青時雨の放課後
六月の放課後は、いつも湿った土の匂いがする。
窓の外では、季節外れの強い雨が校庭の砂を叩きつけていた。美術部の部員たちが本校舎の新しい美術室で賑やかに過ごしている中、僕、秋山蓮は一人、取り壊し寸前の旧校舎の一室にいた。
ここには誰も来ない。使い古されたイーゼルと、埃を被った石膏像だけが僕の味方だった。
「……また、この色が出ない」
僕はパレットの上で、群青色と白を混ぜ合わせた。僕が描きたいのは、ただの雨空ではない。雲の隙間から一瞬だけ覗く、あの切ないほど透き通った「青」だ。
その時、ガタリと扉が開く音がした。
驚いて振り向くと、そこにはずぶ濡れの少女が立っていた。陸上部のユニフォームを着た、白石澪だった。
「あ……ごめん、誰かいるとは思わなかった」
彼女は短く切った髪から滴り落ちる雨水を拭いもせず、申し訳なさそうに笑った。その笑顔は、学校中の男子が憧れる「太陽のような白石さん」そのものだったが、どこか無理をしているように見えた
「練習、中止になったの?」僕は筆を置いて尋ねた。
うん。この雨じゃ走れないしね。ちょっと……一人になりたくて」
彼女は僕の隣に来て、描きかけのキャンバスを覗き込んだ。「綺麗な青。でも、少し寂しそう」
僕は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。彼女のような光の中にいる人間が、僕の暗い絵の意図を理解するはずがないと思っていたからだ。
「君も、寂しいの?」
僕は思わず口に出していた。彼女は一瞬目を見開き、それから窓の外の雨を見つめた。「……バレちゃったかな」




