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B:Lue ~図書室の女王、夢見の人形~  作者: 湊波
風の乙女、勇想の少年-the Unusual ... the maiden hates, the boy wishes-
22/55

act.7

***


 夕日の差し込む宿屋の部屋。暖かな空気を橙色に染める光はどこまでも穏やかで優しく、少し大きめのベッドとテーブル一つずつを柔らかく照らしている。

 それはどこか心休まる光景、なのだが。


「ったく、いきなりなにするんだよ! 蹴るとかありえねぇだろ!」

「なによ! 蹴られるほどふざけた顔してるのが悪いんじゃない!」


 そんな雰囲気をまるで無視するような騒々しいやり取りが部屋の真ん中で続いていた。

 カイとルーサン、である。


「ふ、ふざけた顔って……!」

「事実なんだから仕方ないでしょ」


 信じられない、という言わんばかりにカイが目を見開いて肩を震わせた。それに対して軽く鼻を鳴らしたルーサンは頭から被ったままのフードの裾を翻してそっぽを向く。もう何度目の決着か。例に漏れずまたカイが負けたみたいだけれど……そう思いながら扉に背を預けていたソラが隣を見やれば、大柄な青年がおろおろとした様子でカイとルーサンをかわるがわる見ていた。

 浅黒い肌に癖のある黒髪。そしてフードを脱いだことで露わになった右瞼の上にある切り傷。上背があることを考えても、もっと堂々とした態度の方が似合うだろうに、妙に気弱な印象の方が先立つ青年。

 その名を、チモシーという。ルーサンの兄。二人は旅をしていて、そうしてここは兄妹が宿屋から借り受けた部屋で。


「ご、ごめんね……ルーも悪気があって言ってる訳じゃないんだ」


 迷いに迷った末、チモシーはカイの方に話しかけることにしたらしい。おっとりとした口調にすまなさそうな色を滲ませた声音にはさしものカイも困ったように眉を寄せた。


「……別に、あんたがそんなに謝らなくてもよくねぇ?」

「それでも、ルーに君のことを紹介したのは俺だし……ごめんね。もっと君の魅力をルーに伝えられるような表現力が俺にあればよかったんだけど」

「ちょっ……そんなにヘコむなよ……! チモシーは全然悪くないじゃん……!」


 申し訳なさそうに肩を落としたチモシーへ、慌てたようにカイは励ましの言葉をかけた。それでもなかなか立ち直らないチモシーに助けを求めるような視線をカイがソラへと向け。


「……で? ジンはなんでここにいるわけ?」


 それを軽やかに無視したソラは、ベッドの端に腰掛けたジンへ声をかけた。む? とジンが小首を傾げる隣で、同じようにベッドに腰掛けたリューが首を傾ける……がきっとこれには意味などないにちがいない。


「なんで、と言われれば……ルーサンに連れて来られたからだが?」

「だからって……」


 わざわざ見ず知らずの他人の部屋に誘われるなんて怪しいとは思わないのか。そう思ったソラが眉を潜めたところで、だからも何もないわ、と、ルーサンが声を上げた。


「あたしがジンに用があるんだから」

「用?」

「一緒に魔物退治に行くっていう大事な用よ」

「はぁ……?」


 ソラが胡乱げな声を上げる中、ジンの隣に立ったルーサンは彼女の肩に手を置いた。


「もちろん、手伝ってくれるわよね?」

「ちょっ、ちょっと待てよ」


 やけに自信満々にジンへ声をかけたルーサン。それが何となく気に入らなくてソラが思わず声を上げれば、ルーサンがむっとしたような視線をソラへ向ける。


「何よ?」

「何よもなにもないだろ。なんでいきなり魔物退治に行くなんていう話になってるんだ」

「いきなりじゃないわよ。知らない? 西門の外に魔物が出てるのよ。そのせいであたし達はこの街から出られなくて困ってるの」

「だからってなんでそれをジンが退治しなきゃいけないんだよ。関係ないことじゃないか」


 だから断ってしまえ、そんな面倒なこと。そう思いながらソラがジンの方を見やる。

 が、ジンが小さく肩をすくめただけだった。


「関係なくはない。目の前に困っている人がいるんだ。助けないわけにもいかないだろう?」

「それは……」

「大体、あんたも何様のつもりよ」


 いかにもジンらしい答えにソラが沈黙すれば、追い打ちをかけるようにルーサンが言葉を続けた。


「ジンのやることにいちいち口出しして……保護者でも気取ってるつもり?」

「別にそんなつもりじゃ……」

「じゃあ、なんなのよ」


 ルーサンの問いかけに、ソラは言葉に詰まった。

 自分にとって、ジンはなんなのか。胸の内で繰り返した問いかけに答えるかのように呼び起こされたのはエレミアでの記憶だ。夜闇と濁った黒と低く鼓膜を震わせる魔物の唸り声と。

