第5話
最終話です。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
「アマネ、国王陛下があなたにお会いしたいとのことですが」
「は?」
思わず声が出た。
ルーフェンに甘やかされてのびのびしている私なんかに王様が会いたがる理由が思いつかない。
「アマネが王国全土を浄化してから何度か打診はあったのですが、立て込んでおりましたので落ち着いてからの方が良いかと思いまして」
「今までは断ってくれてたの?」
「快適な生活をとのことでしたから」
確かに言った。それに関しては言い返すつもりはない。
だが、ひとつだけ突っ込ませてほしい。
「立て込んでたのはルーフェンでしょ?」
「否定はしませんが、おひとりで陛下への謁見は難しかったのではありませんか?」
「まあ、そうだけど」
私は引きこもり同然の生活をしていたので、主に私のわがままでルーフェンが忙しかった。だから私ひとりで王様に会わなくて済むように手を回してくれていたらしい。
一応、突っ込みたいことは突っ込んだので王様へのお返事を口にする。
「王様にお会いするために着ていく服がないので」
「王妃様から仕立て屋を呼ぶよう言われております」
「先回りされてる!」
「今なら周囲も落ち着いていますし、陛下とご挨拶されてはいかがですか?」
ルーフェンに言われるがあまり気乗りしない。できることなら余計なことには巻き込まれず平穏に暮らしていたいのだが。
「……なんで私なんかに会いたいんだろ」
ボソッと呟いた一言。それがきっかけだった。
「アマネ、今の発言は撤回してください」
今まで聞いた中で1番低いルーフェンの声。それに驚いて顔を見ると、ルーフェンは完全な無表情で私を見ていた。
「アマネの歌は世界を浄化した。それだけで陛下があなたに会う理由には充分です。ですから、自らを貶めるような発言は看過できません」
そこまで言われてようやくルーフェンが何に怒っているかが分かった。
けれど、それは、
「ルーフェンに私の何がわかるの?」
私の内面を知らない奴が触れていいことではない。
「生まれてから19年、ずっと他人と比べられて否定されてきた人間の気持ちなんてルーフェンにはわからないでしょ」
「他人の意見ではありません。あなたの話をしています」
「頭のいい兄さんとかわいい妹と比べられてずっと負けてきた私の気持ちなんて、ルーフェンにはわからないよ!」
「わかりません。確かにあなたの心を想像することはできても同じ感情を抱くことは自分には出来ない。それでも、あなたがあなたを否定していい理由にはなりません」
「ルーフェンの言ってることは結局、理屈で固めた綺麗事じゃない!」
「あなたには歌がある!」
「歌しかないの間違いでしょ!?」
初めて聞いたルーフェンの怒鳴り声に反射で言葉を返してしまう。その瞬間、ルーフェンがはっとしたような顔をして、落ち着くためか深呼吸をしたのが分かった。
そして、
「アマネ、少し落ち着いて話を……」
そう言って手を伸ばしてきた。
ルーフェンは私に触れることをためらわない。いつだって、私の髪を撫でて、肩を抱いて、手を引いてくれる。
でも、今は、
「触らないで」
ルーフェンの手に触れることが、
「……少し、出かけてくる」
ものすごく怖かった。
「……おひとりでは」
「大丈夫。カイエンについてきてもらうから」
わざとそっけなく言って、ルーフェンが何かを言う前に私はルーフェンの家を出てきてしまった。
騎士団の宿舎は目と鼻の先だ。尋ねるとすぐにカイエンが出てきてくれる。
「アルヴァインから緊急用の知らせが来たから何かと思ったが……どうした?」
「……ちょっと、歩きたい」
「そうか。わかった」
カイエンはそういうと、何も聞かずに私を連れだしてくれた。
