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『全属性勇者は魔王がいない世界で、殺された勇者の代わりに怒る』  作者: 南蛇井


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6/12

『全属性勇者、善行が政治利用される』

坂上健吾は、朝から嫌な予感しかしなかった。


 理由は簡単だ。


 自分の顔が――

 ポスターになっていた。


《全属性勇者 坂上健吾 様も認めた改革!》


(認めてない)


 街角、酒場、役所の掲示板。


 どこを見ても、健吾が爽やかに微笑んでいる。


(誰だよ、この清潔感)


 役所に呼び出された。


 いつもの会議室。

 いつもの胃痛。


「坂上さん、ご協力ありがとうございます」


「してません」


「謙遜なさらず」


(会話が成立しない)


 説明はこうだった。


 健吾が直した橋。

 健吾が浄化した井戸。

 健吾が“たまたま”助けた村。


 それらをまとめて――


「現政権の実績」


として発表したらしい。


「いや、それ俺が勝手に――」


「ええ、“自主的に”」


(一番政治が好きな言葉)


 さらに追い打ち。


「対立派は、勇者様を独占するなと怒っています」


「知らんがな」


「なので、声明を出しました」


「何を?」


 役人は紙を読み上げた。


「勇者坂上健吾は、

この国の未来に期待している」


 健吾は天井を見た。


(俺、未来のこと一言も言ってない)


 その日から、世界が変わった。


「勇者様が支持してるらしいぞ」

「じゃあ反対だ」

「いや、賛成だ」


 健吾の名前が、

 意見の代わりになっていく。


 街で石を投げられた。


「偽善者!」

「権力の犬!」


(昨日まで水きれいにしてたんだけどな)


 夜。


 健吾は川辺に座る。


 水を澄ませる気にもなれなかった。


(善行って、こんなに攻撃力高かったっけ)


 翌日。


 健吾は記者会見に立たされた。


「勇者様は、どの政策を支持しますか!」


 健吾はマイクを見る。


 逃げようと思えば、

 いくらでも逃げられる。


 でも。


「……俺は」


 少し考えて、言った。


「誰の味方でもありません」


 ざわつく会場。


「ただ、水が濁ってたら澄ませるだけです」


「政治のことは?」


「分かりません。

 前世でも、よく分からないまま怒られてました」


 笑いが起きた。


 でも、完全には和まない。


 会見後。


 役人は渋い顔をした。


「中立は、敵を増やしますよ」


「慣れてます」


 ポスターは、いつの間にか剥がされていた。


 代わりに残ったのは、

 落書きだらけの壁。


 健吾はそれを眺めて言う。


「……善行、コスパ悪いな」


 それでも、

 翌日にはまた井戸を澄ませる。


 利用されても、誤解されても、

 やらないと気持ち悪いから。


 全属性勇者は今日も、

 政治と無関係な顔で、世界の端っこを直す。

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