 その中で響いた彼女の声。


『私が……っ、私がお前のことを……!』


 必死な、ジンの。







 でも、関われば関わるほど、自分の『罪』が彼女の生き方を歪めてしまうんじゃないのか。







「…………」


 ふと脳裏によぎった疑問が記憶に影を差す。喉の奥に出かかっていた言葉を飲み込んで、ソラは目を伏せた。ソラ? と案じるかのようなリューの声が耳に届く。

 けれど、だ。

 どうして言えるだろう。自分とジンの関係なんて、そんなもの。

 いっそ、無い方がいいんじゃないか、なんて……。


「あぁもう煮え切らねぇな!」

「!」


 そこで沈黙を裂くかのような声が上がった。同時に突然掴まれる腕。それにソラが驚いて顔を上げれば、何故かカイが少しばかり眉をしかめて立っている。

 目が、合う。一瞬だけ。けれどそこに浮かんだ感情をソラが読み取る前に、明るい茶色の目をルーサンに向けたカイが、びしりと彼女に向かって指を突きつけた。


「魔物退治、俺らも行くからな!」


 どこか挑むような声はしかし、なんの脈絡もないものだ。それにソラどころかルーサンもぽかんとしたような表情を浮かべた。


「はぁ……? なんでそうなるのよ」

「なんでもなにもねぇだろ。街の近くに出た魔物の退治なんて、いかにも俺向きの話じゃねぇか!」

「あんた向きの、って」

「俺は勇者目指してるからな!」


 自信満々、揺るぎのないカイの言葉にはルーサンも文句を言う気が失せたらしい。呆れた、と呟いて首を振る。代わりに、いいんじゃないかな、と口を出したのはチモシーだった。


「俺はこういうの、嫌いじゃないけど」

「分かってないわね。こういうのこそ、無謀っていうのよ」

 

 のんびりとしたチモシーの発言をぴしゃりと否定したルーサンは、とにかく、と言いながらソラを押しのけるようにして扉の方へ進む。


「日が完全に落ちたら行くわ。それまでに準備しておいて」


 せいぜい、あたし達の足を引っ張らないでよね。そう冷ややかに付け足した彼女は、そのまま部屋の外に出ていった。



***



「なぁにが足を引っ張らないでよな、だ……ったく、あいつこそ何様って感じだよな」

「…………」

「そもそも宿の中に入ってもフード被ったままだしさ。普通脱いで挨拶、って流れだろ」

「…………」

「……おいってば」

 

 そこで思い切り肩を叩かれて、俯きながら歩いていたソラは振り返ってカイを睨みつけた。


「……なんだよ」

「なんだよじゃないだろ。俺の話聞いてた?」

「……あのさ。もう門の外に出たんだよ?」


 いつ魔物が出てきてもおかしくない。だというのに、先ほどから少しだって閉じることのないカイの口にうんざりしながらソラは返した。


「もうちょっと緊張感とか無いわけ?」

「今から緊張したって仕方ねぇだろ。心配すんな、やる気は十分だから」


 ……それは自分で言うことなんだろうか。傍らで腰元に下げたショートソードに手を触れながら親指を立ててみせたカイにソラはため息をついて前を向いた。

 先導するのはチモシーだ。その後ろにルーサンとジン。そしてソラの後ろに隠れるようにしてリューがいる。

 門の外へは、街の周囲を取り巻く壁を紐伝いにのぼって出た。どうにもチモシーとルーサンは初めからそのつもりだったらしく、紐を準備していたのである。それを使い盗賊よろしく人目を忍んで外に出て――登れないカイはチモシーに背負われ壁を超えて――、もう十数分ほど歩いただろうか。

 雲ひとつない夜空には丸い銀の月が一つ。煌々とした月明かりに照らされて目の前に広がる荒野はただただ静かだった。砂まじりの地面は普段の赤茶けた色ではなく、夜闇の色に染まっている。時折地面から突き出した岩が黒ぐろとした影を落とす以外は何の変化もない青の風景が広がっていた。

 そんな世界の中で、動いているのはソラ達くらいのものだ。さぞ目立つんだろうな……とソラが思ったところで、また沈黙に耐えられなくなったらしいカイが、にしてもさぁ、と再び口を開いた。


「お前も隅に置けないよな」

「……どういうことだよ」


 当然のごとく、カイの言葉は無視すべきものだった。話し相手がいなくなればカイも黙るはずなのだから。それが分かっていながら……それでもソラがカイの言葉に返事をしてしまったのは、妙に含みのある言葉が気にかかったからだった。