しばらく歩くと市場の中心に出る。賑やかで楽しそうな雰囲気に気後れしていると、カイエンは笑って私に手を差し出した。
「行こうぜ、アマネ」
「……でも」
「大丈夫、オレがついてる」
そう言って笑うカイエンは私の手を引いて、笑い合う人々の中へ連れて行ってくれた。
市場の中心には噴水があり、その縁に私を座らせてからカイエンも隣に座る。少し間を開けてからカイエンは口を開いた。
「で、何があったんだ? アルヴァインとケンカでもしたか?」
天気の話でもするようなトーンで聞かれてしまって急に涙腺がバカになってしまった。止めたくてもボロボロと涙が止まらない。
「あー、なんとなく察した。あの正論野郎、言い返しても正論で返してくるんだよな」
言葉にならなくてただ頷くとカイエンは「うんうん」と頷いて私の頭を撫でてくれた。
「ムカつくよな、アイツ」
そう言って笑うカイエンとボロボロ泣く私は異様に見えるだろうに、人々は気にせず行き交っていく。そんな中で足音がひとつ、私たちに近づいてきた。
「団長が女の子泣かしてるー」
楽しそうな声には聞き覚えがあった。
「やめろレイ。からかっていい相手じゃねえ」
「あれ? よく見たらアマネちゃんじゃん」
顔を上げるとそこにいたのは、以前、ルーフェンに魔法で吹っ飛ばされていた新聞屋の男だった。
「オレにはこんなトコまで報告呼びつけといて、自分は聖女様とデートなんて……うらやましい」
「デートなんて甘い感じじゃねえだろ」
「ま、そうだけど。とりあえず、今回の分」
「おお、いつも助かる」
人が泣いている横でふたりは紙をお金を交換している。どうやら何かしらの取引のようだ。
「アマネ、紹介しとく。こいつは……」
「あ、旦那、アマネちゃんのことは知ってる」
「そうか。コイツはオレが雇ってる情報屋なんだ。見かけても声かけないでやってくれ」
「なんでオレの扱い、みんな雑なの?」
「人のゴシップで飯食ってるやつだからだろ」
「オレだって生きてるのに。つか、アマネちゃんはなんで泣いてんの?」
「アルヴァインに泣かされた」
「あー、そりゃひどい。オレもこないだはエライ目に遭わされた」
「そりゃアルヴァインが悪い。というかこの世のほとんどはアイツが悪い」
「それは逆恨みが過ぎる」
テンポよく言葉が交わされていく様子がおかしくて少しだけ笑ってしまった。それを見逃さなかったカイエンが言う。
「だからアマネ、アイツの正論武装なんざ気にしなくていい。全部あいつが悪いってことにしとけ。気楽だから」
「そうそう。少なくとも、女の子を泣かせるのは泣かせた奴が悪いよ」
レイとカイエンに言われて少しだけ気持ちが楽になる。涙も落ち着いてきた。
でも、ルーフェンが悪いかどうかという点では、私はルーフェンに文句を言える立場ではない。ルーフェンは悪気があって私の言葉を否定したわけではないのだ。理解はできている。ただ、気持ちが追い付いてこなくて、卑屈をこじらせてしまった私にも非がある。
不意にすっとハンカチが差し出された。見るとレイが私にハンカチを差し出してくれている。
「ねえ、アマネちゃん、オレにも聞かせてよ。アマネちゃんの歌」
受け取ったレイのハンカチはムスク系の香水のようないい匂いがした。
「私の歌……で、いいの?」
「アマネちゃんの歌が聞きたいんだよ」
そう言われて、はっとした。
ルーフェンは最初から、私の話しかしていなかったのだ。
少し暗くなってきた市場で、私は噴水の縁に立つ。足場は狭いけれど、後列としてはこれだけあれば十分だ。
息を吸って歌声をのせる。軽いダンスとポップなアイドルソングは市場にいた人々を釘付けにした。少しずつ周囲に人だかりができていく。
私は、これが好き。
指笛や歓声が聞こえる。
歌とダンスで人々が笑顔になるこの瞬間が。
「……ははっ、すーっげぇ」
笑顔に囲まれるこの瞬間が、大好き。
アップテンポな曲は人をのせやすい。でも、私の本領はここからだ。
