第2話
第2話です。ようやく歌うシーンが書けました。
「聖女様、本日はどちらのお召し物を……」
「お任せします」
召喚されて3日。さすがに状況も飲み込めたし、少し慣れてきた。
ここは私の知らない魔法や召喚術があって、魔物がいる世界。私はいずれ、魔王を浄化する存在らしい。
心底どうでもいい。
「こちらは……少し聖女様には合いませんね。聖女様はとてもグラマラスでいらっしゃるから」
「羨ましいですわ」
されるがままに着替えさせてもらったが、もうどうでもいい。
今日もあの時借りた魔法使いの服――ローブというらしい――を着て、ベッドの上で過ごす。何を言われてもピンとこない。どうしたらいいのかわからなかった。
突然、召喚されて聖女だと言われて、魔物や魔王と戦うなんてできるはずもない。大体、私は平和に生きてきた日本人だ。魔法も剣も使えないのにどうしろと言うのだ。
「失礼します。聖女様、本日の……」
「出てって」
私を召喚したのはローブを貸してくれたこの男らしい。名前はルーフェン・アルヴァインというそうだ。
「あと『聖女様』っての呼ばないで。私、聖女じゃない」
「……それでは、なんとお呼びすれば?」
「……天音。アマネが私の名前。様いらない。呼び捨てでいい。私も、ルーフェンって呼ぶ」
「承知いたしました。アマネ」
少しだけ、男の声がやさしくなった気がした。
「では、明日からの日程ですが」
「ちょっと待て私何もしたくない!」
「聖女としてお呼びした以上、少しはこの国の役に立っていただきませんと」
「だから私、聖女じゃ……!!」
「声を荒げてはいけませんよ。喉に支障が出たら困ります」
「そんなの、アンタに関係ない!」
「関係あるのですよ」
静かだけれど、迫力のある声。その声のままルーフェンは続ける。
「あなたには魔物を浄化するために歌っていただきたいのです」
ルーフェンの言い分は『聖女としての役目を果たせば他は不自由させない』ということだ。
「あの召喚術式は『歌いたい』という強いエネルギーに反応するようにつくりました。その術式があなたを呼んだ。つまりあなたには歌いたいという強いエネルギーがある。違いますか?」
「うた……って、歌なんかで、浄化できるの?」
「文献にはそのように。ですから、我々もあの術式を使ったのです。古来より、歌には破魔の力が宿ります。中でも、歌いたいと強く願う女性の歌声にはより、強く」
私の歌が、誰かに必要とされる。それだけのことがなぜか、
泣きたくなるほどうれしかった。
「アマネ、とりあえず、騎士団で試してみませんか?」
「え?」
「先日のアマネ召喚の儀の……」
「待って待って待って、そこは聖女召喚でいいでしょ」
「……聖女は嫌だと申されましたので」
「私が! 聖女って! 呼ばれるのが! いやなの! アンタは融通の利かないAIか!」
「えー、あい、が何かはわかりかねますが、承知いたしました。アマネ個人はアマネ、広義の意味での聖女は聖女としましょう」
本当にポンコツAIみたいな反応をしてからルーフェンは続けた。
「聖女召喚の儀が成功したと聞いて、あの筋肉たちは『誰が最初に聖女に癒してもらうか』を決闘で決めたそうです」
「バカなの?」
「恐らくは」
「辛辣だな!」
歌いたいエネルギーに反応した、なんて言われて少しだけ心が動いてしまった。
「で、その騎士団の人たちってどこにいるの?」
「全員、医療棟かと。『骨が折れても聖女様に癒してもらう』と笑っていました」
「早く言え! 早く連れてけ!」
「かしこまりました」
ルーフェンに連れて行ってもらった医療棟で負傷した騎士たちを見る。詳しくはわからないが、処置自体は間違ってないように見えた。だが技術は決して私の知っているものではない。
「おい、聖女様だ」
「え? あれってアルヴァイン卿のローブだよな?」
ひどひそと話している声に少しだけムッとする。ルーフェンの服を私が着ていて何の問題があるというのだ。いや、うん、問題はあるかもしれないが、この世界の服は私の胸を受け入れてくれないし、下着がない状態で上半身がすっきり見える服なんて着られない。どうしたってこういった緩い服を選びたくなってしまうのだ。
「静粛に。聖……アマネ様がお歌いくださる」
「様やめて」
「正式な場ではどうかお許しを」
ルーフェンはそういうと一歩後ろに下がった。
ベッドにいる屈強な男たちから期待の混ざった視線を感じる。
思わずため息をついてしまう。今、歌えなくてもどうせ元の世界には帰れない。
もし、帰れたとしてもまた『売れないアイドル』に戻るだけだ。
