人的資源ゴミの日
「あなた、明日は、月に一度のゴミの日よ」
「ああ、うん、そうだね。わかっているよ」
「あなたはいつもそうやってノロノロとしているんだから、まったく。今月はちゃっちゃと出してきてくれたんでしょうね」
「ああ、うん、そうなんだけど、けどなあ」
「もしかして、まだ出してないのかしら?」
「う、うん。実は、そうなんだ」
「まったく、なんてだらしないのかしら。しかるべき時にきっちりと決断を下すのが、この国の男の役目ではなくて?」
「それを言われると、そうなのだけれど」
ある町に、気の強い妻と、弱々しい夫が住んでいました。
妻は意志が強くチャキチャキと物事を進める人で、夫はそのまた逆の人物でした。
なにやら、口論をしているようです。
「あなたはもう、そうやってウジウジしてるから、仕事だって、下の若い子に取られてしまうのでしょう」
「それはその・・・うーん」
「まったく、じゃあ、もう今から行きましょう。ほら、支度をして」
「え、うん。わ、わかったよ。ちょっと待ってておくれ」
夫は妻の勢いに気圧されて、なにやら支度をしはじめます。
どうやらどこかへ出かけるようです。
「さっさと行って、終わらせてしまいましょう。晩ご飯もまだなんですから」
「う、うん。そうだね。わかっているよ」
* * *
場面は変わって、ここは、どうやら町の集会場。
二人の目的地はここのようです。
集会場には、ちらほらと、人が集まっていました。
「人がいるみたいだね」
「そうですね。最近では貴方のように物事をスパリとこなせない輩が、増えているのでしょう。由々しき事ですわ」
「そ、そんな言い方、しなくてもいいだろ」
「だって、事実ではないですか」
強気な妻の物言いに、弱気な夫は何も言い返す事ができません。
それを見て妻は、困ったものだわ、とでもいった表情を浮かべます。
「ほら、あそこに箱があるわ。さっさと出してきてください」
「そ、それがね・・・」
「あら、もしかしてまだ決めていないの?」
「う、うん」
「あきれた。あなたって人は、ほんとうにもう。あきれたわ」
「ご、ごめんよ」
妻は、ほとほとあきれたという表情で、夫を見ます。
そして、キョロキョロとあたりを見回し始めました。
「ほら、あなた。あの人を見て」
「う、うん?」
妻が指差した先には、少し痩せ気味の中年女性が立っています。
「あの人の息子さんはね、受験に失敗して以来。ふさぎ込みがちになって、家に閉じこもっている事も多いそうよ」
「そ、そうなのかい」
「もうこの際、その息子さんでいいわ。とっとと出しちゃってきてくださいな」
「し、しかしね」
「早くしてくださいな。確か名前は、□□君と言ったわね」
妻は今にも怒り出しそうです。
夫は渋々カバンから一枚の紙を取り出し、何やら書き始めました。
書き終わると、その紙を集会場の真ん中に置いてある箱に入れました。
「やれやれ、ようやくこれで、終わりね。帰ってご飯にしましょう」
「あ、ああ。うん・・・」
夫は、いつにもまして元気がなさそうです。
するとそこに、一人の老人が近づいてきました。
「あら、これは町長さん。こんばんは」
「ほっほっほ、これはこれは奥さん。今日もお美しいですな」
「あらいやですわ町長さんったら」
「はは・・・町長さん、こんにちは」
「おや、これはご主人。どうしました、元気がなさそうですが」
「聞いてくださいよ町長さん、この人ったら。明日はもうゴミの日だっていうのにグズグズして」
「それはいけませんな、ご主人。この国に住む者ならば皆、しかるべき義務と責任、そして何より決断が求められるのです。厳しいようにも見えますが、それこそがこの国の誇りでもあるのですぞ!」
「は、はい。わかっています」
「町長さんの言う通りですわ。貴方も少しは、町長さんを見習ったらどうかしら」
町長さんと妻の二人に責められて、夫はもうたじたじです。
その後も、町長さんと妻にしばらくお説教をされ続けました。
* * *
お説教も終わり、二人は家に帰りました。
ご飯も食べ終わり、もう寝る準備をしています。
「じゃあ、そろそろ電気を消しますよ。あなた」
「あ、ああ。うん」
「おやすみなさい」
「・・・な、なあ。お前」
「何かしら、私はもう眠いのだけど」
「やっぱり、あの息子さんにしたのは、よくないんじゃないかな、彼は、まだ若いし」
「まだそんな事を言っているの?あきれたわね、もう決めた事じゃない」
「しかし・・・あの時の会話、あの奥さんに聞かれたかもしれないし・・・」
「だから、なんだっていうんですか、もう、さっさと寝ますよ。」
夫は、なにやら落ち着かないといった表情です。
妻がすうすうと熟睡している横で
夫はなかなか眠りに付く事ができませんでした。
* * *
翌朝ー
食卓。
二人は朝のコーヒーと、パンを食べています。
「おはよう、あなた。いい朝ね」
「ああ、うん」
「そういえば今日は、ゴミの日だったわね」
「ああ、そうだね・・・」
「・・・」
「・・・」
会話は、それきり止まってしまいました。
夫は、落ち着かなさそうな表情で、腕を組んだり、コーヒーを飲んだりしています。
妻もなんだか今日は大人しく、パンを食べながら、そんな夫を眺めています。
沈黙を破ったのは、ドアをノックする音でした。
誰か来たようです。
二人の間の空気が、張り詰め始めました。
ドンドンドンと、ノックの音が家の中に音が響きます。
「○○さん、○○さん、いらっしゃいますか」
来訪者は、夫の下の名前を呼んでいます。
夫の顔が急激に青ざめ始めました。
ガチャガチャと、鍵を開ける音がします。キーを持っている様です。
ドアが開き、スーツ姿の男二人が入ってきました。
コーヒーとパンが乗せてあるテーブルの前に、男二人は並んで立ちます。
その内一人が口を開きます。
「人的資源ゴミの日です。○○さん、一緒に来てください」
夫は青ざめた顔で飛び上がり、どこかへ逃げようとしましたが、それより速くスーツ姿の男二人は動いていました。
スーツ姿の男の一人が、逃げる夫を取り固め、もう一人が夫に手錠をかけます。
夫は、やめてくれ、はなしてくれ、などと喚いていますが、二人に強引にどこかへ連れていかれました。
部屋には、妻が一人、残されています。
すると。
夫と、スーツ姿の二人が出て行ったドアから、誰か入ってきました。町長です。
「奥さん、残念ながらご主人は」
「とうとう、ウチの主人も、ゴミに出されてしまったというわけですね」
「残念ですが」
「ええ、残念ですわ、まさか本当に「選ばれる」なんて」
「・・・と、言いますと?」
「実は私も、今回のゴミの日は、主人に票を入れてましたのよ。あの人ったらいつまでも甲斐性がないし」
町長は、そうですか、と表情を歪ませ笑顔で妻を見ました。
妻の方は、いつも通り、困ったものだわ、とでもいった表情を見せています。
いつも通り、その目には何の色も何の気持ちもこもっていませんでした。
ウチの所は火曜日です。ゴミの日。
作者に言いたい事ある方、感想お待ちしております。