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B:Lue ~図書室の女王、夢見の人形~  作者: 湊波
ある陽のプロローグ
3/55

act.2

 銀貨三枚。淡々とそう告げて右手を差し出せば、目の前の女は渋い顔をして見せた。


「……毎度思うんだが、高くないかい?」

「いつもと変わらないだろ。何? 今更出し渋ろうって言うの?」

「別にそう言ってるんじゃないけどねぇ……」

「じゃあ、要らないってこ、」

「分かった分かった! ほら!!」


 帰る素振りを見せれば慌てて硬貨を差し出された。きっちり銀貨三枚。窓から差し込む光で鈍く輝くそれを確認して、素早く受け取る。


「最初からこうすればいいんだよ……リュー、薬草を」

「あい」


 懐に銀貨をしまいながらソラがぶっきらぼうに声をかけると、小さな返事と共にリューが抱えていた籠に手を突っ込んだ。ごそごそと漁ることしばし。持ってきた身の丈ほどの籠に頭を突っ込んでようやく目当ての小袋を見つけたリューが小さな手にそれを掴んで女将の方へ差し出した。

 その顔に愛想笑いなどありはしない。そもそもリューが笑ったところなど、ソラでさえ見たことがなかった。


「……可愛げのない餓鬼だねぇ」


 薬草と湿布の入った小袋をひったくった女将がぼそりと呟く。それにけれど何を言うでもなく、軽く肩を竦めたソラは踵を返した。

 これくらいの小言はしょっちゅうだ。こうして村に出て、薬を売り歩く度にお金と一緒に頂戴する言葉である。町の人間は皆、よそ者であるソラとリューのことを快く思っていない……それが十年近く続いているのは、自分たちの接し方にも多分に問題があるのだろうけれど。

 それでも、簡単に村人の要求に応じる訳にもいかないのだ。薬草はソラ達の重要な収入源である。というより、これしか収入源がない。生きてくためにはやむを得ないのだ。

 そしてまた、村人は村人でソラの薬草を買わざるを得ないのである。効果が大してある訳でもない。それでも医者に診せたければ、一週間歩いて隣村に行かなければならない。村の外を徘徊している魔物に襲われる危険と準備のための労力も考えれば、ソラの作る薬の方がはるかにまし、というわけである。

 決して、ソラの価格設定が適正と言うわけではない。どちらかといえば、ぼったくりと言った方が正しいだろう。

 それでも滅多に外の世界に出ない村人たちはそれを知らない。だから信用が置けなくてもソラの薬を買う。そしてソラはソラで、価格が適正でないことを知りながらも薬を売るのだ。そうでなければ生活出来ないから。

 なんともよく出来た世界だ。本当に。


 女将の営む宿屋から一歩出れば、乾いた風が吹きつけてくる。季節は巡るものの荒野から吹き付けるこの風は年中通して変わらない。外に出てから被ったフードが音を立ててはためいて鬱陶しいことこの上ないが、こればかりは仕方なかった。

 懐から取り出した小袋の中身を確認する。今日の売り上げだ。これから一ヶ月の生活費を考えれば、必要なものを買って少しばかり余りが出るくらいか。

 ちょっとは贅沢をしてもいいかな、そう判断して袋の口を閉じる。


「夕飯にするよ」

「あい」


 軽く声をかければ、荷物の入った籠を器用に片手で頭の上に担ぎあげたリューの――彼女はソラより背が低くても力持ちなのだ――返事があった。ついでとばかりにきゅっとフードの袂を握られる。

 これもまた、いつものこと。リューは片時もソラの傍を離れようとしない。どころかほぼずっと、こうやってソラの服の裾を握っている。

 その理由をソラは知らない。知ろうとも思わないし、知る必要もないことだ。よっぽどのことがない限り、リューは邪魔にならない程度にソラの服を掴んでいるだけだったのだから。

 そうして、埃っぽい空気に顔をしかめながらソラは立ち並ぶ店の一つに入った。折しも夕暮れ間近で、案の定入った途端に埃っぽい空気が酒臭い空気に変わり、別の意味で眉根が寄る。どこからともなく集まってきた村人達が男も女も関係なく顔を赤くして騒いでいるのも実にうるさい。


「食べるだけ食べてさっさと出るのが無難かな……」

「いらっしゃい!」

「!」


 と、店の奥から喧騒をものともせずに飛んできた声。嫌な予感がした。なんとなく聞き覚えがある気がする。今すぐここから出て行った方がいいだとか、そんな考えがふと脳内で閃いて、嫌でもまさか、と否定する、そんな行為が仇となった。


「む? 誰かと思えば恩人殿……じゃなかった、ソラではないか!」


 人混みをかき分けて姿を表した彼女が赤髪と汚れたエプロンを揺らして笑う。彼女、じゃない。ジンだ。三日前、自分が拾ってそうして家から出て行った。


「……最悪だ」


 一緒にいたのは半日にも満たない時間だったが、一つ分かったことがある。それはジンがどうにも苦手な相手だということで、さらに困ったことに、ソラが露骨に嫌な顔をしていることにジンがまるで気付かないということだ。

