二章‐学び舎に至るまで‐
折りたたみ式の小さな机を囲って、年の離れた二人が座って他愛の無い話をしている。其処にはもちろん穏やかな空気が流れたいるわけであるが、“平日の朝”としては些か緊張感がないとも言える。
「そういえば、お兄さん。先程お兄さんのお話の中に出てきた学校とやらには、行かなくて良いのですか?」
あまりにものんびりしている彼に対して疑問を感じ、女の子は聞いてみた。
「………。」
その後の彼の動きは実にコミカルであった。
急いで食器を片付けようと小走りで流しへと向かったのだが、もう…想像の通り……派手に足を滑らせましたよ。まるで「バナナで足を滑らせた人」の如く…。そんな彼だが、持ち前の運動神経の良さを活用して食器を割るといった事態は回避した。それから、今着ている部屋着、ラフな格好から外の服に着替えようとしたのだが、小さいといっても「女の子」。いきなり目の前で着替えだすというのはさすがにアレである。そのためあれやこれやと凄まじいスピードで試行錯誤(傍から見たら只の一人芝居。)をして、そして仕舞には勢い余って派手に転んでしまった。もちろんその事でまた彼女に心配されたのは言うまでもない。
その後も、折りたたみ式の机を畳んでいたら指を挟むやら、それを隅に運び置く際に足の小指に誤って置くやら…。ドジにはお決まりのイベントを見事に全てやり切ったのだった。
はてはて、いつもの冷静な青年は何処にいってしまったことか。
そして今、二人の人間が人通りの少ない石畳の道を走る。
一人は背の高い大学生程の青年で、少々かすんだ緑のパーカーにジーパンを身に着けている。左手には、正確には左手首には腕時計がついているようで、先程から腕を上げて時計を見ては、下げを繰り返している。右手には合皮の鞄を持ち、腕を背中へとまわしている。そのまわした腕は、彼の背中に抱きついている小さな女の子を支えている。その女の子の容姿は浮世離れした美しさを纏っているのだが、着ている服が残念すぎる。胸元に小さなロゴが入っているだけで他には何も無い、赤の大きすぎるポロシャツをワンピースのように着ているのだ。その赤というのも明らかにど派手、鮮やか過ぎるものが、繰り返し洗濯したために色褪せてきましたというもの。袖丈も突っ込みたくなる様だ。近頃、萌袖などが流行っているが、これは最早萌袖の域を超えている。彼女の指先から余裕で十五センチはあるだろう。人通りの多い道をもし走っていたら、青年が幼女を誘拐したと捉えられかねない。(まあ、あながち間違っていないかもしれないが…。)
石畳の道を後にし、雑木林を抜け、暫く走ったら、目の前に伝統あるというか何というか古びた校舎が見えてきた。青年は校舎の正面にある時計を見やいなや、その顔を酷く歪ました。血の気が引き、顔色もひどく真っ青になっている。そして、今までの倍の速さで校舎へと駆け抜けていった。
時計の針は九時をまわろうとしている。