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B:Lue ~図書室の女王、夢見の人形~  作者: 湊波
風の乙女、勇想の少年-the Unusual ... the maiden hates, the boy wishes-
16/55

act.1


 遮る者のない荒野の朝は早い。地の果てから登る太陽の光は、澄んだ冷たい夜の空気を裂いて塗り替えていく。真っ白な陽光が当たれば世界に色がついて、赤茶けた荒野の風景が急速に広がっていった。現れるのは細かな砂と大人の丈ほどもある荒削りの岩ばかりで、草の葉一本だって生えていることはなく。


 そんな中で、乾いた風が渦を巻く。


「っ、ぐあっ……!?」

「なんだ、こいつ……っ!」


 男達の狼狽した声が響く。数は十人。一様に剣を構えた男達の目の前で、仲間の内の二人が宙を舞って倒れこむ。倒れた彼らが今しがたまで握っていた剣が音を立てて地面に突き刺さった。そして倒れこんだ男達の胸元は真っ赤な血で染まっていて。

 仲間の惨事に男達が総毛立つ。そんな彼らが目を見開いて呆けたように見つめる先には風が。


 ……否、正確には風を纏った一人の長身の青年が、双剣についた血を払いながら立っていた。


 浅黒い肌におっとりと垂れた眦。右の瞼のすぐ上には癖のある黒髪の隙間から古傷が僅かに覗いている。しっかりとした体格を包むのはゆったりとした大布だ。生成りの麻に草原を思わせる深緑色。

 ――それはまさしく、遥か東、荒野の果てに住むといわれる<風の民>の出で立ちそのもので。


「……いきなり襲ってくるだなんてひどいなぁ……」


 そこでまるで今しがた人殺しをしたとは思えないほど、おっとりとした口調で青年がぼやく。左の耳元で束ねた長い黒髪を揺らし男達に向けられた人好きのしそうな顔は、困ったような色を呈していた。


「そんなことしなくても、普通に話してくれて構わないよ? 何か用があるってことなんだろう?」

「っ……!」

「……うーん……」


 そんなに肩肘張らなくてもいいと思うんだけどな。一様に警戒心をあらわにする男達に、そう呟いた青年は苦笑いを浮かべた。

 

「話し合いがこの世で一番平和な解決方法だと、思わないかい?」


 そうして未だ血の乾かぬ刃を片手に青年が穏やかに告げた、その言葉が決定打だった。


「抜かせ……!」


 男の一人が耐え切れないと言わんばかりに柄を握りしめ地を蹴る。それを合図に、次々と男達が剣を掲げて青年に迫った。

 決して得体の知れない青年に対して抱いた恐怖を忘れた訳ではない。それでも仲間を殺しておきながら平和を嘯く態度に対して抱いた怒りと、数の上でも明らかに自分たちの方が有利だという当然の事実が彼らを後押しし。


「――もらった……ッ……!」


 男達の中でもいち早く青年の元にたどり着いた五人が剣を振り下ろす。剣の群れは奇しくも半円状に、乾いた空気を裂いて中心に向かい――


「……弱ったな」


 そう困ったように呟いた青年が突然低く身を屈めた。ばさりと空気を孕んで布が舞う。青年の姿が布で隠れる。だが、たかがそれしきのことで戦いに慣れた男達が怯むはずもなく。

 躊躇いなく正確に剣は青年に向かって突き刺さり血しぶきを上げる、


 はずだった。


「っ、なん……!?」


 がきんっと響き渡る耳障りな音に、勝利を確信した男達が驚いた声を上げるのにそう時間はかからなかった。彼らが一様に息を呑む、その間に翻った布の間から双剣を交差させて五本の剣を正確に受け止めた青年が姿を現し。


「……しょうがないなぁ」


 物憂げにため息をつきながら、それでも彼は瞳の奥を光らせた。

 剣をいなすように大きく湾曲した双剣を振るい、同時に器用に地を蹴って後ろに飛び退く。僅かの間、男達の態勢が崩れた。その隙を見逃さず、くるりと舞でも舞うかのように軽やかに足を動かした青年は手近な男の剣を左の剣で叩き落とし、胸元を右のそれで切りつけた。


「ぐああっ!?」

「野郎……っ!」


 それからは、全てが一瞬だ。

 胸元を切られた男が悲鳴を上げてその場に崩れる。それに怒声を上げ、崩れ落ちる男の影から現れた剣を青年は軽く右に重心を移動させて避け、勢いを殺さずに左手の剣を振るう。

 男の呻き声と共に鮮血が散った。けれど男が倒れるのを確認することもなく、素早い足捌きで青年は回転をつける。そうして、ひっそりと死角から迫っていた残り二人の剣を腕を交差させながら弾き飛ばした。次いで再び腕を戻すのに任せて男達に致命傷を与え。


「っ、くそが……!?」

「!」


 そこで青年の死角から、目元から真一文字に鮮血を流した男が剣を突きつける。傷が浅かったために仕留めた男の一人。それに僅かに対処が遅れ、青年がほんの少し目を見開いた瞬間だった。


 だんっと、鼓膜を震わせる耳障りな低い破裂音。


「……ぁ……?」


 一瞬、何が起こったのか分からなかったらしい。間抜けな声を上げた男はしかし、額に薄煙と共に赤い点をつけて、もんどりうって後ろ向きに倒れ込んだ。一瞬、辺りが水を打ったように静かになる。何が起こったのか。そのことを正確に知る青年が我に返るよりも、破裂音の正体に男達が気付く方が僅かに早かった。