 つまり自分から距離をおかない限り、ジンから逃れるすべはない。


「……ていうか、なんであんたがこんなとこにいるんだよ」


 じり、と気付かれないように後退りながら尋ねると、おぉ、それはな、とジンが嬉々として答える。


「ソラの家を出てからこの村にたどり着いたんだ。だが宿を取ろうにも金を持っていなくてな? 途方に暮れていたところをトム殿が親切にも雇い入れてくれたというわけだ」

「雇い入れるって……」


 そんなに人のいい店主だっただろうか。ちらりと店の奥へ視線をやれば、たまたま目のあった店主のトムが気まずそうに視線を逸らした。そうしてその壁にこれ見よがしに飾られた見覚えのある剣。


「……あれ、あんたの剣じゃないの」

「む? なんでも私が持っているのでは不用心と言ってくれてな? トム殿が預かってくれているのだ」

「…………」


 それ、絶対そのまま剣をどこかに売り飛ばす算段だろう。というかなんてあからさまな。気付いてないのか。


「……気付いてないんだろうな」

「まぁ何はともあれだ! ここに入ってきたからにはお客ということだろう? さぁ、注文を!!」


 ずい、と折角開けた距離を容易く縮めてジンが身を乗り出す。それにソラは慌てて両手をつきだした。ただでさえ苦手なジンとこれ以上いたくない……と、流石に面と向かって言うわけにもいかなかったからだ。


「や、遠慮しとくよ。なんだか忙しそうだし」

「そんなことはないぞ! この通り、私は今暇な身だからな!!」


 そう言ったジンは何を思ったのかソラの腕をガシリと掴んできた。それにソラの顔が引きつる。


「暇って……どう見てもお客さん多いだろ」

「これくらい、私の仕事の範囲内というものだ」

「いやいやいや! とかいってこれから増えるかもしれないだろ!?」

「それしきのこと! 試練は与えられてこそというものだ!」

「僕は試練なんか与えられたくない!」


 もう耐えられないとばかりに叫んだソラは、腕を振りほどこうと思い切り引き寄せた。

 そうして、それがいけなかったのだ。


「っ……!」


 思っていたよりも勢いがつきすぎて、たたらを踏んで後ろ向きに倒れる。その拍子に頭から被っていたフードが外れた。


「ソラ!!」


 黙っていたリューが鋭い声を上げた。それに気付いた時にはもう遅い。しんと静まり返った酒場。そろそろと瞼を上げると、おろおろとした顔をしたジンとソラの方をじっと見つめる酒場中の視線が集まっていて。

 あいつ、村の外れの小僧じゃねぇの。ぼそりと誰かが呟いたのが皮切りだった。


 あぁ、あの薬売りつける……村の外れに住んでんのは妙な術を持ってるからって聞いたぞ……それより、俺のとこなんか、この前えらく高い値段をふっかけられたんだ……しかも抗議したら売らねぇとか可愛くないこと言い出して……よくあるよくある。ったく、ただの草っぱのくせによ……。


「っ……」


 ざわざわと波紋のように広がる冷たい声と視線。なんでそんな奴がこんなとこにいるんだ。無遠慮な声がひそひそと、けれどはばかることなく聞こえてきてソラは唇を噛み締める。

 威嚇するようにリューが小さく野次馬に向けて唸った。それでも小さな彼女のその態度が何の足しになるのか。数の暴力だ、こんなもの。あっちもそれが分かっていて、だからこれ見よがしに話している。

 いい恥さらし。ぴったりな言葉に拳を握りしめて頬が赤くなるのを必死で耐えていると、ざわめきの中で一際大きな声がする。


「こいつだ! 俺はこの前こいつに薬を譲ってもらえなかったぞ!」

「っ、おい、お前……」


 だみ声に顔を上げれば、抗議の声を上げるジンを押しのけるようにして顔を真っ赤にした男がソラとリューを見下ろしていた。


「俺は大怪我を負ったってのに、だ! ひどい話だろう!? なぁ!」


 同意を求めるように辺りを見回す男に、客達が次々に賛同していけば、男はますます調子づいていって。

 それで、限界だった。


「……はっ、大怪我なんてよく言うよ。擦りむいただけのくせに」


 鼻先で笑い飛ばす。男の声に比べれば随分小さな声だったはずだが、それでも男には確かに聞こえたようだ。


「あぁ?」

「あぁ? じゃないだろ?」


 じろりと瞳だけ動かしてきた男と目をあわせて、ついでに睨みつけてやった。馬鹿らしい。そう付け加えながら。


「馬車を引いてる時に石につまずいて転んだんだ。笑っちゃうよね。たまたま転んだ先にあったのが大きくて硬い石だったから、いつもより深く擦りむいてしまっただけなのに」

「っ、んな簡単に言うんじゃねぇよ! お陰で俺は三日間も何も持てなかったんだぞ!?」

「それはご愁傷様。僕の薬を使わないからそうなるんだよ」

「何を……っ!」

「一つ、言っとくけど!」


 今にも飛びかからん勢いで憤慨する男に拳を突きつけ、指を立てる。きっちり三本分。


「あんたに渡すはずだった薬に含まれてる薬草は三つ。鎮痛効果のあるイェール、殺菌効果のあるライダ、回復を早めるリザの実。どれも秋にしか生えない上に滅多にお目にかかれないんだ。銀貨5枚でも安いくらいだと思うけど!?」


