俺達だって殺したくて殺す訳じゃない!」
ノイシュが苛立ったように声を上げ、カイを睨みつけた。
「俺達の仲間が殺されたんだ。だから相応の罰を与える……でなきゃ、死んでいった奴らに申し訳が立たねぇ」
「こ、殺された……?」
「……一昨日と昨日の弁当の発注数、減ってただろうが」
苛立ちの中にも僅かに悲しみを滲ませたようなノイシュの言葉。何気ない一言だったが、よりカイ自身には実感するものがあったのか、彼の言葉が震えた。嘘だろ……? 信じられないと言わんばかりのカイの声にしかし、応じるものはおらず。
チモシーは僅かに顔を俯けた。
「――そろそろ時間だ」
ノイシュが小さく呟く。その時だ。前触れ無く彼らとチモシーの足元に淡い翠色の光が現れた。それは瞬く間に複雑な紋章を描き、次いで光を散らして風が巻き起こる。
「風の転移術……! どうしてお前がこれを……!」
「人質に弱すぎなんだよ……お前も、あの"龍"も」
空気が低い音を立てて吹きすさぶ中でチモシーが驚いたように声を上げ、馬鹿にしたようにノイシュが応じる。
だが、ソラに聞こえたのはそこまでだった。狂ったように鳴る風の音に紛れて何も聞こえなくなる。立っているのも難しいほどの風圧に身をかがめる。そして風に巻かれて飛び交う光の粒に腕をかざす。
その間にも、まるでジンがコールブラントを抜き放った時のような眩しく淡い翠の光が瞬き、渦巻いて。
「――悪いことは言わねぇ。最初で最後の警告をしてやる」
今ここであったことは忘れろ。いいな?
ソラ達に向かって念を押すような言葉。それを最後に、一際大きな音を立てて風が吹き去る。
そうして風が収まった時、そこにはソラの他にジンとリュー、カイしかいなかった。




