第4話
※この作品は全5話です。次回、最終話になります。
少しだけ、心の話をします。
「このスープはいつになったら温まるのかしら?」
「火力を上げますか?」
「火魔法使おうとすんなバカ!」
召喚されてから1ヶ月。私の生活はかなり快適になってきた。
ルーフェンは研究ともの作りが好きらしく、言えば大体のものは作ってくれた。
服も何着か仕立ててもらったが、基本的には外出しないので、ルーフェンのローブを部屋着にしている。
「このコンロ何とかならないの!?」
「調理への火力は十分のはずですが」
「火力どうこうというより調節! 強火中火弱火を調節させろ!」
そしてこの世界、どうにも応用が利かないのか魔法が文明を遅らせているのか前時代的な生活をしている。シャンプーがいい例だ。貴族は髪をサラサラにするために薄めたポーションを使うらしい。私がルーフェンに作ってもらったシャンプーにもポーションが使われている。石鹸があるのだからそれを顔用、髪用、体用に分けて成分を調節すればいいのにそれがされていない。つまり、応用がされていないのだ。
コンロにしても同じだ。魔法陣の描かれたコンロはスイッチひとつで火が付くけれど、火力は一定。だから料理中に火力を上げたい時は別の火力が強いコンロに移動する必要がある。だからスープひとつ温めるのですら手間がかかるのだ。しかも味も微妙。食べられるけどおいしくはない。ルーフェンは外で食事を買ってくるが、それだって可もなく不可もない。つまりこの世界、食への水準が低いのだ。今温めているスープも、お湯に野菜のエキスが少し出ているだけの汁である。
ようやく温まったスープと硬いパンで食事を済ませてなんだか悲しくなる。日本にいた頃もそこまで言いものを食べていたわけではないが、まだマシだった。
「おいしいもの、食べたい……」
「具体的な名称を頂ければお探ししますよ」
「この世界の食べ物じゃないから無理……いや待って」
ぐん、と脳が回転する。おいしくなくても食事は食事。脳に栄養が行けば回転も上がる。
「材料はある。コンロも改良すれば火力問題も多分なんとかなる。よし、いけるかも!」
そう、おいしいご飯がないのなら、
「作ればいいじゃん! 私が!」
簡単なことだ。
なんと言っても私は売れないアイドル。自炊しなければ生活できない人間だった。基本的な家事はできるし、料理は得意だ。白菜1玉で2週間生き抜いたこともある。それに比べれば今は材料もたくさんあるし、言えばルーフェンだってある程度協力してくれるはずだ。
そうと決まれば早速始めよう。
「ルーフェン、コンロの調整を頼みたいんだけど」
「はい、火力を調節できるようにすれば良いでしょうか?」
「そうなんだけど、ボタンひとつで調節するんじゃなくて、こう、強めの中火、弱めの中火みたいにつまみとかスライダーとかで調節できるようにしてほしいの」
「……少し考えます」
そういうとルーフェンは紙に設計図のようなものを書き始めた。コンロを設計する気らしい。ルーフェン端も綺麗だが、絵も上手い。本当に何でもできる男すぎて無性にムカつくこともあるが、今はそれが有り難い。
「魔法陣式ではなく魔石式であれば再現可能かと」
「何が違うの?」
「魔法陣は決めた術式を書き換えない限り永久に同じ動作をします。ですので、魔法陣式での火力調節は難しいと考えます。魔石式であれば出力調整の術式をつまみ側に仕込めば再現可能であると推測します」
ルーフェンの言っていることの半分くらいしか理解できなかったが、魔石でならできるらしい。
「試せる?」
「はい。火の魔石も多く仕入れてありますので」
前に作ってもらったドライヤーが頭を過る。あれの動力源も日の魔石と風の魔石らしいが詳しいことは聞いてもわからなかった。ただ、ドライヤーが火を吹いていないところを見ると、基本はルーフェンに任せて細かい要望を伝えれば大丈夫だろう。