 ちらりとカイの方を見やる。そうすれば、何故か得意げな顔をしたカイが立てた人差し指を軽く振ってみせた。


「まぁまぁ……皆まで言うな。どうせお忍びなんだろ? なら俺も不必要に騒ぎ立てたりしねぇよ。ちょっとお前が羨ましいけどな」

「……? 何の話をしてるわけ?」

「ジンの話に決まってるだろ」

「ジン?」


 なんでそこで彼女が出てくるのだろう。なんとはなしにジンの方へ目をやった。しかし少し先を歩く彼女は相変わらずだ。剣を腰にさし、銀色の月明かりの中で僅かに朱髪を揺らしながら歩く姿は見慣れたもので、変わったところなどありはしない。ソラがそんなことを確認している間にも、カイの少し興奮したような声は続く。


「あの剣の模様……他の人の目はごまかせても、俺の目はごまかせないぜ? コールブラントだろ」

「え……? なんで剣の名前を……」

「有名な話じゃねぇか。伝説の剣。かつて光の龍から降された唯一無二の武器。悪しきを退け人々を導く」


 騎士を継いだ者が持つべき剣だ。そんなカイのささやき声にソラは目を見開いた。


「騎士……騎士だって……?」


 思いもしなかったジンの正体にソラは戸惑いの声を上げた。

 いや、確かに『騎士のようだ』とソラが思ったことはある。けれど、それはあくまで『ようだ』というだけのものだ。そもそもジンだって自分が騎士であるということなど言ってはいなかった。

 カイの話がでたらめだと言い切ってしまうことはたやすい。それでもソラが僅かにでも疑ってしまったのは、ジンが嘘などつくはずがないということが分かっている反面、彼女が本音を言わないという術を心得ている、ということも知っていたからで。

 そもそももしその話が本当なら、自分は幼い頃ジンに憧れていたことになるのか。混乱しながらもたどり着いた結論に、なんとも言えない気持ちになったソラは黙りこんだ。


「やー……いいよなぁ。騎士と一緒に旅出来るとか、一生に一度あるかないかのことじゃん」


 心底羨ましそうに話すカイの口調は呑気なものだ。当然彼に他意はなく勝手にソラが悩んでいるだけの話なのだが、それがソラには少し恨めしい。

 軽くカイを睨みつける。しかし幸か不幸か、ソラの無言を肯定の意味に捉えたらしいカイの興味は別の方へ向かっていた。


「だからお前、弓使いなんだな」


 そう言うカイの視線はソラが左手で持った弓に向けられている。コンポジットボウと呼ばれるそれはソラがエレミアの森で暮らしていた頃から使っていた弓で、別段珍しい武器でもない。

 が、何故かカイはしげしげとソラの弓を見ていて……ため息一つついたソラはぶっきらぼうに答えた。


「……だから、ってなんだよ」

「いや? ちょうどいいと思ってな?」

「ちょうどいい?」

「弓ってことは遠距離だろ? ジンが剣で戦うからなんだろうけどさ」

「別に……関係ないよ。ジンに会う前から使ってたし」

「へぇ! まぁ、ちょうどいいことには変わりないじゃん? 俺も剣で近距離攻撃なんだ。俺と組んだってジンと組んだって、相性は最高だろ」

「……なんで僕がお前と一緒に戦うことになってるんだ」


 どんどん予想もしない方向に転がっていくカイの想像力にソラが思わずぼやけば、逆にカイにきょとんとした顔をされた。


「えぇ? むしろ戦わねぇっていう選択肢とかあんの?」

「なに驚いた顔してるんだよ。というかそもそも、僕がここにいるのだってお前が連れてきたからだろ」

「なんだよなー。行きたそうな顔してたから俺が助け舟だしてやったんじゃねぇか」

「っ、な……! 別に行きたいだなんて僕は思ってな、」

「うるさい!」


 そこで前方から鋭い声が飛んできて、ソラとカイは同時に首を竦めた。足を止めてそろそろと見やれば少し先に行ったところで立ち止まったルーサンがフードの下から鋭い眼光を送っている。


「もっと緊張感持ちなさいよ! いつ魔物が出てくるかわかんないのよ!?」


 腰に手をあて一喝。言っていることは正論だ。というかソラが先ほどカイに忠告した通りだ。

 それでも、改めて指摘されればどうにも反論したい気持ちが強くなる。ソラ同様、カイも同じことを考えたようだ。顔をしかめてルーサンの言葉に異を唱えようとする。

 その時だった。


「ルー!」


 先陣を切っていたチモシーが鋭い声を上げてジンと共に飛び退く。同時に轟音と共に砂が巻き上げられた。地面の中から爆発したかのような風圧だ。飛び散る細かい砂にソラはたまらず腕をかざす。

 途端に空気を裂いて鼓膜を揺らす、耳障りな甲高い鳴き声。

 そして。


「ソラ……!」

「!?」


 目の前に迫る黒い影。ジンの切羽詰まった声に促され、かざしていた腕の隙間からそれを目にしたソラは息を呑み。


 刹那、視界いっぱいに砂が巻き起こる。

 




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