深く息を吸ってメロディを流していく。
この曲は、私の大好きなバラード。
そして、居場所を求める人の居場所になれる曲だ。
発表の場に恵まれなくて、ずっとタイトルを言えなかったこの曲が、私に居場所をくれた。
「白く光る雪が踊るように わたし あなたと巡り会えたよね」
サビの歌詞と同時に空から白い雪が舞い落ちてくる。冷たいけれど、荒れた私の心を隠してくれるような雪が、私は子供のころから好きだった。
そんな雪を見て思うのは、話をしようと言ってくれた正論お化けのこと。
冷たいくせに優しくて、まるで雪みたい。
(ああ、私……ルーフェンが好きだ……)
そう思って歌い上げたバラードには観衆からたくさんの拍手と歓声が送られた。
家路を急ぐ。
早く、早く顔が見たい。
早く会いたい。
早く―――……。
扉を開けてリビングに飛び込むと、作業を終えたばかりらしい背中が目に入った。
「……アマネ?」
気付いた時にはその背中に抱き着いてしまっていた。
「……あの、」
「ごめん」
ルーフェンが何かを言う前に謝る。するとルーフェンは私の手を解いて振り返り、私と目を合わせて言った。
「自分の方こそ、無神経でした。すみません」
「いや、私が悪いんだよ。ルーフェンは私のこと認めてくれたのに、私が卑屈だから……」
「いえ、自分でも自覚しているのです。言葉が鋭くなってしまうこと……」
お互いに謝罪を繰り返しているうちにおかしくなってしまって、私は思わず笑う。すると、ルーフェンも肩から力が抜けたようだった。
落ち着いてみると周りが気になる。ルーフェンはテーブルの下に何かを仕掛けていたようだ。近くには毛並みのいい毛布も置かれている。
「何してたの?」
「こたつの試作を」
「できたの!?」
「理論上は」
「怖い言い方しないでよ」
ルーフェンはテーブルの下に魔石のついた道具を置くと、テーブルに毛布を掛けた。どうやらあの毛並みがいい毛布はこたつ布団だったらしい。その上に天板をのせてればどこからどう見てもこたつテーブルだ。
「入っていい?」
「どうぞ」
ルーフェンが魔道具を発動させるとすぐに足元があたたかくなる。こたつ布団も手触りが良くて気持ちがいい。
「ルーフェン」
「はい」
「天才」
「恐れ入ります」
そんな会話をしていると、私においていかれたカイエンとレイが大量のサツマをもってやってきた。なんでも、市場で私の歌を聞いたロッタさんから大量にもらったらしい。
そこまで広くない室内に成人男性が3人もいれば多少は窮屈な気もするが、それは決して不快ではない。
いつの間にかレイとカイエンもこたつに入っているが気にしなくていいだろう。
「ねえ、ルーフェン」
「はい」
サツマの皮をむいていたルーフェンに私は言った。
「王様との謁見、いつのになるの?」
その言葉にルーフェンは目を見開いて、それから
「調整いたしますね」
ほんの少しだけ、口角が上がった気がした。
「え、ルーフェン、いま……」
「はい?」
返事をするルーフェンの顔はいつも通りだ。
「……ううん、なんでもない」
私もサツマを一粒、口に入れる。甘酸っぱくて美味しい。
「こたつにはみかんだなぁ」
呟くように言うとカイエンとレイが笑った声が聞こえた。
私は、聖女としてこの世界に呼ばれた。
けれど、
私は、ただの日本人として、この世界を選ぶことにした。
終
最終話まで読んでいただきありがとうございました。
元々は「バズる話を書いてみよう」と思って書き始めた物語でした。けれど、書いているうちに、自分にとっても、非常に心に残る物語になりました。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
本編はこれで完結ですが、番外編を書こうと思っていますので、そちらもよろしくお願いします。




