二章‐非日常な朝食‐
その子はホットココアを飲んだ後、また眠りの中へと落ちていった。
緊張がほぐれ、安心しきった顔で寝るその子を見たら、変な詮索や推測などといった邪心は、自然と消えていた。
――――ただただ微笑ましい限りだった。
そして、朝を迎える。
東の空に朝日が溢れる前から、僕の一日は始まる。布団から起きて、机に向かいもう一度予習復習を行う。そして朝食を食べて登校。それが僕の朝のスタイル。
しかし、今日は違った。目を覚まし、一番に視界に入ったのは、布団の上で眠っている小さな女の子。
昨晩は布団を譲ったため、僕が寝たのは畳の上。おかげで腰が痛い。まぁ、これが畳だったからまだ之位で済んでいるが、フローリングだったら…と想像すると少しばかしゾッとする。
「腰は男の命ですから…ねぇ……。」
ハッ
こんなくだらない考えに何時までも浸っていてはいけない。今朝は昨日出来なかった予習復習に加え、二人分の朝食を準備しなくていけないのだから!
足音を忍ばせて青年があたふた動き回っている。遣らなくてはいけない事の半分程を終えたときには、既に朝日は昇り、辺りは暖かい日差しに溢れ始めていた。
彼はご飯派のようで、折りたたみ式のテーブルの上には白いご飯に豆腐のお味噌汁、サケの塩焼き、漬物が幾つかと、大学生(男(一人暮らし))の朝食とは思えないようなものが並んでいる。また、今日が特別こういった“THE 和食”という朝食であるわけでもない。普段からこうなのである。健康には良さそうではあるが………。もちろんこれは、彼の友人には知らされていない事の一つである。今日もおいしそうに出来たぜ☆と言わんばかりのドヤ顔をした青年が、一人畳の上に置かれたテーブルの前に座っていた。
暫しご飯を眺め完全にいつも通りの世界に入り込んでいたが、ご飯からふと視線を外しそこに在るものを捉え現実へと引き戻された。そして、
「ご飯だよ。」
と、彼女に近寄り声をかけた。
「っ…、う?…。」
閉じていた瞼を薄っすらと開け、寝ぼけた声を上げた。
それから、数秒おいて…
「わああああああああああああ!!」
ものすごい勢いで飛び起きた。彼女の顔はなぜか蒼白だった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
何かに対し謝罪しながら、終いには泣きだしてしまった。
「ちょっ…。どうしたんだよ、いきなり…。」
「だっだってぇ、一晩おいてくださったのにいつまでもねていた。ごっご飯って言われるまでねてた。おこってますよね?なぐりますよね?普通…ななっなまいきですよね?」
何かに脅えるようにそれでいて何かに縋る様な瞳で彼を見つめた。
「大丈夫。そんな風に考えてもいないし、そんな風に君に当たるつもりもない。」
「えっ…。」
「それに、僕は君と一緒にご飯を食べたいという僕自身の我儘から、幸せそうに寝ている君を起こしたのだから、謝るべきは僕の方だよ?」
「そっそんな…。えっっと……。」
急に恥ずかしくなってしまったのか、俯きながら必死に適当な言葉を発しようしている。
そんな小さな女の子の頭に手を置き、やさしく撫でた。
「ご飯食べよ。お腹空いただろ?う?」
自称子供嫌いの青年は、目の前の小さな女を安心させようと静かに、優しく微笑んだ。今彼の中には、あの日以来常日頃彼を縛り付け、また心の中を渦巻いていたドロドロとしたものはまるで嘘だったかのように消え失せていた。消え失せて、ただただ温かで優しい彼があるだけだった。
謝罪とともに流れていた涙はいつの間にか、嬉し涙へと変わっていた。
「はっはい。わっわたしもおなかすきました。」
「うん。」
いつもは一人の青年の朝に、今日はもう一人。
穏やかで温かな空気が彼らを包み、自然と笑みを浮かべていた。
時は常に一定に過ぎているはずなのに、そこだけがゆっくりと流れていた。