負け犬は夜に泣く
あぁ、疲れた。
帰宅するや否や、ソファの上に倒れこんだ。
化粧を落とすのも面倒で、コンタクトを外すのも億劫で、このまま眠りに就いてしまおうかと目を閉じたものの、どくどくと脈がやけに早い。
酒は飲まなかった、いや諸般の事情で飲めないのだ。烏竜茶ばかり飲んでいたから間違いなく酔いではない。この動悸はどこからやってくるのかを考えたくはなかった。
祖母の米寿を祝うため、親族で集まったのが今日だった。
もう10年以上会っていなかった叔父叔母や従姉妹に会い、久しぶりと声をかけたものの、顔面に笑みを貼り付けるのが精一杯だった。
孫の中で未婚なのは私だけ。子供がいないのも私だけ。いつまでも言われ続けた呪いの言葉。
「恋人はいないのか」
「結婚はまだか」
「子供はまだか」
走り回る子供達をみて、こみ上げてくる何かを必死で抑え込んだ。羨望は膨れて、いつしか私は自分自身を卑下していた。極め付けは「仕事は変わらずか」と聞かれた事だ。答えたくはなかった。言うべきか言わないべきかを悩んでいると、母親が自然と話題を変えてくれた。それだと言うのに、頭の中で映像がフラッシュバックした。映像と共に音さえも聞こえてくるようで、食事の味は全くしなくて、飲み物さえ喉を通りにくい。思い出せば出すほど手は震えて、涙が零れ落ちそうだった。記憶は消えてくれない。傷ついた記憶はそう簡単には薄れてくれない。
私は耐えきれずにトイレに逃げ込んだ。
泣くな!泣くな!泣くな!
笑うべき場所なんだ、祝いの場所なんだ。自分にそう言い聞かせて、声を殺して涙を零した。あの場では「普通」でいろ。「異質」であっては駄目なんだ。
グズリと一度鼻を鳴らしてから、少しだけ落ちてしまったアイライナーで指で拭って、垂れてきた鼻水をトイレットペーパーで拭き取った。
鏡の中の私は笑っているように見える。無理矢理作った笑顔は偽物だが、今はまだこれで良いんだ。気持ちを奮い立たせて、何とかその場を乗り切った。
そして、今に至る。
笑みを作ることに疲れ切って、「普通」を演じることに嫌気が刺して、ようやく一人になれた今、声も殺さずに私は泣いた。脈はまだ早いけれど、少しだけテンポは落ちた気がする。
私の人生だもの、好きに生きたい。




