あぶく銭
「何よアンタ、ずいぶん羽振り良いわね?」
「えっへへへ、でしょぉ? ほらほら、どんどん食べて? 飲んで?」
向かい合う女2人が挟んでいるテーブルの上には、高級な料理が並んでいた。
Dランク冒険者の収入では、注文するどころかメニューを見ることすらないであろう価格帯。
「何、どうしたのよ一体」
「え? 知りたい? やっぱ知りたいぃ? えー、どうしよっかなぁ?」
「……やっぱ良いわ、知りたくない。どうせろくでもないことでしょ」
「え、いや、ちょっとさ、そこは空気読んで? 聞いて? ほら、もっかい『何があったの? 可愛いエミリーちゃん』って」
「誰その可愛いエミリーちゃんって。どこにいるの」
Dランク冒険者、エミリー・スクワイアーは、お世辞にも裕福とは言えない生活を送っていた。
戦闘スキルがなく、収穫者として活動している彼女は、日頃ポーションの材料となるハーブ類を森の中で採集し、ギルドに納品することで日銭を稼いでいる。
その日の宿代に食事、そして酒代を差し引いたら、ほとんど手元に残る金はない。10日も活動を休むと間違いなく生活が困窮するような、ほぼ『その日暮らし』な状態がもう何年も続いている。
エミリーが特別というわけではなく、多くの冒険者は似たようなものである。むしろ、10日ほど耐えられるエミリーは堅実な方と言えるだろう。
そんなエミリーが街の高級店『白い森亭』で、親友のナターシャ・バスカーズに夕食を奢るなど、とんでもない臨時収入があったか、それかナターシャにとんでもない頼み事をする前兆であるかのどちらかだろう。
「ほらぁ、ここにいるじゃん? ね?」
「エミリーは知ってるけど、可愛いエミリーちゃんは知らない。何それ、メニュー表のどこに載ってる? 注文するわよ」
「いやん、私は安くないよぉ?」
「……あのさエミリー? 私もう帰って良い?」
「あー待って待って! ね、おねがい聞いて? あのね、私この前森ですっごいの見つけてさ? ほら、私って収穫者してるじゃん? ずっと下見て森歩いてるんだけどさ? そしたらさぁ? 見つけちゃったの。すっごい豪華なブローチ」
ナターシャはほぼ聞き流しながら、眼の前の高級なグラスカウのステーキを頬張っている。
グラスに注がれたワインは、下手をすると1杯だけでエミリーの5日分の生活費と同じくらいの金額だが、ナターシャはまるで水のようにためらいなく喉に流し込む。
「でね? そのブローチがとある貴族の奥様の、お母さんの形見だったんだって? でさ、捜索依頼が出てたワケよ。もうコレって私の日頃の行いってやつ? って思って? 即受注のソッコー報告! 早期達成ボーナスもあって、もうすンげぇ金額の報酬が――ってねぇナターシャ、聞いてる?」
「あーはいはい聞いてる聞いてる。あ、すみませーん、このワインおかわりー」
ナターシャは明らかに耳を貸さず、肉料理をひょいひょいと口に入れていく。
「……でね? その貴族っていうのがなんと! どこの誰だか知りたくない? ね? 知りたいよね?」
「グラスカウってやっぱりヒレ肉が一番美味しいわよね。エミリー食べないの? 私全部食べるよ?」
「は? え? ちょ待って? 何でコレしか残ってないの!? これ一番高いやつなのに!?」
「美味しいわよ? ほら食べなさいよ」
「私のオゴりなんだけど?」
「良いわよね、人の金で食う肉と奢りの酒って。最高」
ナターシャはエミリーと違い、普段は単独の狩猟者として活動している。
エルフ族らしく弓の名手であり、ロングボウを自在に操る凄腕の狩人として街の食料供給に大いに貢献していた。
酒癖の悪いその日暮らしのエミリーに、クールで物静かで博識なナターシャの2人は、同郷の幼馴染だ。
小さな村で生まれ育ち、共に森の中を駆け回って育っている。
「で? 誰だったの? その貴族って」
「待って、とりあえず私も肉食べる!」
勢いよく肉を食べ終えてから、さらに巨大な鳥、ディアトリマのもも肉のグリルを注文する。
「ナターシャってさ、結構食べるよね」
「奢りのときはね。で? 結局誰よ」
「相変わらず、見た目によらず図々しいよね……ま、良いや。なんとね、そのお貴族様は! なんと! あの! 有名な――」
「お待たせしました、ワインのお替りとグラスカウのヒレ肉のグリル、キノコのバターソテーです」
エミリーの言葉のトーンが上がる途中で、給仕が追加の料理と酒を持ってきた。
再三出鼻をくじかれたエミリーは、眼の前の料理とナターシャの顔を交互に見比べる。
「ありがと。このワイン美味しいわね」
「ありがとうございます。当店で一番の品でございます」
「さすがね。料理も美味しいって伝えて。副料理長でしょ? これ作ったの」
「さすがナターシャ様です。かしこまりました、副料理長に伝えておきます。いつもありがとうございます。どうぞごゆっくり」
優雅に給仕に笑顔を見せると、全く遠慮のない手つきで高級料理のヒレ肉を口に運んでいく。
「ねぇエミリー? どうせ臨時収入なんだろうから、ちょっとはギルド銀行に残しときなさいよ? あぶく銭は身を滅ぼすわよ」
「や、ナターシャ、その酒と肉……」
「あんた小さい頃からそうじゃん。ちょっと小銭が入ったすぐ全部使うでしょ? 私が預かったげよっか? そのお金」
「ヤだ。私のお金だもん」
「倍に増やしてあげるのに?」
グラスカウのヒレ肉を口に入れたエミリーの動きがピタリと止まる。
ナターシャは狩人ではあるが、エミリーとは全く比べ物にならない堅実な性格である。
当然のように『すぐに狩人をやめても数年暮らせる程度の貯金』は持っている。
冒険者が全員持っているギルド銀行の口座には、下手をすると男爵や子爵程度の貴族と同じ程度の資産が蓄えられていた。
「良い投資のクチがあったんだけどなぁ。まぁヤだったら別に良いわよ。私だけ投資するから」
「待って!? え、何ナターシャ!? その投資って何? 投資って?」
「肉の卸先のひとつにね、新興の商会があるの。その商会が新しいレストランを開くって話があってさ。そこの開店資金に投資したら5年後に倍にして返す、っていうハナシ。私も投資に手ぇ上げてるのよね」
「れ、レストランって……そんなのさ、流行るかどうかわかんないじゃん。そんなの博打じゃない?」
「あらそう? その新しいレストランの料理長、ここの副料理長なんだけど」
極上の料理に、高品質な酒を出すことで知られる高級レストラン、白い森亭は何人もの料理人を抱えている名店である。
そんな料理人の中でも、ひょっとしたら料理長を凌ぐかもしれない、という噂の腕前を持つのが副料理長である。
今エミリーとナターシャの前に並べられている料理も、全て副料理長が作ったものだ。
「そうよね、エミリーは投資とか興味ないかぁ。ゴメンね無理言っちゃって。じゃあ私、その商会の会長と打ち合わせがあるから。ごちそうさま」
「ま、待って! 待ってナターシャ! その話私にも詳しく聞かせて! ねぇ? わ、ワインもう1本飲んでいいから! ねぇ!」
エミリーが謎の収入を得て冒険者を引退するのは、まだまだ先の話である。
臨時収入と投資話にはご注意を! というお話です。