「拳銃だ……!」

「あいつ一人じゃねぇ! もう一人、あの岩陰に……!」


 怒りを滲ませながら男の一人が指差したのは青年の背後の大きな岩だ。正確に言えば、その影から姿を表した頭からフードを被った小柄な影。思わず男達の視線の先を追ってしまった青年は、僅かに眉を潜め、どうしてこのタイミングで……と焦ったように小さく呟く、が。


「! いけない……!」


 生き残った男達が声を上げながら青年の背後の岩に駆け寄ろうとする。それに気づいた青年は慌てて男達を阻むように立ちはだかり双剣を振るった。


「っ……! それはさせない……っ!」


 残った男の数は五人だ。けれど、声を上げた青年が阻むことが出来たのは四人までで。


「もらったっ……!」

「ルー!」


 青年の真横をからくもすり抜け、岩場の人影に男が突進する。青年の悲鳴のような声が飛んだ。それでもその人影はぴくりとも動かず。

 大方、撃ったはいいものの恐怖で動けなくなったのだろう。そう思った男は唇の端を吊り上げる。

 これで形勢逆転だ。そうだ。そうだとも。


「終わ、」

「終わるのはあんたの方よ」

「!?」


 そこで低い声と共に、男の剣が緩やかに上げられたフードの片手で遮られた。ガキンっと不快な音を立てて硬い何かに遮られ、あらぬ方向へ逸らされる刃の軌道。

 男は目を疑った。

 

 それは刃を弾いたのが、フードの左手に握られた黒光りする回転式拳銃リボルバーの銃身だったからであり。

 それは響いた低い声が、少女のそれだったからで。


「な……!」

「――鬱陶しい」

 

 男が声を上げる、その間に。

 素早く右手で握った別の拳銃を男の胸元に突きつけたフードを被った人影は、吐き捨てるように呟いて引き金を引いた。


***


「……うーん……やっぱりまずかったんじゃないかなぁ……」

「まずい、って何よ。あっちから戦いに来たんだから、当然の報いじゃない」

「うん、まぁそれはルーの言う通りなんだけどね」


 涼やかな朝の空気の中、困ったような青年の声と不機嫌そうな少女の声が代わる代わる響く。辺りは数刻前の男達との乱闘が嘘であるかのように静かだった。二人の声の他、響くのは風が荒野を駆け抜けていく音だけだ。

 ただそれだけ……その、理由は。


「……殺しちゃったら、どうやってオーチャードの居場所を聞き出すっていうんだい?」


 先程までフードを被っていた人影が隠れていた大きな岩。そこに軽く背を預けるフード姿を困ったように見つめながら、青年は自分の足元を軽く指し示した。

 その先では、男達がぴくりとも動かないで地面に倒れ込んでいる。皆、一様に頭部や胸元からおびただしい血を流していて、生きていないのはあまりにも明白だった。

 死体、である。それにちらりと視線を送った少女が、う、と小さく呻いた。


 自分が人殺しをした……そのことよりも、青年に指摘されたこと、そのものに。


「そ、それは……」

「そもそも、服装が似てるからこいつらを追おう、って言ったのはルーの方だろう?」

「うぅ……」

「ずっと追いかけて、今日やっとこいつらから姿を現してくれたのに」

「ぅう……」

「最初の作戦だって、ルーは俺が戦い終わるまで隠れてるっていう作戦で、」

「も、もう! 分かったわよ!!」


 優しい口調で、それでもくどくどと説教をしかけた青年の声。それにフードの下から小さな呻き声があがっていたが、やがて耐え切れなくなったのか声が張り上げられて青年が驚いたように一瞬口をつぐんだ。

 一瞬、静かになる。それを確認して、フードを揺らした人影は小さく鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「……お兄ちゃんったら話が長すぎ。言われなくても分かってるもん」

「え、あ……えっと、……」


 ますます不機嫌そうに人影は声を潜めた。薄汚れた生成りのフードの影からはぷぅと膨らませた頬が見え、それに気づいた青年は途端にオロオロとしたような顔つきになった。


「その……ご、ごめん……」

「別にお兄ちゃんは間違ったことは言ってないんだから、謝らなくてもいいの」

「で、でも……ルーが傷ついたんなら、」

「傷つくはずないでしょ!? それくらい分かりなさいよ!」


 お兄ちゃんの優柔不断! そうやってすぐに人の意見に流されて!

 諫めるように少女が付け足せば、青年はますます困ったような顔をして頭を掻いた。しゅん、として身を縮みこませそうとさえしている。それを長い年月で裏打ちされた経験から察した少女は、すかさず岩から預けていた背を離して青年の胸元を人差し指でとんっと弾いた。

 とにかく! そう声を一段と大きくして。


「さっさと次の街に入ってしまいましょ! そこでもう一回、情報探しをすればいいんだから!」


 人影が自分の失敗を棚に上げて提案すれば、青年が不安そうに小首を傾げた。


「見つかるかなぁ……?」

「見つかるかどうか、じゃないもん」


 あたし達が見つけるのよ。そう力強く言い切った人影は鼻を鳴らして腰元に手を当てた。

 どこまでも自信満々に、勇ましく。

 けれど小柄な体が相まって、どこか可愛らしく。




「まったく! オーチャードったらどこに行ったのよ!!」





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