ならば役割は分担すべきだ。
「じゃあ、私は食材買ってくるね」
「おひとりでは危険です」
「大丈夫だよ」
「いえ、いけません。誰か、自分と同じくらい腕の立つ者をお連れください」
「じゃあ、カイエンに聞いてみるね」
ルーフェンが何かと張り合う相手の名前を出すと少しだけムッとしたような声でルーフェンが言った。
「……騎士団宿舎までともに参ります」
珍しく素直だった。
カイエンに会うために騎士団の宿舎を尋ねる。カイエンはいつも通り訓練をしているらしい。
「カイエン・グランセル、君に特別任務です」
「んだよ、アルヴァイン……っと、アマネも一緒か。何かあったのか?」
「買い物に行きたいんだけど、ひとりではダメってルーフェンが言うから」
「あー、なるほどなぁ。で、アルヴァインも別件があるってことか。オレでよければ付き合うぜ」
「ありがとう、助かるよ」
快く引き受けてくれたカイエンは「すぐに準備してくる」といって宿舎に入っていった。
カイエンが来るまでに訓練場で何人もの騎士さんに話しかけられた。そのほとんどが先日の歌のお礼でなんだか照れくさくも誇らしくもある。
どうしても顔がニヤけてしまう私をルーフェンがじっと見ていた。
「……なに?」
「良い表情だと思いまして」
「……仕方ないじゃん。嬉しいんだから」
日本のことを思い出すたびにチクリと胸が痛む。
私は地下アイドルの後列で、地味な存在だった。プロデューサーたちは「歌を武器にしろ」と言っていたが、5人の中では埋もれていたし、アイドルのライブを言えばわいわい騒げる明るい曲ばかり。私の歌はライブの空気を壊すバラードだった。
「私は……売れないアイドルだったから」
「あいどる、とは?」
「歌とかダンスとかでお客さんを楽しませる人たち。顔がかわいい子たちでパフォーマンスするんだ」
「それでしたら今と同じですね」
ルーフェンの一言で暗い思考が止まる。
「今のあなたは歌でこの国の人々を癒し、楽しませています。あなたが売れなかったというのがどういった意味かは測りかねますが、ひとつ、確実に言えるのは、この世界には、あなたが必要だということです」
「世界に必要って……」
「恐らくですが、あなたの歌を聞いて何も感じない連中は耳を塞いでいたか何も考えていないかのどちらかです。耳が腐り落ちていたのかもしれませんね」
「それは言いすぎだよ」
そう笑い飛ばそうとして、中途半端な顔で辞める。ルーフェンの顔は真剣そのものだった。
だから、思わず聞いてしまった。
「……ルーフェンは、私の歌で何を、感じたの……?」
「そう、ですね……清らかで美しく、かつ力強い歌声で聞いた者を圧倒するような、けれど、詩は優しく、存在を許されているようで……一言で申し上げるなら、そう……」
一息おいてからルーフェンは続けた。
「尊い、という言葉が適切かと」
他の言葉を期待していたのか、私の頭はその言葉を理解するまでに少し時間がかかった。
尊いとはセンターやセカンドなんかのかわいい子たちに使われる言葉だと思っていたが、私が思っているのとは違うらしい。
そうして考えて末に出たのは、
「……尊いとか、ドルオタかよ」
というなんともかわいくない言葉だった。
けれど、ルーフェンの言葉は私の想像以上に嬉しくて、なんだか顔が熱い。さっきよりもニヤけている気がして思わず右手で口元を覆った。
「……ありがと」
小さな声で告げた感謝の言葉は、果たしてルーフェンに届いただろうか。
「ところでアマネ」
「なに?」
「どるおたとはなんですか?」
「余計な言葉覚えようとすんなバカ!」
そう叫んだのと同時くらいにカイエンが戻ってきた。
久々の外出で少しウキウキする。好き好んで引きこもっていたのは私だが、やはり人間は外に出なければいけないと感じてしまうくらいには1か月ぶりの外出は気分のいいものだった。
「何を買う予定なんだ?」
隣でカイエンが言うので、今日の目的を教える。