そう考えた時にふと、思考に待ったをかける。ここで歌えなけれな、確かに帰れても帰れなくても同じだ。でも、
歌えば……変わるかもしれない。
淡く弱い、けれども、前に進みたいと思う気持ち。
アイドルになりたかった。
かわいくなりたかった。
ちやほやされたかった。
でも、一番は
そっと歌声を響かせる。大好きなバラードを、この世界に来るきっかけだった歌を、みんなに聞いてほしい。私の歌声が、誰かの勇気に、誰かの希望に、誰かの灯りになれるのなら。
歌に場所は関係ない。
私はただ、歌いたかった。
歌が好きだった。
歌が私に、勇気を、希望を、灯りをくれたから。
だから、ただ、
ただ、歌いたかった。
歌い終えた瞬間、貧血のような眩暈がして倒れそうになった。けれど、その背中を誰かが支えてくれる。
「お疲れ様でした。素晴らしい成果です」
そう言われて騎士たちの方を見るとみんなが笑顔で「本当に傷が治った!」「すごく感動した!」と口々に言い合っていた。
「私、ちゃんとできた……?」
「ええ、これで当面、この王国はあなたの作った結界に守られます」
ルーフェンに褒められて少しだけ嬉しくなる。もちろん、騎士たちの傷が治ったことも嬉しかったのだが、それとは違う嬉しさがあった。
嬉しくなってから「ん?」と思ってルーフェンに尋ねる。
「王国が、結界で、守られる?」
「はい、自分もこれほどとは思いませんでした」
「王国ってどれくらい広いの?」
「……あとで、地図をお見せしますね」
そんな会話をしていると1人の騎士が私に手を差し伸べてきた。
「騎士団長のカイエン・グランセルです。この度は聖女様の御歌を拝聴できる幸福、身に余る光栄にございます」
「や、やめてください。私、ただ歌っただけなので。敬語も……苦手なので……え、と、アマネです。グランセル様」
「ではアマネ、本当にありがとう。オレのこともぜひカイエンと呼んでくれ」
「は、はぁ」
差し出された手を握ろうとすると、その前にルーフェンが私を扉の方へ追いやって、私とカイエンの間に立った。
「アマネ、お疲れでしょう? 今日はもうお部屋にお戻りいただいて大丈夫ですよ」
「過保護だなぁ、アルヴァイン」
「アマネが君のような輩と話す必要はない。それにアマネには正式な手続きを取った者のみが会見できる予定だ。話があるなら後日正式に手続きを踏んでこい」
ぎゃんぎゃん言い合い始めてしまった2人を見ていると、近くにいた騎士がボソッと言った。
「まーたやってるよ、あの2人」
「昔っから仲悪いんだっけ?」
「そうそう。武のカイエン、知のルーフェンって言われてて、学院時代からの腐れ縁らしいぜ」
そんな会話を聞いているとなんだかおもしろくてくす、としてしまう。すると、カイエンと言い争っていたルーフェンが少しだけ目を見開いて私を見た。
「アマネ、今……」
「え? なに?」
驚いてしまってルーフェンを見ていると、ルーフェンは少し考えてから、私の隣で噂話をしていた騎士に「よくやった」と言った。
何が何だかわからなくて首をかしげるとカイエンがふわっと笑った。
「笑えるじゃないか!」
そう言われて、私はこの世界に来てから初めて、笑えたことに気が付いた。
どこかで、悲しんでいなければいけないと、そう思っていた。
ルーフェンを許してはいけないと、そう思っていた。
自分は被害者で、かわいそうで、この世界が嫌いで……。
やめよう。
下を向いていてはきれいな景色を見逃すかもしれない。
私を応援してくれる光を、見つけられないかもしれない。
――笑顔を、見逃すかもしれない。だから、
「ルーフェン、私、やるよ」
「何をです?」
「聖女、やってやろうじゃん!」
また、ルーフェンが目を見開いた気がした。
ルーフェン含め、その部屋にいた人たちが一斉に膝をつく。
「お待ちしておりました、聖女様」
ルーフェンの言葉がなんだかむずがゆくて一瞬、視線をそらす。けれど、すぐにルーフェンに指を突きつけた。
「その代わり! 私の快適な生活は保証してよね!」
「はい、御心のままに」
当然だ、とでもいうように頷くルーフェンに苦笑する。
「しかしながら、聖女様」
普段に比べれば少しだけ言い辛そうにルーフェンが口を開く。
「なに? なにか問題ある?」
「いえ、喜ばしいことなのですが……」
一泊おいてからルーフェンはきっぱりと言った。
「先程の歌で王国の浄化が済んでおりますので、当分は聖女としても仕事はないかと思われます」
「私の決意返せバカ!!!」
ちなみにこの後、この国の地図を見た私は、あまりの広さにひっくり返るのだった。




