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B:Lue ~図書室の女王、夢見の人形~  作者: 湊波
風の乙女、勇想の少年-the Unusual ... the maiden hates, the boy wishes-
29/55

act.14

***


 翌朝の目覚めは最悪だった。


「…………」


 相変わらずの澄み渡った青空と降り注ぐ日差し。街中の商人たちによる賑いもそのままだ。それでも、しかめっ面をして道を歩くソラにとっては昨日以上に鬱陶しいものでしかない。

 不機嫌という一言で尽きてしまう原因は昨日のカイとのやりとりと今朝のリューの態度にある。朝食の時に鉢合わせた彼女は何故か昨日と同じように視線を逸らした後、逃げるようにその場を去ってしまった。

 別に、一緒にいて欲しいと思っているわけではない。ただ、普段の彼女らしからぬ行動に戸惑っているだけ……そう言い聞かせながらもカイ以上に原因の分からないリューの行動にソラの心は沈んでいく。微かな苛つきさえ感じた。彼女もカイの肩を持つというのだろうか。終いにはそんな根拠もない想像にまで考えが及んで、深々とソラは息を吐き出す。


「どうしたんだい? ため息なんかついて」

「! ち、チモシー……」


 不意に傍らから響いた声にソラはびくりと体を震わせて顔を向けた。見ればいつの間にか横に並んで歩いていたチモシーがそこにいて、いつもと変わらない穏やかな笑みを向けられる。


「いつの間に……」

「ついさっきかな? ルーを探してて」

「探してたって……いなくなったの?」


 冷静さをなんとか装って返事をすれば、弱ったような顔をしたチモシーが、うん、と頷く。


「朝起きたらいなくて……誰も見てないって言うし」

「心配しすでしょ。買い物かなにかしてるだけじゃないの?」

「そうかなぁ……うん。そうだといいんだけど……」


 ほら、ルーって可愛いから。真剣に悩みながらそう呟くチモシーにソラは半ば白い目を向けてしまった。よくよく考えれば出会ってからチモシーがルーサンの悪口を言っているところは一度も聞いたことがない気がする。無論、ソラは大してこの二人に関わっていないが。

 もしかすると親馬鹿ならぬ兄馬鹿なのではないか。それも重度の。そこまでソラの考えが及んだところで、チモシーに再び声をかけられた。

 それで、と。


「ソラはどうして難しい顔をしてたんだ?」

「……それは……」

「昨日の夜のこと?」


 チモシーにずばりと言い当てられ、言い淀んでいたソラは軽く彼を睨みつけた。


「……分かってるんなら訊かなくてもいいだろ」

「やっぱりか」

「っ、うるさいな! どうせあんたもカイの肩を持つくせに!」

「うーん、どうだろう」


 曖昧なチモシーの返事にソラの心はますますささくれだった。もういい。これ以上話したって何の解決にもならないだろう。そう投げやりに思ったソラはチモシーを置いて歩き出しかける。


「どっちが正しいかは別として……少なくとも俺はソラに感謝したいと思ったけど」


 そこで背後から聞こえたチモシーの言葉に不覚にもソラの足は止まってしまった。


「……感謝って」


 どういうことなのか。そう思いながら警戒心丸出しの視線をソラが送ればチモシーが小さく肩を竦める。そのままの意味だよ。そう言って言葉を続けるチモシーは口調はどこまでも穏やかだ。


「ソラの言葉は、多分ルーが考えてることと同じだと思ったんだ。ルーもやっぱり『特別』だったから……だから『普通』に憧れてたんだろう、って。昨日のソラの話はそんなことを俺に気付かせてくれた。だから感謝してるんだ」

「…………」

「二人からすればカイはとても憧れてしまう立場なんだろうね。帰るべき場所も、仲間も、『普通』にあるんだから」

「……別に。なんであいつに憧れなきゃならないんだよ」


 最後のチモシーの言葉につきりとソラの胸が痛んだ。けれどなんとなく、それを悟られるのが悔しくてソラがぶっきらぼうに返せば、空気を微かに揺らしてチモシーが面白がるように言う。


「そうかなぁ。カイみたいにいい奴はなかなかいないと思うけど」

「お人好しなだけだろ」

「それだけじゃないさ。カイは自分の意見を臆することなく言えるだろう? ちょうど、ソラがルーの言いたかったことを言ってくれたみたいに、カイは俺の言いたかったことを言ってくれた」

「え……?」


 持って回ったような言い方にソラは思わず顔を上げた。そうすれば妙な表情を浮かべたチモシーと目があう。僅かにおちる妙な沈黙。それでもソラが黙ってチモシーの言葉を待っていれば、珍しく彼の視線が微かに揺れた。

 ソラとルーの言ってることは間違いじゃない。そう言って。

 けど、これだけは覚えておいて欲しい。そうも言って。


「力のない、守られるだけの人間がどれだけ歯がゆい思いをして……そしてその度に、力を持つが故に傷つく人たちを守れるだけの力を欲しいと思っているか、ってことを」


 そう言ったチモシーは常のようでいて、けれど決定的に違う笑みを浮かべる。

 憂いと悲しみと悔しさ。そんな感情が滲む微笑みを。





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