『全属性勇者、冤罪をかけられる』
坂上健吾は、朝から嫌な予感がしていた。
理由は簡単だ。
町の人たちが、やけに距離を取っている。
「……おはようございます」
「……」
(挨拶が、返ってこない)
昨日まで「勇者様!」「井戸の神様!」と拝まれていたのに。
(あ、これ、何か起きたな)
昼前、兵士が三人やってきた。
「坂上健吾だな」
「はい。無職です」
「無職は聞いてない。同行しろ」
(聞いてほしかったな)
連れて行かれたのは、町の牢屋だった。
「今朝、町長が殺された」
「え?」
「死因は――魔法」
健吾は思わず天井を見上げた。
(俺、また何もしてない)
取り調べは雑だった。
「昨夜、町長の家の近くにいたな」
「井戸掃除です」
「魔法を使ったな」
「水を澄ませました」
「全属性だそうだな」
「はい。いらないですけど」
兵士たちは顔を見合わせる。
「お前しかいない」
(理屈が雑)
牢屋は湿っていた。
健吾は壁にもたれた。
(魔王を倒すための力で、牢屋暮らしか)
逃げることは簡単だった。
地を割ってもいいし、
闇に溶けてもいい。
(でも逃げたら、もっと面倒だ)
夜。
牢の外で、誰かが声を落とした。
「……あの」
ヒロイン――井戸の水を汲みに来ていた娘だった。
「私、信じてます」
「ありがとうございます。でも、それだけで十分です」
健吾は笑った。
(信じてもらえると、逆に重い)
翌朝。
健吾は兵士に言った。
「犯人、町の外にいます」
「なぜ分かる」
「昨夜、町の水が濁りました」
「それが?」
「水は、嘘つかないんですよ」
健吾は説明した。
町長は毒殺。
魔法痕は、後から付けられた偽装。
犯人は、町長に補償を打ち切られた商人。
真犯人はすぐに捕まった。
「全属性勇者が犯人だと思った……」
「分かります」
健吾は素直にうなずいた。
「俺、見るからに怪しいですから」
釈放。
町の人たちは気まずそうに頭を下げた。
「疑って、すみませんでした……」
健吾は答えた。
「次は、ちゃんと話を聞いてください」
(俺の前世でも、これなかったな)
その夜。
健吾は井戸のそばで水を澄ませる。
世界は平和だ。
でも、人は疑う。
(魔王より、厄介)
「……まぁ、慣れてるけど」
全属性勇者は、今日も救われない。
罪を着せられただけで、何もしていないのに。