 そう、一息に張り上げられたソラの声はピタリと酒場の喧騒を静めた。しんと静まり返る客の視線が一斉に注がれる。それでやっとソラは我に返る。

 自分が言いすぎてしまったこと。言った所で、この場にいる誰もソラの話を信じてくれないだろうこと。そもそも声を上げる事自体が間違いだったこと。

 そんな全てにしまった、と思った時には遅かった。


「……っ、ふざっけんな……!」


 一瞬でもソラに気圧されたことを恥じるかのように男の顔が真っ赤になった。だんっ、と足を踏み鳴らし拳を振り上げる。

 リューがソラを庇うように両腕を広げるのが見えた。

 暴力沙汰に客の中から甲高い声が上がった。

 そうしてそれに息を詰めてソラが目を閉じた、その時だった。



 ぱしん、と。やけに軽い音がする。



「――そこまでだ。お客殿」


 静かな澄んだ声は、騒がしい中でやけに通って聞こえた。周囲のどよめきと一緒に恐る恐る目を開ける。

 見えるのは驚いたように立ち尽くすリューと、二人を庇うようにして立ちはだかるジンの背中。


「あぁん!? 邪魔すんじゃねェよ!!」

「いかなる場でも暴力行為はいかんぞ? 指摘は利益を生むが、争いは争いを生むばかりだからな」

「なに訳わかんねェことを……っ!?」


 いつも通りのジンらしいきっぱりした物言い。それに不満げに顔を歪め、掴まれた拳を振りほどこうとした男の顔色が変わった。


「っ……!? なんだこいつ!? 抜けねェ!?」

「む? 私か? 私の名前はジン。先日からトム殿のご好意で、この店で働かせてもらっている者だ」

「そういうことを言いたいんじゃねェよ!?」

「ほう! そうだったか。なら謝罪をしよう」

「……なんだこれ……」


 思わずソラが呟いた、その言葉は多分酒場中の誰もが思っていたことに違いない。ジンの飄々(ひょうひょう)とした態度のせいで、緊迫していたはずの空気がどこか変な方向に向かいつつあった。変な方向、というか完全に間違った方向な気がする。こうなったらこうなったで、ジンのペースに振り回されている男が気の毒に思えてくるから不思議だ。


「っ、馬鹿にすんのもいい加減にしろよ……!」

「おっと!」


 そこで男が大声と共にもう片方の腕を振り回した。ジンが慌てて避ける。今の今までどれだけ男がわめこうと離さなかった男の手を離して、だ。

 再び悲鳴とどよめきが上がる。ジンが手を離したのと同じ理由で。

 短剣。


「は……っ! 女だからって容赦しねェぞ!?」


 その言葉にジンがぴくりと肩を揺らす中、男は得意げに顔を歪めて笑う。やる気満々のようだ。それに周囲の客が一様に顔を引き攣らせた。酒場での小競り合いはあっても、刃物まで持ちだされたことなんてあるはずがない。いくら酒に酔っているとはいえ。滅多に酒場に立ち寄らないソラでさえ知っていることだ。

 だからそう、これは。


「……ソラ」


 振り返ったリューが不安げにソラの名を呼ぶ。多分同じ考えに至ったのだ。けれどそれを無視して、ソラはそっと掌を握りしめ……。


「ふむ。お客殿がそういう態度であるならば、私としても対処せねばならんな」


 だしぬけに明るい声が上がった。ジンだ。刃を向けられて尚、彼女が変わらぬ口調でぽんと手を叩けば、いよいよ耐え切れないとばかりに男の眉がつり上がる。


「あぁん!? そんな丸腰で何が出来るってんだよォ!?」


 男が短剣を振りかざした。拳を握りしめていたせいで、ジンとの距離は殆ど無い。悲鳴が上がる。どよめきが上がる。ソラは口を開く。

 そんな中で、ジンは半歩、後ろに退いただけで迫る男の短剣をかわした。男が勢い余って床に倒れそうになる。その合間にジンは微笑み叫ぶ。



「――コールブランド!」



 その瞬間、誰もが目を疑った。

 それはジンの呼び声に応じるかのように、壁に飾られていた剣が姿を顕したからであり、

 その剣を、ジンがさも当然であるかのように掴んだからであり、

 そして、


「せええええいいっ!」


 握りしめた剣を鞘から抜くこともせず、思い切り振りかぶって男の後頭部に振り下ろしたから、だった。







2013/05/21 初版

2013/06/01 誤字脱字、誤用法の訂正

2013/06/08 誤字の訂正

2013/06/16 改稿

2013/09/05 改稿

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