「今日は市場を見てみたくて。どんな食材があるのかとかいくらぐらいなのかとかが知りたいんだ」
「アルヴァインにきいてもよかったんじゃないか?」
「ルーフェンはすぐに食べられるものしか買ってこないし、魔法陣式コンロは使い難い」
「あー、なるほど。つまりアマネは料理がしたいのか」
「そうそう」
「で、アルヴァインはコンロの調整をしてると」
理解の早い男だ。カイエンは武闘派だとばかり思っていたが、どうやら頭もいいらしい。
「なら、オレも手伝おうか。こう見えて多少は料理するからな」
「え? そうなの?」
意外だ。剣を振るう手で包丁も振るうらしい。
「まあ、遠征でスープでも飲まないとやってられないこともあるからな」
「へえ、直火?」
「ほとんどな。鍋も軽くて持ち歩ける大きさしか持っていかないから全員分のスープを温めるまでに夜が明けることもある」
「うわ、苦行」
「それでも大鍋持ってくかって言うとほとんどの奴が鍋より酒を持っていきたいって言うんだよな」
話を聞いているとザ・男飯という感じの料理が多いらしい。それはそれでいいと思うが、私は家庭料理、それもできればおふくろの味的なものが食べたいのだ。
「とりあえず、何から買おうか……何を作るつもりなんだ?」
「鳥……できれば鶏の卵、あと鶏肉……いや、お肉はいろいろほしい。あとは野菜かな。生食できると嬉しい」
「肉はギルドだな。安いし、変わったのもあるぞ」
「じゃあ、とりあえず、卵と野菜。ちなみに、調味料ってどんなのがあるの?」
「基本的なもんだな。砂糖と塩、あとは香辛料で胡椒くらいか?」
「……少ないけど、なんとかなるか」
最低限、野菜スープとサンドイッチくらいは作れそうだ。
とりあえず、カイエンおすすめの八百屋さんにやってきた。人好きそうな女将さんがひとりで切り盛りしている。
「あれま、団長さん! かわいい子連れちゃって! 団長さんのいい人かい?」
「そういうわけじゃないぜ。この子はオレじゃなくてアルヴァインの……」
「あらやだ、今流行りの略奪かい?」
「……おばちゃん、オレはいいけど、アルヴァインが聞いたら店ごと物理で潰されっからな」
「冗談に決まってるだろ」
女将さんは笑いながら私に言った。
「ロッタだよ。お嬢さん、名前は?」
「え?」
「名前。アタシのことはロッタおばちゃんとでも呼んどくれ」
人のいい笑顔に私も思わず微笑んだ。
「アマネです。ロッタさん、仲良くしてください」
そういうとロッタさんは少しひきつった顔でカイエンに聞いた。
「貴族のお嬢さんかい? 不敬罪になんない?」
「ならねーって。アマネは別に貴族じゃねーよ……うん、貴族ではねーな。ただ野菜買いに来ただけだって」
「そんならいいんだよけ。アマネちゃん、仲良くしてね」
「はい!」
そんな会話の後、野菜を見せてもらう。どれもみずみずしくて新鮮見えた。
見慣れた野菜と見たこともない野菜、生食ができるかどうかを教えてもらいながらある程度の数を選んで袋に詰めてもらう。結構な量を買い込んでしまったが、カイエンが荷物を持ってくれた。
「いくらになりますか?」
「銅貨6枚だね」
ルーフェンから預かってきた財布には金、銀、銅の硬貨が入っている。その中から銅の硬貨を6枚出すとカイエンが「チップ」と耳打ちしてくれた。なるほど、と思いながら銀の硬貨を1枚プラスして渡そうとするとロッタさんは「そんなに受け取れないよ」と笑った。
「気にしなくていいよ。今後もウチで買い物してくれるんだろ?」
「それはもちろん」
「なら、それでいいよ」
そう言って笑うロッタさんがなんとなくお母さんのように思えて、懐かしくなった私はロッタさんの手に銀の硬貨を1枚乗せた。
「次に来た時、オマケしてください」
冗談っぽく言うとロッタさんは「上手だねぇ」と言いながら受け取ってくれた。
「なら、これは今日のオマケだ」
そう言ってロッタさんは私とカイエンに2つずつみかんのような果物をくれた。
「東の国からの輸入品でね、サツマっていう果物なんだ。皮を手で向いて食べられるオレンジだよ」
ほとんどみかんだった。帰ったらルーフェンと食べよう。
「ありがとう、ロッタさん」
「またいつでもおいで」
そう言って笑うロッタさんに手を振って、私はカイエンに次の行き先を告げた。
色々な食材を買って帰宅するとルーフェンが魔石式コンロを完成させていた。つまみを回して火をつけるタイプで、そのつまみで火力も調整できる優れものだ。
「さすがルーフェン。天才」
「恐れ入ります」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら夕飯の準備を始める。この家、なぜか調理器具が揃っているなと思っていたが、時々、カイエンがルーフェンの食事を作ることがあるかららしい。カイエンから聞いたその話でなんとなく察する。ルーフェンは研究に没頭しすぎて飲食を忘れるタイプらしい。
「カイエン、塩とって」
「はいよ」
「次胡椒」
「了解」
テンポよく料理をしている姿をルーフェンが見ている。私が何かを作る様子が面白いのかもしれない。
「おいしい匂いがする……幸せ……」
言いながら溶き卵をフライパンに流し込む。端を少しずつ剥がして寄せてを繰り返して厚焼き玉子を作った。バターを塗ったパンにはさんで厚焼き玉子を挟んで切る。少し硬めのパンはサクッと音を立てて切れ、間に挟んだ卵はきれいな黄色と湯気を溢れさせた。
「これは?」
「たまごサンド」
少し小さく切ったたまごサンドを口に入れると幸せな味がした。
ウチの母は料理が好きな人で、食パンでたまごサンドやフルーツサンドを作ってくれる人だった。パンの硬さは違うけれど、その味に近く、おいしい出来に自然と口角が上がる。
私がおいしそうに食べていたからか、カイエンとルーフェンもたまごサンドを口に運ぶ。すぐにふたりとも驚いた顔をしていた。
「うまいな、これ!」
「口に合ってよかった。サラダとかもテーブルに運んで食べようか」
カイエンの素直な言葉が嬉しくて私はそそくさと夕飯の準備を始める。テーブルにはたまごサンドとサラダ、そして野菜と溶き卵のスープが並んだ。
テーブルセッティングを終えて席に着いた私に、同じく座りながらルーフェンが言った。
「卵は栄養価も高く体への吸収も良い。このたまごサンドというものは非常に効率的です」
「素直においしいって言え」
理屈をこねるルーフェンにそう言うと、少し考えてから
「……おいしい、です」
と言ってルーフェンは2つ目のたまごサンドに手を伸ばした。気に入ったらしい。
「卵っていろいろな使い方できるからいいよね。ベーコンエッグとかハムエッグとかもおいしそう」
ギルドで購入したお肉は加工品も多く、ハムやソーセージもあった。これなら料理の幅が広がる。
「あとは文化面か……」
冷える足元のことを思って呟くと、ルーフェンが3つ目のたまごサンドを手に取りながら言う。
「何かご不便がありますか?」
「いや、こたつ……ほしいなって」
この世界、四季があるらしく、今は冬にはいる前らしい。そろそろ足元が冷たくなってきた。
それでも、私はかなりこの世界に馴染んできた。そこにはルーフェンの存在が大きい。
「こたつ、とはどういったものでしょうか?」
相変わらず、すぐに私を甘やかそうとするルーフェンに苦笑しつつこたつの説明をする。ルーフェンもカイエンも感心したように聞いていた。
「まあ、急がないから。そのうち、暇なときでいいよ」
そう言った私にルーフェンは「そうですか」と言ってメモをしまった。
こうしてこの日の夜は久々の「良い食事」で終わった。
翌日、なぜかコンロで卵を爆発させたルーフェンに私は思わず叫んでしまった。
「爆発落ちなんて古典マンガかよ!」
「想定外です」
「知ってるわバカ!」




